第四章12話 『嘘と本当』
目を覚ましても暗闇、顔にかかる何かを取り除けば木の天井が私の瞳を出迎える。どうやら魔術本を読んだまま、気付けば本を顔に被せて寝ていたようだ。
「――寝ちゃってたか……」
身体に違和感は無く、可動域に支障は無い。思考もまだ眠気でぼやけているが、それでも憎悪の地獄みたいな光景を見た後遺症は無い。
「でも、寝て頭を休めたら……色々考えも纏まる」
船内から外へ出ると、まだ街の灯りは所々付いている。日差しは変わらず砂に埋もれ、風は中心へ向かういつもの風だ。レニーはまだ見かけていないが、もうそろそろ返ってくる頃合いだろう。
「――ベル。起きてたのか」
タイミングが良くレニーは船に登り、船の上で対峙する。……正直、今はあまり信用出来ていない相手。
「ついさっき、起きただけ」
「そうか、丁度良い。お前ら、準備を頼む」
「「「アイアイサー!」」」
船長の指示でテキパキと船員が動き、周りに張っていた膜の色が変わっていく。そして、この膜は防音の膜……大事な話があるという事だ。
「……それで、収穫はあったの?」
「今回は、あまり無かったな。ただ、『薬』と『巫』に付いては多少分かったぞ」
どちらも、あの紙で書かれていた単語。断片的過ぎて分からない『薬』と、そもそも意味すら分かっていない『巫』。一応、レニーが嘘を付く可能性も考慮しつつ、レニーの話を続けさせる。
「――まずは『薬』からだが、娯楽の1種というのが分かった。飲む事で夢見心地が良くなったり、身体の調子が良くなったり……そういうのが、今の流行りらしい」
「……それ、副作用がとんでもなくて、結果精神が壊れるなんてオチじゃないよね?」
「そうじゃない――と、言いたいんだがな……。実際に服用した奴と話したが、会話にすらなってない。それに薬が凄いって噂ばかりで、実際どこで作られたのかを聞くと、全員が口を閉ざす。まぁ、ベルの思った事が正解だろうな」
依存性の高い薬……それを、裏で流行らせて何かを行っている。そして、依存性という後引きは、資金源へと繋がる。世界反転計画の1人が綴った日記を見る限り、この国の成り立ちや信仰心そのものに恨みを持つ人達の犯行だと分かる。そうなると、信仰を飾った人間が壊れようが構わないが故に、こういった薬で金を稼ぐ……かぁ。
「『娼婦館』に『薬』……どちらも、あまり良い印象が無い」
「同感だ。行き過ぎた信仰心も大概だが、逆も大概だな」
この一言で確信に変わった。レニーは……何かを隠している。そして、この船長が本当に所属している場所は――
「そして『巫』に付いてだが……こっちは、まだ断片的にしか集まって無い」
そんな思考を消すように、レニーが話を続ける。私がレニーを疑っている事に気づかれたか?
