第四章14話 『廊下の中にて』
無数の塵が舞う廊下の中、目の前の鎧兵士の首元を切りながら走り続ける。潤滑油が短剣に付着し、少し濁った茶色の液体は刃を鈍らせながらも、兵士を切るにはまだまだ申し分無い切れ味。その辺りは、名を馳せた名工と言った所か。
「待ちなさーい!」
背後からはあのお嬢様の声。姿は見せないが――
「おっと……完全に殺す気だ」
ギロチンの刃が速度を上げ、壁を貫いて横から飛んでくる。ただ、壁が刃を避けるように威力が下がらず飛んでくるそれは、何か仕掛けがあるのは明白だ。更に言えば、あの刃は最低でも2本あったはずなのに、飛んでくるのは1つだけ。色々と推測出来れば、再戦の時で使える手に変わる。
「というか、味方ごと叩き切ってるけど……」
ギロチンの余波は鎧兵士にも及び、避けた壁から現れた刃は同じく鎧すらも両断していく。ただ、切った音がせず、切るというより裂ける感覚。これがもし、無機物に干渉する物だったら――私への特効だ。
鉄の弾丸を放っていたものは私を見失っているようで、空中を漂う為の風音だけが聞こえる。
「――やばっ」
ただ、ギロチンの刃で出来た隙間から覗かせる銃身に見つかると、その区域を塵へ変える駆動音へと変える。却って土煙が上がり、私にとっては好都合――目の前で巨大な魔法陣が描かれていなければ。
「こういう時は共同で潰せ。うちのボスからそう言われていてな」
きき慣れない男性の声が、煙の向こう側から聞こえる。きっと、この魔法陣を作った主。そして、こんな敵陣の中で現れる人間は味方な訳が無い。つまり、増援……後ろの女も対処しきれて無い段階でのこれは、かなり危険だ。
赤色の線が描くそれは段々と熱を帯びていき、廊下ごと焼き払う熱さを紡ぎ出す。これは、中々に不味い。鎧兵士を切った油が熱で燃え上がり、廊下と私の短剣を赤く染めていく――。
「沈めっ!」
「ちょ――」
後ろから聞こえる女の声すら無視した、威力重視の熱線。完成した魔法陣は廊下そのものを銃身とし、真っ白な熱が隙間なく放たれる。逃げ場はなく、余波だけで廊下の全てが焼けていく無慈悲の光。でも、これが魔術なら――
「耐えて――!」
光へ向かって、短剣の切っ先を突き刺す。霧散して光を無くした熱は剣に纏わりつくが、それでも足りない。
「――っああぁ!」
剣だけなら大丈夫だった。耐えるだけなら、大丈夫だった。だが、その耐えきった先に剣以外の勘定が付いてこない。反射する熱は容赦なく私の身を焦がし、表面を黒く焼いていく。考えれば至極単純、直射を防いでいるだけで、周りから伝わる熱は自然現象――魔力によって生み出された副産物。熱があがるのは魔術、それで燃えるのはあくまで自然現象で……熱を帯びた廊下からの輻射熱は管轄外だ。
「……全くもう、私まで死ぬのは管轄外ですわ?」
後方から2本の刃が光に飛び、3本目で上への排出口を作り上げていく。2つの刃は片側から冷気、片側からは強風を纏い、それぞれ私をアシストするように出力されている。そして、壁や地面を裂いたあの刃は、光の道を上に逸らしていく。……これなら、耐え切れる。
「――そちら側の味方をするのか?」
光の向こう側から男の声。そして、この攻撃から察するに――私の後ろにいるお嬢様へ投げかけた物。
「不可侵条約と仰ったのは、貴方でしょう?」
「お前がそこに立ってるなら、事故で終わりだが?」
「ワタクシも、まだやるべき事がありましてよ」
敵2人に挟まれながらも、私を無視して進む会話。でも、この感じはとても仲が良いとは言えない関係。
『幸運にも、この気持ちを共有する同士がいた。思想はズレていても、この国を壊すのは同じ。だから、手を組んだ』
脳裏に浮かぶあの日記。ここの兵とは到底思えない姿をしていた女性と、声だけだがこの熱線を放っている男。どちらも首都の人間じゃない事は明白だ。首都にいる人間なら、一般人か司祭しかいない。なんせ、冒険者は全員死んでいる。あの格好をする理由が何も無いのだ。
そして、あの魔術師も首都出身じゃない。理由は簡単で、マリオネットの技術が古いのだ。私の身体が頂点とするなら、ここの鎧兵士はスクロールで操作するというハンデを抱えたとしても、旧式が過ぎる。魔力を追う事もなければ、大教会で触れた警報線も……触れた物の判別が雑。機械か生身かとしか、判別出来ていなかった。更に、外の駆動音がする兵器も、強い魔力であるこの魔術が放たれて以降、音沙汰が無い。熱で判別するセンサーが壊れた……そう考えれば説明はつくが、同じ機械の私の目は潰れていない。
でも、さっき放ったあの魔法陣は紛れもなく、私の身を焼く程の出力だった。皮膚ではなく、中身すらも焼く光――それを制する実力は、スクロールではなく紛れも無い魔術師の証。なら、この警備を最新にアップデート出来るはず。なのに、それをしなかった。考えられる可能性は――雇われた人間。
「チッ――クソが」
捌ききった光は塵を全て溶かし、眼前に男は姿を表す。
その男は、モサっと縮れた灰色の髪を持ち、細い身体はとても健康とは言えない程だ。そして、手元には細かい装飾という魔法陣が刻まれた杖。口元には、煙を吹かす棒状の物に火がついている。その煙はやけに薬っぽく、回復薬のような匂いが漂っていく。
「貴方ねぇ――」
2人の油断。捌ききった熱線と、お互いの不仲を突いた急加速。この短剣は魔術を切る物じゃない……吸収する物。
「厄介なのはこっち!」
熱線を放つ魔術師と特効の武器を持つお嬢様。それでも、あの魔術は確実に潰さないと――後で絶対に懸念する点へと繋がる。例え倒せなくても、負傷で止めればそれでいい――
「ほう? こちら側か」
赤色の短剣は、空気を帯びて炎を上げる。出力を上げ、一瞬で詰め寄った加速で燃え盛る短剣を斬撃に変え、男へと放つ。
「剣に切った魔術を纏わせる装備か――興味深いな」
だが、斬撃をまるで気にしないように杖を振るい、水の魔術が大量に腕へ付き、力を抑えるよう引っ張られる。その上、氷の壁が斬撃を僅かに逸らさせ、熱風がその後押しをする。
逸らされた斬撃を戻そうとしても、水が邪魔をして戻せず、氷の壁で阻まれ、熱風で上に上がる。1つならもろとも殺せるのだが、複数が同時に妨害されたら、流石に厳しい。
「――ならっ!」
横切りが滑って切り上げになるなら、いっその事それを後押しすれば……あの魔術的に、逃げられる。
切り上げた斬撃は溜め込んだ魔力によってあの光を放ち、目をくらませる熱として上へ――
「これなら、逃げられる!」
熱は氷を溶かし、水を霧散させ、私への拘束を無くしていく。自由となった身体は、残された熱風を踏み抜いて、城壁の内側に足を向ける。着地はどうだっていい、今は――この挟まれた敵陣から逃げるのが先。
切り上げた短剣を左手に持ち変え、逆手のまま横へ飛びつつ光を放って落ちていく。目をくらましたそれは、私が建物の影へ消えるまで続き――私は運良く姿を消せた。




