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さよなら、桐山家。  作者: さの梅子
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8「好奇心ってのは大事だからな。」

のんびりと柊のところまで戻ると、バケツの中をチェックした。鮎が六尾入っていた。

嬉しい、今日は鮎が食べられる!柊はもう少し粘るというので、河原で休憩することにした。手頃な大きさの平たい岩を見つけると、そこに腰を下ろした。梅ジュースの入った水筒を持ってきていたのを思い出し、いそいそとコップに注いだ。喉が渇いたときに飲むよく冷えた梅ジュースは最高である。なぜか泳いだ後は喉が渇く。あんなにたくさんの水の中にいたのになあ、と子供みたいに思った。川の水で冷えた体を日差しが温め乾かしていくのが気持ちよかった。しばらくすると柊が戻ってきた。全部で十尾捕れたという。大漁だねすごいねと褒めると、まんざらでもなさそうな顔をした。梅ジュースを注いであげると、隣に来て岩に腰掛けた。

「美味しいね、この梅ジュース。確かに桃っぽい味がする。」

柊はゴクゴクと飲み干して、自分でお代わりを注いだ。そういえばと思いたち、ずっと聞いてみたかったことを柊に聞いた。

「柊、まだちっちゃい時に川で流されたことあったじゃん。覚えてる?」

と言うと柊は、あははと声を上げて笑った。

「あったねえ。覚えてるよ。」

「笑い事じゃないよ、大変だったんだから。」

つられて笑いながら私も言った。

「あのさ。流れていく時、何考えてたの?ずっと気になってたんだけど。」

変なこと気になるんだね、と言いながら柊は思い出すように少し首を傾げた。

「どうだっけなあ。あの時はとにかく飛び込んでみたくてさ。みんな楽しそうに飛び込んでたから。で、お父さんの目が離れた瞬間に、いまだ!と思って飛び込んだわけ。」

やっぱり。やっぱり確信犯だったのだ。

「でも、すぐ後悔した。手を伸ばしたお父さんと目が合ったんだよね。お父さんすごく驚いてた。それで、やばいことをしてしまったのかもって思った。追いかけてくるお父さんの大声を聞きながら、これは完全にやらかしたな、このままみんなに会えないのかもって思ったら何も考えられなくなって、その後はなんだかうやむや。覚えてるのは、帰りの車で、すみれちゃんとさっちゃんに挟まれて座ってて、二人とも手を繋いでくれてたこと。その感じはちゃんと覚えてる。」

そうだった。きっと私たちは、弟の柊が(あるいはきょうだいのうちの誰かが)いなくなるかもしれない、と言う事実に気づき心底怯えていたのだろう。柊を真ん中にしてぎゅっと手を繋いだ車内のあの暑くて濃い気配を思い出した。三人とも無言で、でも家に着くまで手を離さなかった。

「思い出した。すっかり忘れてたよ。でも柊、よく水嫌いにならなかったね。」

「それが後日談があるんだよね、この話には。もう言ってもいいかな。」

柊は珍しくニヤリとして言った          

「何日かしてから、お父さんと話したんだよ。俺だけ呼ばれて車に乗っけられてさ。」

「ふーん、なんか怖いね。」

「うん、絶対怒られるかと思ったもん。」


その日は、母が夕方からの夜勤だったので、祖母ときょうだいだけの晩御飯だった。父が帰ってきたのは、夕食が終わってみんなでテレビを見てくつろいでいる頃だった。父は柊に向かって手招きし、祖母にひと声かけると、柊を車に乗せて出発した。そんなことは初めてだったので、柊は緊張していた。どこに連れていかれるのかと不安になった頃、父がやっと口を開いた。

「この前、川で流されたときな。お前自分で飛び込んだのか?それとも落ちたのか?」

柊は、これはもう腹をくくるしかないと思った。たとえ怒られても嘘をつくよりはマシだろう。嘘がバレた時にどうなるかは、二人の姉の失態からすでに学んでいた。

「自分で飛び込んだの。どうしても飛び込んでみたかったから。」

と柊は正直に答えた。そのあと続くであろう説教に身を固くしていると、不意に柊の頭に父の大きな手が置かれた。

「そうか。まあ好奇心ってのは大事だからな。」

びっくりして隣を見ると、そこには嬉しそうな父の横顔があった。

「腹減ったな。ちょっと寄ってくか。」

と父はハンドルを切り、驚くことにマクドナルドの駐車場に車を停めた。父とマクドナルドは何とも妙な組み合わせだった。いつも母の手料理を食べ、外食すらしたがらない父なのだ。緊張が解けた柊は、マクドナルドの赤と黄色の看板を見た途端、急にお腹が減ってきた。だからいつものハッピーセットではなくて、父と同じテリヤキバーガーセットをねだった。父は「母さんたちには内緒だぞ」と言いながらも頼んでくれた。席に着くと、父が旨そうにハンバーガーを頬張った。柊も負けじと頬張ると、父が「旨いな。」と言って笑った。父は上機嫌だった。ハンバーガーを食べながら、鮎の上手な突き方を柊に話して聞かせてくれた。柊はその話を聞きながら、父から一人前だと認められたような気がしてとても誇らしい気持ちになった。二人だけで夜出かけたこと。大人が食べるバーガーセットを食べていること。父もハンバーガーが好きなのだと知ったこと。そして飛び込んだことを咎められるどころか、それが父を喜ばせたこと。その全部が誇らしかった。お腹も一杯になり満ち足りた柊は帰りの車で寝てしまい、目が覚めたら次の日の朝だったと言う。


「だから、嫌な思い出にはならなかったんだ。」

「へぇ、そんなドラマみたいなことあったんだ。知らなかった。」

「まぁ、いい思い出ですよ。父と息子の。」

柊は残りの梅ジュースを飲み干した。

そういえば、男同士の素敵なお話の陰には、完全なる八つ当たりで怒鳴られた不憫な母がいたことを思い出した。

「割りに合わないのはお母さんよね。あんなに理不尽に怒鳴られてさ。お母さんの方が、トラウマになってたりして。」

あはは、と軽い調子で言ったら

「そっか。お母さんにも話した方がいいかな?」

と柊が真剣な顔で聞いてきた。

「どうだろうね。まぁ、そのうち話してあげれば?」

私たちは立ち上がった。陽の下にいたので、髪の毛も水着もほぼ乾いていた。水着の上からTシャツとショートパンツを着ると、もと来た道を歩き始めた。


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