第四章9話 『規格外の代償』
前任が荒らしたであろう跡。全てグチャグチャにされた部屋の中で1人、痕跡を辿って行く。一目見ただけで何となくだが分かる……ある程度の情報は抜かれている事を。だから、情報ではなく痕跡を探す。彼女が敵じゃないなら、何か残ってるはずだから。
「そもそも、イネス=アンファングがここにいるのがおかしい」
どうやったかは知らないが、何故か私の行く先を的確に把握して荒らすのは、分の悪い賭けになる。モーリスという存在を突き止めたとしても、3択までしか行き先を絞れない。例え私が近場と言う理由でここを選んだとしても、相手には伝わっていないはず。何も情報が無い存在に、あの権力者のリストだけでここに来ると張ってるなら、それは右腕らしくない行動だ。でも……それが分かってしまうなら、それは――私が船にいる事を知っている事実へと繋がる。
「そうなると、街の人間を連れてこないのは分からない」
一応、私を見失った可能性もあったが……ここを荒らされた事で否定された。そうなると、浮き彫りになってくる裏切りの可能性。ある訳無いと蓋をするのは辞めて、疑う。やっぱり――レニーとイネスは繋がっている。
「でも、『何で』って動機が全く見つからない。それに……今移動手段を失うのは不味い」
レニーとイネスは繋がっている事実は、教皇側の反乱か酒場を潰す手段か……未だに分からない上で裏切りの事実だけを伝えて、もし最悪の事態に陥ったら詰む。……今はまだ言えない、これは――私一人の作戦だ。
「なら、分けて拾おう」
部屋中に散らばる紙を拾い集めて行きながら、それに目を通して行く。時間は無いからザックリと、見逃さないように。
「――これは」
整えていく紙の中で、確実におかしな言葉を1つ、見つける。
「……『世界反転計画』」
到底理解不能な計画。目的も書かれておらず、計画書というより末端の指令書。多分、本体は秘書に抜き取られたであろうそれは、いくつかのマークが残されている。
「――『娼婦館』『ザバーニャ』『巫』『支配』『感染』『薬』」
どれもこれも、断片的でよく分からない情報。――ああ、そういう事か。
「分からないから、レニーに見せる為の物……か」
私には理解が出来ない物。それを私がレニーに見せて、情報共有と言う名の――橋渡し役をさせられているのか。……正直、ここを失墜させる事は可能だが、私にも情報は共有されるのは事実。なら、疑いの心を持ちつつレニーから拾い上げるのが正解か。
「にしても、やたらと物騒な単語が並んでる」
一応、私だけでも処理しようとしてみたが、確実に繋がらない。ただ、単語だけで危ない物も多く、『巫』に至っては何を指すのかが分からない。
「……これは持っていくとして、他には――」
他にも無いかと目を通していくが、めぼしい物は無く……大体が信仰と外交の記録のみ。しかも、必要な情報は消された修正済みの物ばかりだ。これを持っていっても、何も起きない。
「収穫無し、かぁ」
気になりそうな情報は、目次だけ残して全てが無い。他は修正済みの情報のみ。ここには何も――
「……この、本」
書類だけしか見れなかったが故に見落とした1冊の本。それは、いつか見た魔術本と似た外見を持っている。ただ、細かい所が違うので別の本だと推測出来る。
「他にも、いくつかの本も残されてる」
大きな本棚に4冊だけ残された本。本だらけだった隣の部屋とは対象的な少なさに、少し本を持ってくれば良いのに……とも思ってしまうが、それでも残されていた本は――私の欲しい情報を持っていた。
「……『この国の成り立ち』」
それは、この国がいかにして狂ったかの歴史。何が起きたのかを解説する教科書だった。
「――これは、持って行かないと」
その本を手に取り、隠す。これは――奥の手になり得る情報元だ。
同時に鳴り響く警報。首を取られた鎧に気付かれたが、もう遅い――
「やっぱり、持ってきて良かった」
半分に割れた円月輪を繋ぎ合わせ、本来の形を取り戻させる。そして、伸ばした魔力線と私の腕を接続させ、1つの鎖を作りだす。
『――ただ、動かせる時間は1回で30秒が限界です。一応それ以上も可能ですが、大気の魔力が入り込む都合上それが限界と思ってください』
想定された限界時間。それを頭に入れつつ、30秒後の自分を頭で作り上げていく。
「――よし」
頭に浮かんだ全てを練り上げ、行動に移していく。まずは、全力で円月輪を投げ飛ばす……私が逃げる方向とは逆の、鉄塊がいた箇所へ向かって――
放たれた円はあの黒い閃光までは行かないが、高速で壁を貫き大きな音を出しながら、警報で動き出した兵士を砕く刃と化す。
「そして――」
音が出るタイミングに合わせ、窓に映る外へ向かって身体を思いっきりぶつける。割れ飛んだ透明の欠片と共に飛び出した私の身体は、下にいる兵士の視線を集めていく。
だが、音速で飛び去った円に伝う鎖を引っ張り、視線を集めた瞬間の兵士を砕いていく。ここまでで時間は5秒、まだ時間はある。
「――っ!?」
それでも、規格外の兵器を無理やり引っ付けた弊害。思考を霞めるノイズが視界を曇らせ、身体も鈍っていく。たった5秒で、ここまでか。
「でも、まだっ!」
魔力の鎖を全力で引き寄せ、あえて私に対して向けていく。全力で飛んだ以上、着地すれば音が出る……だから、一直線で船まで行く。
飛んでくる刃を避け、内側の部分に両足を入れて……勢い良く踏み抜く。空中で2段目のジャンプは私の勢いを更に強め、霞む視界の中で弾丸のように真っ直ぐ船に突っ込む。
「後、ハ……」
別の思考――ノイズは、私では考えられない知識として私の中に流れ込み、超過した魔力が自らの頭を焼く感覚。
目に映る景色は、黄の国ではなく――赤い風が渦巻く、恨みという地獄。こんな光景はこの国――この世界には絶対に無い、赤と黒だけが冷たく肌を刺す空間。そして、私の中から溢れ出る……復讐の感情。
「ア、私ハ……」
確実に、壊れていく感覚と意識。認識しながらも止められない、人に対する憎悪。大教会から船までの、速度的には刹那の時間。それなのに、船にぶつかるまでの間――地獄の空間は永遠のように感じた。
そしてぶつかる肌の感覚、失う意識の中――微かに見えたのは、悪意の塊のような……女性の黒い影だった――。