――そんな私への疑いを逸らす様に、あえてレニーの言葉に乗っていく。
「それでもいい。教えて?」
「……『封印祭』の大元になる人物って事は分かった」
封印祭は年に一度、各国で何かを祭る物。まぁ今は、名前なんて関係無しで大盛り上がりの騒ぎを起こす程度になっているが……名前の意味も、何が起こった結果なのかも、伝承が何も無い祭。
「封印祭って名前だけ聞くと、何か封印したのが『巫』って事になるけど……」
「まぁ、予想はそうだよな。だが、それ以上の情報が何も無い。『巫』が『封印祭』の大元で、後は……『巫』は今も伝承されている血筋がある。それぐらいだ」
「……今も、継いでいるって事?」
「そうだ。じゃなきゃ、あんな年一に祭なんかやらんよな」
……今も、残っている巫という存在。でも、これは――絞れる。だって、ここまで人という情報元に伝えられないって事は、大規模な情報の統治が行われた事に繋がる。つまり……隠しているのは、国の可能性が高い。
「でも、これが『世界反転計画』とは、どうにも繋がらない」
「繋がらないどころか、まるで違う場所だからな。自分の計画に何故、古来からの伝承を持ってきたのか……正直、俺も分からん」
腕を組みながらしかめっ面で、頭を時折搔くレニー。その姿と魔力に、嘘はない。嘘の揺らぎも、仕草もない……全て本心だ。
「うーん。未だに何も無し……」
「あー……そういえば、ベルの言っていた件、ちゃんと調べておいたぞ」
頼んだのは街の謎。レニーは地図を見るように手招きをして、私の見ている所で地図に線を描いていく。
「――ここが、ベルがハリボテって称した、やたら新品な箇所だ」
敷かれた線は、中央にある城から真っ直ぐ大教会まで繋いだ大通りで、それ以外の所もあるが、基本的に大通りに近いほど多い。
「うーん……ますます分からない」
「とりあえず、俺の目で見た全ての箇所で、新品のように作られた部分に線を書いたが、俺も違和感があったんだよ」
「大通りから流れて劣化し過ぎている事?」
「それだ! 何かモヤモヤしてたんだが、ベルの言葉で気付いた。本来なら、建物の劣化なんて場所によって様々なのに、こんな地図で規則性が作られる物じゃないんだ。こんな線、絶対に作れない」
違和感の正体。それは、街の劣化が巡目過ぎる事。物の壊れるタイミングなんて人によるのに、こんな大通りだけ新品――壊れるなんてありえない。それこそ、とんでもない威力の何かが大通りを通らない限り、こんな新品の状況は作れない。
「……うーん?」
「ベル、どうした?」
「いや、調べて正体が分かったのは良いけど、これ……どこにも繋がらない情報だ」
強烈な何かが大通りを通ったからと言って、それが反転計画でも、巫にもならない。つまり――
「とんだムダ足だったって事かよぉ」
「頼んだのは私の責任だから、ごめん」
張り切って線を描いたレニーは、落ち込むように机から崩れ落ちて、樽の椅子に座る。
「まあいいんだけどな。それで、ベルは今回どこを狙うんだ?」
「狙う前に……前回の事、噂になってる?」
「半々ぐらいかな。仮面の少女を見たって噂は流れてない。ただ、物音や警報で目が覚めたって噂は、もう持ちきりってぐらいに流れてる。ここから推測するに、多分バレてるな」
「その上で、情報を消している……」
私という正体までは、まだ至ってないにしろ……警備は厳重に固まりそうだ。
「その上で、どこを行くんだ?」
「……手堅く、近場を攻める」
「そうか、2番目に近い……ここの大教会か」
レニーが指を刺すのは、距離的にまだ近い方の大教会。向かって右側に走れば着く場所。真っ直ぐ進んで向かい側の、一番遠い大教会よりかはマシではある。
「そういう事。今回はああなりたくないから、短剣だけで行くけど」
「あー……分かった。注意して行けよ」
その言葉を尻目に私は船を降りていく。でも、本当は違う場所へ――
「嘘だとバレる装置とか、持ってそうだから濁したけど――上手くいくかな」
足の向けるその先は――教皇の城。
「近場を攻めるって言ったけど……モーリス=ユージーンの自宅も含めると、こっちの方が近い。だから、嘘は言ってない」
疑いの目を向けた途端に会話を逸らしたレニー。つまり、何らかの私の動きを察知した勘か――私の目と同じような事をしているか。そうなると、嘘は付けない。その上で、レニーを出し抜く方法が……これしかなかった。
「これで、出し抜ければ――荒らされずに情報が貰える。その代わり……厳重警戒の中を突っ込むリスクはある。でも、背に腹は変えられない」
そうして、教皇の城まで走り抜く。上手くいけば私の勝ち、ダメなら負けの出た所勝負。でも、それならそれで――上等だ。




