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2-3


 執務室のドアが小さくノックされたのは、その日の会議が終わって館に戻り一息ついていたところだった。

 返事をしても誰も入ってこない。自分の耳を疑いつつも確認のためドアを開けてルシフェルは驚いた。

「……来たわよ」

 そこに立っていたのは、図書館の廊下でルシフェルに勇ましく声をかけた、あの天士だ。


 まさか、来るとは思わなかった――。よほど、正義感が強いのか、それとも――


 ルシフェルは心の中で苦笑した。どちらにしても彼にとってはどうでもいいことだ。


「……考えたんだけど、あなたの言うとおり、本当のあなたを知らないのに、話のネタにするのはフェアじゃないと思うわ」


 なるほど、正義感のほうか。そんなにしてまで、俺を貶めたいと――?


 ルシフェルは、心の中で嗤う。

 まあ、どちらでも構わない。欠けているパーツが見つかるのであれば、他人の誤解や噂など厭うつもりはない。

「本当に、いいのだな――?」

 彼の瞳の奥で、危険な光が煌いた。女はその瞳に心を飲み込まれないように警戒しながらも、小さく頷く。

「入れ」

 部屋の中へ促しながらルシフェルが腰に伸ばした右手を彼女の左手が払った。

「なんのつもりっ!?」

「お互いを知るには、実際にエネルギーを交換する(肌を重ねる)ほうが早い」

 ルシフェルは女の手首を掴む。

「私は、そんな、つもりでは――」

「俺を知りたいなどと、中途半端な気持ちだったか?」

 手首を掴んだまま、ルシフェルの瞳に鋭さが増す。そのあまりの力強さに、彼女はそれを振り解くこともできない。

「そう、では……」

 語尾の『ない』は彼の言葉と唇で塞がれた。

「合意、成立だな」

 唇を奪われて驚いた女は、開いている左手で彼の胸を押し返してみるが、屈強な体はびくともしない。

 しばらくすると彼女は抵抗をあきらめた。

「大丈夫だ。ここでは声を抑える必要は、ない――」

 耳元で囁かれた熱い吐息交じりの声に、それだけで彼女の体に甘い痺れが走る。

 触れているところから、真面目で誠実なエネルギーがルシフェルへと流れ込んでくる。――が、それもやはり、ただルシフェルの身体を通り過ぎて霧散するだけで――

 女がルシフェルのエネルギーを受け入れれば受け入れるほど、その一方でルシフェルは、自分の気持ちが醒めていくのを感じていた。

 それでも、自分が誘った手前、彼女に満足は与えてやるのが誠意だ。

「――我慢も、不要だ」

 耳元で囁かれたその声に熱がこもっていない、むしろ、冷たささえ含まれていようとも、すでに女にはどうでもよいことであった。

 押し殺すことなく声を部屋中に響き渡らせた後、女は白色の世界に身を委ねるように堕ちて行く。

 それを見ながら、彼もまた、違う意味で落ちていく。


 真っ黒い失意の淵へ――


 相手を変えて何度同じことを繰り返しても、結局『愛』など、すこしも理解できない。満たされるどころか、心の中の欠乏感のみが浮き彫りになっていく。もっと言えば、誰かを抱く度に、その欠乏感は渇きを伴って彼を苦しめていくようにも感じる。


 愛し愛されるという、ただそれだけのことができない自分は、やはり欠陥品以外の何者でもなく――




「ちょっと、ルシフェル。――酷いじゃない」

 ラファエルが呆れたように声をかけてきた。

「何の話だ――?」

「心当たりが多すぎて、分からないようね。――あんたに摘み食いされたのよ、アタシの部下が――」

「誰のことを言っているのかはわからんが、――誘っているのは俺ではない」

 別に無理やり犯しているわけではない。むしろ、熱い視線を送ってくる女たちに自分のエネルギーを分けてやっているのだから、感謝されてもいいくらいだとも思う。

「だからって――」

「お互い、合意の上だ。……他人に口出しする権利はない」

「そんな風に見過ごすことはできんな。俺の部下も泣いて帰ってきた」

 そこへミカエルが割って入ってきた。

「そんなに自分の部下が可愛ければ、お前たちが自分で慰めてやればよかろう?」

 積もり積もっていた満たされない思いもあって、自然にルシフェルの声が大きくなる。

「――ああ、もう、いい加減にしろよ! いつもいつもケンカばかり――よく飽きないな? ルシフェルも――なにそんなに突っかかってんの? そこに愛があるなら、誰を抱こうが別にどうってことないじゃない? さ、はじめるよ、みんな座って」

 ガブリエルにとっては、自分に害がなく、会議が滞りなく行われる限りは、ルシフェルのプライベートなど、どうでもいいことのようだ。


 そこに愛がないから、こんなことになってるのだが?


 ルシフェルは心の中で毒づいてみる。

 ラファエルもミカエルもなんとか気持ちを抑えて、すでに会議を始めようとしているのに、それをわざわざ口にして問題を蒸し返すこともないだろう。




「ねぇ、ルシフェル。ちょっと付き合ってもらえない?」

 会議の後、ギャラリーにいる連中の品定めを始めたルシフェルを牽制しながら、ラファエルが声をかけた。

「悪いが、俺は、男は必要としていない」

 先日の事もある。ルシフェルは、警戒しながら言葉を返す。

「そうじゃなくて。一緒に行ってもらいたいところがあるのよ」

 そう言われて、ルシフェルがラファエルに連れてこられたのは、天士養成機関(アカデミア)だった。

 普通の大天士なら、新人天士のスカウトのためによく足を運ぶ場所であったが、そもそも熟練者(エキスパート)の異動によってなりたつ部隊の長であるルシフェルにとっては、なじみが薄いところだ。

 彼は、珍しげに周りを窺いながらラファエルについて行く。反対に、ラファエルは慣れた足取りで案内板も確認せず大きな建物の横を通り過ぎて、どんどん歩いていき、敷地の奥にひっそりと立つ小さな建物の前で足を止めた。

「どうぞ。入って――」

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