第四章11話 『日記』
昼か夜か分かり辛い砂の奥から刺し込む、太陽の光。鐘の音によって街は一気に賑わいを取り戻し、店もあき始める。ただ、全く眠そうな素振りを見せずに笑顔でこなすその様は、まるで決められた感情をこなしていく歯車のように見えた。
「……ふう」
そんな中、レニーは情報を集めに外へ向かい、私は船内の客室で寝具に腰を落とす。
「さて、情報としての基礎を……確認」
そして、隠し持っていた本を取り出し――この国の基礎を学ぶ。断片的な情報を全て、繋げる為に。
「えーっと――『この国は、初代のお陰で成り立った国だ』」
初代……この国を最初に治めた人間。そして、信仰という物を作り出した人間……きっと、まともじゃない。
「『その名前は、クレア=ケロン様。偉大なる未来予知にて、私達を導いた』」
――偉大なる未来予知……でも、おかしい。偉業と称えているのに、功績を記していないのは、それこそ信仰心という物に疑いを作ってしまう物だ。
「でも、未来予知なんてあれば……死ななそうだけど。――『不老不死と未来予知にて我々を導いていた彼女は、突如として姿を消し、我々は嘆き悲しんだ』」
不老不死とは、また大層な事を書かれている。話には尾びれが付きやすいとも言うが、流石にこれはありえない。……私みたいな身体じゃない限り。でも、自動人形は目指せなかった極地。不老不死は絶対信じないとして、どう偽装したのか。
「……『そんな様子を見たクレア=ケロン様は我々に慈悲を下さって、力を引き継いだ子が生まれた。これが、この国が、この国たる信仰である』」
多分、これは魔法使いだ。サミュエルが言っていた、魔力容量がたまたま高かった人間が生まれ、それを初代の生まれ変わりと信じ込んでしまった信仰心。狂っていたのは、この頃から。でも、また……溢れ出てはいなかった。
「『我々には試練が与えられていた。力を引き継いだ子が、複数存在していたのだ。正しい子を見つけられなければ、国は滅ぶ運命になる。だから、我々は選定の儀を作り上げた』」
この書き方は、魔法使い候補が複数いた……そうなると、この選定の儀は――
「『そうして、我々は正しい答えを選んだのだ。2代目――』」
ここから文字が裂けたような跡が残り、インクの汚れと相まって全く読めない。でも、選定の儀で選ばれた子は2代目という重圧に苛まれ、選ばれなかった子は――多分、殺されている。誰も幸せになれない選定の儀は、きっと今も続いているこの国最大の不幸だ。
「……この破れ方は」
破かれたページ。インク汚れは古い本には仕方ない物だとしても、この破れ方は明らかに人の手が入ったようになっている。紙がナイフのような鋭利な物で多数突き刺されたように破れ、更に読ませないよう念入りに文字を切り裂いているのは……嫌でも分かる。
「流石に、あの女がこれに気付かない訳無い……か」
あの部屋に入った存在は、イネス=アンファングしかいない。でも、破った理由が思いつかない。情報を渡さない事がそんなにも利得に繋がる物では無い。寧ろ、こういった昔話を知れば、味方になるかもしれないのに……。
「次に――これは、日記?」
4冊あった本を全て持ち帰ったが、正直最初にあった『国の成り立ち』を見て全部持ってきただけで、赤の国で見た魔術本と合わせて2冊、残り2冊は全く知らない。
「――『私は、神を信じない。神を名乗って近づいてきた人間を、母親を殺した人間を、絶対に許さない。その気持ちを残すために、この記録を綴る』」
名前すら消された、身元不明の日記。そこには、この国とは相反する心と、復讐に燃える人間が綴った、殺しの記録のようだった。
「『母親は、ずっと神様なんていないと言い続けた司祭だ。子供だった私を助ける為に、泥すら啜って私を助け続けた。そして、最後には神様に祈ってばかりのゴミ共に見捨てられ、殺された』」
狂った信仰心の被害者。まともだった人も、周りに殺されてしまうのか。
「『だから、私――俺は、全部を殺した。俺の教会にいる奴を守る為に、血を流さなければ目を覚まさないゴミ共に、制裁という罰を加える事で……殺した』」
……でも、文面から伝わるのは強い憎悪。信仰心に狂ったのがこの国なら、復讐心に狂ったのが日記の主。
「『でも、この国は変わらなかった。何もかも、ゴミのままだった。なら、もう殺すしかない。ゴミを全部処分しなければ、この国は変わらない。この国は、世界は反転しない』」
……世界反転計画。この主は、多分そっち側の人間。
「『幸運にも、この気持ちを共有する同士がいた。思想はズレていても、この国を壊すのは同じ。だから、手を組んだ』」
あの計画には、少なくとも複数の存在が関わっている。この人物も、仮として手を組んだ。でも、多分この書き方的には、やる事は同じで手を組んだだけで、味方では無いのか。
「『最後に、この日記を読んだ誰かが、俺の思考と同じである事を祈る』……これは、私を狙った犯行」
最後まで読み切った感想が私宛だと知り、様々な前提が覆っていく。酒場で私を見ていたのはイネスと、もう一人いる。そして、大教会に潜り込める上に、この日記という物を仕込める――イネスの後に入っても疑いのない人物。人物はかなり絞られる……。
「でも、私は……この人も間違っていると思う」
日記に手をかざし、そこに人がいるかの様に思う。確かにこの国は異常だ。だけど、だからと言って……全てが悪として殺すのは、余計な悲しみを産むだけ。
私の思う事は綺麗事なのかもしれないけど、巻き込まれた人間は堪ったもんじゃない。そう、思ってしまう。ただの復讐心なら、一人でこなせば良いのに、国を巻き込んだら……それは賊と変わらない。
「次は――これも日記……」
また現れる日記。これも、名前が無い上に破られてあまり読めない、雑に裂かれた跡がある。それでも、最初の1ページは辛うじて読める。
「『私は――この国を――革命派――率いた――一人二役――総大司教』」
読める所だけを読んだが……よく分からない。一体何を指して、何を求めているのか。日記や本は、そもそも奪えば問題ないのに、残した理由も分からない。
「でも、私の動向を見ている人間は二人、かぁ」
分からない事を思考するのは辞めるように、ベッドへ身体を預けていく。手に掛けた最後の一冊も、正直あまり期待していない。
「――やっぱり、私には無理な事が分かる」
サッと本をめくり仰向けのまま読み進めるが、書いてあるのは、魔力の動かし方や魔法陣。私が今まで聞いた物とさほど変わらない、魔術の基礎が描かれている。
「……収穫無し、うーん」
難解な本は眠気を誘い、いつの間にか力が抜けていく。緊張と憎悪に蝕まれた身体は、思ったよりも疲れていて、私の意識も気付かない内に夢の中へ誘われた。




