第四章13話 『教皇の城』
部屋の光が灯り、起きているが外にいる人がいなくなった頃。厳重な城の隙間を縫うように、愚鈍な兵士を掻い潜る。ここから先は本当の勝負――赤く錆びた仮面を引っさげて、一時の狂気へ……足を踏み入れた。
「――広い」
首都の三分の一を占める城の領域。と言っても、本当に城と呼べる箇所はもっと小さく、実際は多数の建造物を城壁で囲み、無理やり城と名乗っているようなものだが。
警備はかなり手堅く、大量の鎧兵士に動き回る鉄塊、見慣れない飛行物体は光を地面へ照らし、中身がいる人間も鎧を指示するように何名かいる。更に鎧兵士も鉄塊も、武装は大教会で見かけた物とはかけ離れた外見をしている。魔力の流れを視るに、魔術を併用した武器をいくつか持った改良型と呼べばいいか。
「……大分、警戒されてるな」
それにしても数が多い……昨日の一件で起こした事件で、警備がかなり厳重となっている。私じゃないが部屋を荒らされた痕跡と、誰も記録に残らなかった事態を重くみたと思うが……ここまで敵意を剥き出しに守っている所を見ると、よっぽど盗られたくない情報があったらしい。
「そして……場所が分からない……」
広すぎる城壁の内部。目的なく動けば、間違いなく詰みの展開まで行かれてしまう警戒度。なのに、肝心のモーリス=ユージーンの家が分からない。地図を見る限り……この周辺にあるとは思うが、似たような建物ばかりで見分けが付かない。
「そうなると……まずは地図を盗らないと」
まずは場所の特定。と言っても、モーリスという個人の家が描かれた地図なんて無い。でも、個人宅以外なら記されている。そして……大司祭が貧相な家である事は無いはず。そうなると、地図で大きく記された無名の土地が、きっと――
「地図がありそうな場所……考えろ」
問題は、地図という鍵が今手元に無い事。ただ、必ずどこかに隠されてないと破綻する。あの兵士を操る人間、場所を覚えてないと、守るべき遠隔操作で街を破壊なんて本末転倒になるから。その覚える部分が、どこなのかを探らなければ……。
「――魔力の線が、繋がっている」
ふと視える微かな繋がり。兵士や飛んでいる機械が扱う武具、その魔力に邪魔されて……とある一点へ繋がる線が視えなかった。よくよく考えれば当たり前で、ただの兵士がここまでの存在を操れる訳が無い。つまり、これは魔術ではなく大規模な――赤の国で見たあの魔物発生装置よりも大きな、兵士が操れる段階まで落としこんだスクロールだ。そうなると、魔力を集める術か魔力元となる何かがある。そしてそれは、僅かに見えるこの線を辿れば――見つけられる。
「よし……行こう」
線の辿る先――中央にある城から四方に伸びた先端、この方角を統べる城の角へ、行こうと……したのだが、
「――下民が、こんな所で何か御用ですの?」
――城壁を飛び降りる前に……見つかってしまった。目をそちらへ向けると、到底警備には似合わない黒いドレスを身に纏った、黒い髪を後ろへ束ねたお嬢様のような女性がそこに立っていた。
「……逆に、お嬢様がここに何の御用です?」
「へぇ? 口が達者ですのね」
軽く微笑むお嬢様。ただ、そんな顔とは相反して――手元には、首を切る処刑に使いそうな刃が抜き身のまま持たれている。
「全く、こっちは急いでるのに」
「ワタクシだって、急いでいますのよ?」
「じゃあ、お互い見なかった事に――」
言葉の途中で投げられる処刑のギロチン。軌道も単調で、早くも無いそれは容易に避けられるが、それが目的ってより――
「ふざけないでくださる? ワタクシは、貴方のような下民を潰す為に呼ばれましてよ?」
私の提案への返答として投げられた物だ。
「潰す……ねぇ。なら――」
ここまで来たら逃げられない。姿を消しても、私がここに来たと伝えられた詰み。音を出せば気付かれて詰み。かと言って、殺せば痕跡を残してしまう。そういう事なら、やる事は1つだ。
短剣を引き抜き、目の前のお嬢様に切っ先を向ける――宣戦布告の証。
「――潰される覚悟も、あるんだよね?」
「その心意気、買ってあげますわ!」
応じるように突っ込んでくる黒いドレスの女性。素手な所を見ると、この人の得意距離は私と同じ近接。なら、私は相手の一手目を読み切る為に、受けの構え。
あえて潜りこませ相手の初手を伺う中、眼前に飛びこんでくる1つの鉄線。その線の先は、後ろへ投げた刃へと繋がっていた。
「――獲りましたわ!」
鉄線同士で繋いだギロチンの刃。それを、私とは全く無関係方向へ投げ飛ばす。その刃は線の間に構えた私を中心に、グルグルと回り始めた。
「こんな物――」
「えぇ。こんな物、ですわよ?」
本当なら、私へ巻き付く前に動けた。だが、目の前にらいるお嬢様が、適切な距離で詰めて私の動きを封じている。前に進めば鉄線が巻き付き、後ろに飛べば詰められる。それに、出力を上げれば音が出てバレる以上……人を超えられない。
相手の詰めを阻害しつつ、後ろに下がれる手段……。
「なら――」
おもむろに鉄線を素手で掴み、腕へ巻き付けていく。急に距離を縮められた刃は勢いを増した状態で、私とお嬢様を分断する刃として襲ってくる。
「無茶苦茶ですわ!」
鉄線を持った左手からは血が流れ、巻き付く力を制する度、赤が滴り落ちる。
巻き付く回転を逆にしたギロチンは、少々力を込め過ぎた事もあって、城壁の道を抉り土煙を上げていく。同時に、通りすぎたそれは城壁の内側へ突き刺さり、決して小さくない音を放った。
「でも、これで――」
ただ、両方の刃が後方へ刺さった事で、後ろに飛べば緩む状況が出来上がる。土煙が未だ上がっている中、咄嗟に後ろへ飛び退いて走り出す。
本当は当身なんかであのお嬢様を止めたいが、見つからないという制限が足を引っ張って、悪い状況が作り上がる。
「――待ちなさい!」
既に大きな音を出した事で、遠くから飛んでくる鉄の連打。駆動音と共に城壁を壊すそれは、鉄の弾を飛ばす銃と呼ぶにはいささか強すぎる威力で、私の後ろを粉々にしていく。
更には、ギロチンの刃を器用に突き刺し、足場として別ルートを追いかけてくる黒ドレスの女。
「流石に悪手過ぎた……」
城壁を粉々にしていく鉄の弾丸群は、徐々にその狙いを定めて速度を上げていく。このまま城壁を走り続けたら、蜂の巣にされて死ぬ。
ただ、下にはあの黒ドレスが足場を作りながら追ってきている。このまま飛び降りれば、再度あれと戦う事になってしまう。あの鉄線は、ある種の初見殺しだが、あれ以外にも残している手はあるだろうし……。
「――一か八か、試すか」
足を反転させ、弾丸が起こした砂塵の中に突っ込む。手にはまだ形の残った煉瓦を持ち、お嬢様の足場へぶん投げながら。
煙の中は視界が悪く、何も見えない上に着地点も分からない。だが、城壁なら中にも道があるはず。
あのお嬢様は、刃を刺して飛んでいたが……刺さり方は甘い。石を投げつければ、足場が外れるかバランスを崩すか、どちらにしても時間は稼げる。
何も見えない箇所へ飛び降りる中、石と鉄がぶつかる甲高い音だけが、この区域へ鳴り響いた。




