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「――最近、遊びが過ぎるようだな? あちこちから苦情が出ておる」
試しては捨てるというルシフェルのあまりにも自分勝手な行動に、被害にあった天士や女神美たちの数が両手を越えたあたりで、見るに見かねて長老達が彼を呼び出した。
「俺に、足りないものがあるなら、早く手に入れたい」
悪びれもせず答えたルシフェルに長老達は眉を顰める。
「探し出したいと言う気持ちもわからんでもないが――」
「そうだな、そんなにすぐには見つからん」
まるで見当違いだとでもいうように首を振りながら"a"と"m"が言う。
「それがどこにあるのか、知っているのか?」
ルシフェルが凄みを利かせた視線で睨みつけても、彼らはフクロウのようにホッホッホと愉しげに笑うだけだ。
「その答えを今ここで、わしらからもらって、それでお前は満足なのか?」
「……」
"u"の言葉に黙り込んだルシフェルに、"m"が提案した。
「――どうしても見つけ出したいと思うなら、こうしないか? それが、今のお前に本当に必要なのかどうか――、試してみるのは?」
「何を、すればいい?」
ルシフェルは何でもするつもりだった。こんな、何かが欠けた――中途半端な状態が終わりにできるのであれば。
「お前に、一人天士を任せる。それを一人前にできたら、答えを用意してやってもいい」
"a"の提案の意図がよく分からない。天士の育成なら、いつもやっていることと変わりはない。それとも――
「どうだ?」
"m"の催促に、ルシフェルはチャンスを逃すわけにはいかないとばかりに口を開く。
「――つまり、新しい俺の部下ということか?」
「ほほっ。まぁ、そんなところかの。――ただ、お前一人でというのでは、つまらん」と、"m"の視線が周囲を探った。
「もう少し、待て。至急で呼んでおる。もうすぐここへ着く筈だが――」
"a"が、広間の入口当たりを気にして言った。
「――とにかく、そいつを一人前にすればいいんだな?」
「そうじゃ。優秀な部下を持つお前らなら、簡単だろう?」
優秀な部下を持つお前『ら』――? 優秀な部下を持つお前らって……。もう一人は、大天士か?
ルシフェルは、数々の大天士の顔を浮かべてみる。誰かと協力するなら、やりやすいほうがいいが――
「――おお、来た来た――。いいタイミングだ」
長老が目をやった先――広間の戸口のところに姿を現したのは――。
……よりによって、こいつとは……。
ルシフェルは、内心ため息をついた。しかし、相手が誰であろうとこの件においては長老に逆らうことはできない。それに、天士界の中でも最大の部隊の長を務める彼が協力してくれるというなら易いものだ、任せてしまえばよい、と考え直す。
「二人で協力して――な」
念を押すようにそう言って"u"が姿を消した。そこへ、ちょうどミカエルがルシフェルの隣に跪く。
「少し、遅れてしまいましたか――」
既にそこにいたルシフェルの存在に、ミカエルは遅れをとったと内心焦った。
「いや、ちょうど良いタイミングだった。実は、お前たちに預けたい者がおってな――」
そこへ、先ほど姿を消した"u"が連れてきたのは、まだ翼の小さい――アカデミアに入るにもあと数年は必要そうな、少女。
――おいっ!!
ルシフェルは毒吐きそうになったがミカエルの手前、口に出すのを我慢した。
「見てのとおりの……まだまだ子供だが――」
"a"が静かに両者を見遣る。
ルシフェルは当事者だから驚きを隠すこともできたが、なんの前振りもなくここへ呼び出されたミカエルの驚きようは半端ではない。ルシフェルは長老の提案に呆れながらも、横目で彼を伺い、心の中でほくそ笑んだ。
「では、後は君たちに頼んだよ」
そして、長老たちは、ミカエルにはなんの説明もなしにそのまま子供を残して広間を後にした。
「えっ!? ……ちょっ――、あっ、はいっ」
そうされたところで、ミカエルが長老に逆らうはずがない。
ルシフェルは、彼のそういう優等生面にいつも虫唾が走るのだが、今回ばかりは、説明もなくただ子供を託されたミカエルの困惑した顔に溜飲が下がった。
「……どういうことだ、説明しろ、ルシフェル?」
説明があろうとなかろうと彼はその正義感から娘を連れて行き、自分一人で彼女の将来を約束するだろう。しかし、それで果たして長老との約束が守れたと言えるだろうか。
「説明? ――」この件に関しては譲ることのできないルシフェルは、少し考えてから「――俺は、この後大事な用事がある」と、でまかせを言った。
いずれにしろ、この子供の目の前で、ゆっくりミカエルと今後についての相談――あるいは、押し付け合いなど、できるはずもない。
こう言えば、ミカエルが素直に彼女を連れて行くことはないだろう。万が一、彼がすんなりが娘の面倒を見ると言うなら、アカデミア修了後に自分の部隊に入れて、一人前にすればいいだけのことだ。
「長老の指示より大事な用事か? ――戻るなら、一緒に連れて行けよ」
想定の内だ。面倒ではあるが、せっかく頼み込んで手に入れたヒントを易々と手放せるわけがない。
「わかった。では、この子はこちらで預かろう。――ついて来い」
素直に子供の手をとったルシフェルは、唖然としているミカエルを置いて広間を出て行った。
***
……しかし――
ルシフェルは、執務室の机に頬杖を突いて、連れて帰ってきた少女を複雑な気持ちで見つめてる。
彼女は、床に届かない足を椅子の脚に絡めて座り、身じろぎせずにルシフェルを見ている。不安な様子はない。むしろ、口元は微笑んでいるようにも見える。
「――名前は何という?」
とはいえ、これほど小さい天士の世話はガブリエルの管轄で、一番若くともアカデミアを修了程度の天士しか扱ったことのない彼には、子供の扱いは分からない。
不安なのは自分の方だ――と、自嘲しながら、ルシフェルはとりあえず、名前を聞いてみた。
「……みゅ……」
語尾が小さすぎて聞こえなかったのか、もともとそういう名なのか。聞き直すのは面倒だ。
「μか。10のマイナス6乗――お前にぴったりの名だな」
ふふっと笑ってルシフェルが愛称をくれたことが嬉しくて、こくんと、少女は頷いた。
「今日からお前はここで俺と一緒に暮らす。わからないことがあれば聞けばいい」
何をすればいいか、未だ何も分からないが、とりあえず部屋をあてがい、面倒を見る必要がある。
この年齢では、部下にする以前の問題だ。この子どもが一人前――どこかの部隊に入れるまでになるにはそれなりの時間が必要で、しかも、ルシフェルの部隊に――となれば、普通以上の能力と経験が要る。
ミカエルに預けなかったのは、その間黙って見守るだけの根気に自信がなかったからだ。彼女が一人前になるのを待てるほど、ルシフェルは気が長くない。
見つけられるものなら、自分でその答えを見つけたい。