第四章8話 『鉄の人形』
今だ夜更けの風が、着ていた服を乾かし始める。小さな石ころで騒いでいた鎧達も、散り散りに巡回ルートへ戻って行く。
「……中に入ろう」
大教会の屋根の上。一際大きい煙突を尻目に、屋上から降りる階段を下る。足音を聞くにこの近くにはいないので、慎重に音を鳴らさず急ぐ。なるべく早く、目的の場所は皆目検討も付かないからこそ、数を潰す為に。
「――っと、何あれ……」
その出鼻を挫くように置かれた、人型のような鎧。それだけなら足を止めるつもりも無かったが、それが巨大な鉄塊で――動いているなら話は別だ。
「でも、確信に変わった」
外の兵士と思われた鎧も、凝視したら顔がどうやっても見えない鉄仮面だった。一見隙間かと思わせる暗闇も、鉄をへこませただけで……中も詰まっていた。そして、到底人間とは思えない体格の鎧が動いている事実と照らし合わせると、確定事項が生まれる。
「……マリオネット」
最初は青の国のマスターが言っていた、寝ている間に身体を動かす魔術の類と思っていた。だが、それじゃあれは絶対に説明がつかない。そうなると、マリオネットという存在でしか無くなる。そして――
『我ら魔術師や魔法使いが使役出来るものだ――』
マルクの言葉も真実なら、この国にも魔術師か魔法使いがいる証拠になる。でも、そうなると魔力を消費しながら寝ているなんて出来る訳が無い。加えて、あの兵士の動きは明らかに癖や動き――人格があった。似ているのは、サミュエルが作ったあの木人形。あれにも人格や僅かな違いを作り上げた魔法陣を埋め込んでいた。ただ、木人形を複数動かすなんて事……サミュエルは一度もしていない。
そもそも疑問として浮かばなかっただけで、本当は動かせるかもしれないが……それなら多対一の訓練も行うはず。確定とまでは行かないが、高い可能性として……動かさないじゃなくて、動かせないと見て良い。それが可能なこの警備……魔法使いが妥当か。
「――あれに喧嘩売ってもメリットは感じない。なら、逃げが妥当だけど……地図が無い上に徘徊も分からないのは、難しい」
考えている間、目線は鉄塊の鎧へ向け続けたが……あいつは動いていない。反面、兜である顔……と、呼んで良いのか分からない程人間じゃない面は良く動く。その動きから考察するに、あれは動かずにその場で見回って、見つけたら動き出す類の物。つまり、アレを動かすには魔力が大量に消費される。
歩幅という機動力も上、頑丈そうな見た目から防御力も高い、破壊力は言わずもがな……全体的にあの兵士より優れているアレを外の警備にも回さず、大教会でも動かさないのはそこしか思いつかない。そこから考えれば……あれの数が少ない事が分かる。
「問題は、アイツの視界とどこまで反応するか」
あの鉄の面。目すらどこか分からないが、多分……額についた宝石がある方が表と考えていい。鉄の兜の奥に見える、のっぺらとした鉄の丸い塊。その中心にある宝石のような赤い光。あれが鎧の目と仮定しても、人とはかけ離れた物が故に、どこまで視界分からない。
「……ぶっつけ本番しか無いが――行こう」
視界範囲を調べる事も、外で見た兵士のようにどこまで反応するのかも分からない。その上、調べる時間も無い。なら、大体の推測は付いた今、動くしかない。
「とりあえず、顔が背中を向いた……今!」
回転する鉄の兜が丁度背面を向いた瞬間に駆け出す。隠れた箇所から部屋が見つからない以上、視界に入った適当な部屋に潜りこむ、行き当たりばったりな作戦。
「こっから――」
左右に分かれた十字路。行く場所としては3択だが、あの首は時計回りに動く。背後を向いた今、次に顔は右に向くから……右は無し。後は2択だが、正面を突っ切って部屋を探すか、左を見て部屋があるか賭ける……。なら、
「左っ!」
