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***



 満たされるから完璧になるのか、完璧だから満たされるのか。それはどちらでもいい。とにかくそれさえ手に入れることができれば――。

 ……とはいえ……「愛」――か。



「――聞いてるの、ルシフェル?」

 ラファエルが心配そうに顔を覗き込みながら声をかけてきた。突然息がかかりそうなほど近くにきた顔に驚き、ルシフェルは意識をそこに戻す。

「そいつが話を聞かないのは、今に始まったことではない」

 視線を向けることなく、冷たく言い放つミカエルの言葉など気にせず、ラファエルに生返事をするも、ミカエルの言うとおり、ルシフェルは会議の内容など端から頭に入れるつもりはない。

「――それではモーセに渡す十戒の内容は、これでいいね。それから、人間界のこのカルト的集団の問題の解決については、ルシフェルに頼むということで――」

 タイミングを見計らって、ガブリエルがにこやかに会を閉めた。それを合図に、それぞれ立ち上がり始める。

「ちょっ――おいっ、勝手に俺に振るなよっ!」

 面倒を押し付けられたルシフェルが抗議してみたものの、ガブリエル始め、ミカエルとウリエルは早々にその場を後にしていた。

「ふふ。ルシフェルも、ガブリエルの無邪気さには敵わないのね」

 後に残ったラファエルが面白そうに言葉をかける。

「……無邪気というより、あざとさだろ」

「それにしても、今日はいつにも増して、上の空だったわね。……アタシでよければ、聞いてあげてもいいけど――?」

 まさかルシフェルが自分などに相談などするはずがないと思いつつも、ラファエルは社交辞令から口にした。相手が人間であろうと天士であろうと、癒すのはラファエルの仕事だ。

「ああ……」

 話したところで、ラファエルに簡単に解決できる類の問題でもない、が――とルシフェルは、少し考えてから言葉を続ける。

「……人類や天士全体に対してではない――『愛』とは、なんだ?」

 ただ、ラファエルに聞いてみようと思ったのは、水を向けられたからというのもあるし、もし聞くなら――と消去していったら、ラファエルが残ったというだけのことだ。

 しかし、ルシフェルは口にしてみてから、やはり自分らしくないことを言ってしまったことを、かなり後悔した。

「――あら、まさか、ルシフェルともあろう者が恋愛の悩み?」

 いつもは顔に出さないルシフェルが、今回ばかりはバツの悪さがわずかに漏れた。そんな彼を初めて目にしたラファエルは、なんとか笑いを堪える。

「――笑いたいなら、笑え」

 自分でもわかっている――アカデミアの生徒ばりに頭の中を、たかが愛などというもので、一杯にしているなど、自分でもどうかしていると、解っている。

「――なら、アタシと試してみる?」

「冗談? お前、男だろう――」

「あら、アタシは本気よ? 男とか、女とか――そんなのナンセンスよ。試してみないとわからないじゃない」

 そう真面目に言い切ったラファエルに、このまま押し倒される危険を感じたルシフェルは、早々に話を切り上げることにした。

「引き止めてすまなかった」

 ラファエルの背中を軽く押して立ち去るように促したルシフェルは、ラファエルが行ってしまってから、彼の言葉を反芻する。


 ――試してみれば、わかる……そういう問題なのだろうか


 考えながらまばらになったギャラリーに視線を走らせた。

 残っているギャラリーの中の、じっと自分を見つめる一人の天士に目が留まる。


 ……試してみれば、わかるのだろうか?


 彼女に手を差しのべながらルシフェルの心にあったのは、ただそのことだけ。




「ルシフェル様――!」

 いつもの定例会のため、ガブリエルに腕を取られ、図書館を抜けて庭へ向かう途中で、見知らぬ天士から声をかけられた。

 振り向くと、そこには二人の天士。一人はしっかりとルシフェルを見据えて立っている。先ほど声をかけてきたのはこちらだろう。そしてその天士の後ろに隠れるように身を寄せて俯いている天士がもう一人。

「――これから会議だが?」

 実際は会議などどうでもいいのだが、天士長という手前、四大天士には見せられるいい加減な部分も、普通の天士にはさすがに見せられない。

 ルシフェルがすました顔で応えると、地面に目を落としていた天士が両手で顔を覆って肩を小刻みに震わせすすり泣き始めた。

「覚えて――ないんですかっ? この子、あれからずっとルシフェル様からの連絡を待っていたっていうのに――」

 庇うようにして立っていた天士が、礼を欠かないよう気を遣いながらルシフェルに詰め寄る。

 彼は、文句をつけてくる天士の後ろで小さくなって泣いている天士に目を遣って、思い出した。先日の定例会のときに持ち帰った天士だ。

 そういえば、あれ以来すっかり忘れていた。

 彼女を抱いてみたはいいが、やはり『愛』などというものは理解できず、そこに求めるものがなかったので、彼の彼女に執着する理由もなくなった。

「忘れたほうが、お互い、幸せだろう? 一度誘っただけで俺の女みたいな顔をされるのは、迷惑だ――」

「最っ、低――! あなた、仮にも天士長でしょ?」

 正義感の強そうな天士は、右手をルシフェルの頬めがけて振り下ろす。しかし、その右手が彼の頬を打つ前に、手首をとられた。

「残念ながら、その肩書きには、俺も嫌気がさしている。天士長というだけで、俺の中身を決めつけるな」

 そこまで言って少し考えたルシフェルは、手首を握ったまま、彼女の顎を右手の指でくいと上に向けながら、口の端で嗤った。「……お前が知りたいというなら、会議の後、どうだ?」

 途端、パシンッ――と乾いた音がその場に響いた。

 ルシフェルは右の頬に軽い熱を感じる。

「女が誰でもあなたについていくと思うのは、大間違いよ。あなたのその最低なところ、皆にぶちまけてやるから覚悟しておきなさい。まったく、何が天士長よ、ちょっと見た目がいいだけじゃない! ――行こうっ」

 すでに頭に血が上った彼女はルシフェルの手を振り払い、声を立てないようにして啜り泣いている天士の肩を抱いて彼に背を向ける。

「俺の最低さをぶちまけてくれるのはいいが、――俺を知ってからのほうが、真実味があっていいと思わないか?」

 喉の奥で嗤ったルシフェルは、立ち去る二人の背中に言葉を投げた。

「――気が変わったら、いつでも来るといい」

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