隠れた場所から見えた景色から、部屋は見当たらなかった。だけど、この付近には確実に部屋がないと……屋上という箇所がある関係上不便だ。なら、どっちかに部屋があるはず――
「やっぱり、あった」
十字路の中心。咄嗟に左右を見れば、両方に扉が存在している事に気付く。右は無理だとしても、初めから張っていた左には充分間に合う。だが、
「何がいるか、分からないのがネックだ」
扉の先が安全かどうかは分からない。なので、走りぬけながらも片手を短剣に伸ばし、いつでも切り伏せる覚悟を持って、扉を開ける。
「――とりあえず、鎧はいない」
部屋として広がる暗闇は一旦置いておき、安全だと分かったので……部屋に飛び込む。このまま居ても、あの鉄塊に見つかるだけだ。
「……入ったのは良いけど、何……ここ……」
窓から刺す人工の光によって、部屋の全景が見えるが……何の部屋なのか全く理解出来ない。砂の――街の外に向かって窓が付いており、景色としては最悪の付け方は、頭を疑う。
「それに、何で……その窓に全部方向が向いているの?」
殺風景な砂の壁。そこに向かって、椅子もテーブルも、何もかもが向いている。まるで、初めから外を見るという事に着手したような、そんな部屋。でも、砂まみれで見えない景色で外を見るなんて、とてもじゃないが無理だ。
「……後、部屋に何も置いて無さすぎる」
椅子とテーブル、それ以外は本棚しか無い部屋。露骨に本棚をいじれば何か現れそうなその怪しい部屋は、逆に動かせば……バレてしまう恐れもあった。
「……にしても、置いてある本、全部昔話なんだよねぇ」
揃った本は余計に怪しさを増すが、欲しい情報はここでは無いのは分かる。
「……隣も似たような構造になってそう」
そうなると気になるのは、反対側にあったもう1つの扉。考えた感じだと、同じく外へ向いた部屋になってそうだが……それでも、数潰さないと。
「――よし、行こう」
扉を開き、高速で反対側へ走り出す。首のタイミングは計れない。だから――見つかる想定で、見つかっても時間を稼ぐ為に、あの首を最速で刎ねる。
背中に担ぐ巨大な円月輪。その半分に割れた抜き身を持ち、勢い良く鉄塊へ突っ込む。目線は私から見て右を向いており、次はこちらへ面が動く。それまでが勝負――
「イメージは――したくないけど、ティアのあれだ」
あの黒い閃光、あれを起こす為の動きを頭に入れて身体に再現させる。首は辿りつく前に動き出し、走りぬけるまでの時間は絶対に作れない。かといって、力を込めれば音が出て周囲にバレる。音が出ないような切断力と、音を出さない動き。その両立を――写し込む。
まずは軽く横回転しながら、飛ぶ。足音を鳴らさない為と、力を込める事前準備の両立。そして腕を十字に構え、今一番威力の出る技を――ただ狙いは緻密に、首筋にある金属と金属の隙間を的確に狙う。
「――そこっ!」
巨大な身体の腕に着地と同時に2段飛び。そして、通り抜けるよう腕を振るう。最早、視線がどうとか関係無い。首筋を的確に通った巨大な刃は、鉄塊を音も無く二つに分断する。同時に落ちる首を、武器を持っていない手で掴み、もう片方の鉄腕を伝って勢いを殺す。
「……よし、上手く出来た」
音も無く切れた首を抱え、腕から腕へ飛び移る際の一撃で屠った鉄の鎧は、残った身体から漏れ出る魔力と共に機能を停止させる。この動き自体は完璧だったが――
「――いずれ壊した事に気付かれる。急がないと」
どう足掻いても、結局はバレる動き。壊れた事に気付いた兵士が警戒しだすのは時間の問題だ。そう心を急がせる様に、直線に残ったもう1つの部屋の扉へ手を掛け、開ける。
「……こっちも大丈夫だったけど、ここも……何これ」
部屋の中には敵はおらず、安全を確認できたが――部屋の中には、錯乱した紙が部屋中に残り、まるで……まるで私の前に誰か荒らしたような部屋だった。
――人工の光を反射する、青い髪を残しながら。




