第四章6話 『上下関係』
運命に見放された船の上。静寂を告げる風が肌を通り抜け、私とレニーは暫く動けないでいた。
「……ねぇ。本当に、終わりなの?」
「当然だろ。教皇の側近の側近だぞ? もう、報告されてるだろうよ」
「他に、青い髪の別人って線は?」
「無い。逆に青い髪の『神の瞳』を持つ別人がいたら会ってみたいぐらいだ」
神の瞳、多分……あの左目の別称だろうか。でも、それだとおかしい……そう思って、一足先にうなだれるレニーへ疑問点を投げかける。
「神の瞳って、あの子の眼は特別なんだよね?」
「あぁ。奇跡を起こせるとか、実質最強の戦力とか言われてる。真実は不明だが、実際に返り血まみれの彼女を見た事もあるから、信憑性は多分あるぞ?」
「それで、私は教皇に対して反逆をしている立場、で合ってるよね?」
「……そういえば、何で俺達、襲われないんだ?」
あの女性を見かけたのは酒場。確かに障害物は多かったけど、消えるようにいなくなるのは……何らかの動きを起こした事に間違いは無い。でも、何をしたのかが問題じゃない。そんな何かがあるのに、私を殺さなかったのが問題だ。加えて、音を鳴らして街を起こせば立場として船も襲えるし、私という異物は多分……教皇側は好ましく思われて無い。
「……その人の名前は?」
「名前聞いて情報を分散させたらダメなんじゃ――」
「いや、この子は多分、入れなきゃいけない情報」
「……『イネス=アンファング』だ。ただ、出生は不明、名前も本当かどうか分からない」
出生が不明に名前も偽名を、右腕として連れているのはどういう事なのか。
「それを、アメリア=ケロンは連れ歩いてる……」
「そこも分からないんだよなぁ。いつの間にか右腕としてイネス=アンファングがいた。それ以外が全く不明だから、どうもキナ臭い」
確かにキナ臭いが、絞れる駒が無い。だから、怪しいまでで留まってしまう。それに、多分ここは詰めても意味の無い部分だろうし、本来は革命派の情報を集めているだけだから、議論はしなくても良い。
「でも、ここは調べても素性が分かるだけで、革命派には繋がらない」
「だな。本命はこっちの権力者のリストだ。と言っても、肝心な箇所は血が滲んで見えない」
「それでも、中立の立場である酒場が隠したって事実が、何か重要な点として……そもそも革命派と繋がってる?」
資料を隠す必要が無いはずの、名前だけのリスト。でも、酒場はそれを隠して殺された。つまり、酒場に握られてはいけない『何か』を消す為に、教皇側が出した秘密の部隊によって握り潰された。じゃなきゃ、文字が消える量の血は付かない。
問題は、これが何に繋がるか、だ。それは、当時の立場という観点から見れば、何となく推測する事が出来る。どこまでも中立じゃなければいけない酒場、それに反発する狂信者の図が簡単に浮かぶ。そうすると、出てくるはずだ――酒場と革命派は繋がっているという身勝手な妄想が。実際に繋がってるのかどうかは分からないのに、それでもそれを止める人間がいない……ある種の、酒場とサバードで昔起こった疑いの事件と同じだ。
分からないからこそ疑う心、それを助長させる周りの信者……暴走するのは見て取れる。結果、街は酒場を排除しようと行動した。壁の傷や、破壊された酒場は多分……そこだ。教皇側の私兵――仮に暗殺部隊として、無駄な破壊行為は証拠を残すだけだから、忌み嫌う。酒場の人間も、自らのホームを壊すような真似はしない。そうなると、これしか思い浮かばない。その証拠として、外の死体。剣は抜かれていたのに切ったような血が無かったそれは、市民に手を出さないという理由なら、理解出来る。
次に、何で暗殺部隊という物を出したのか。それだけ、重要な情報を握られた事に間違いは無いが、リストはただの権力者のリスト。マークが付いている以外何も――マーク。もしかして……。
「ねぇ、マークの付いた人って……裏で噂が起きてたりする?」
「うぉっ!? 急に黙り込んだと思ったら、何かと思った。……そんな噂は聞いた事無いなぁ」
「じゃあ、そのマークが付いている人がいる街で人が消えたり不審な死が起きた情報は?」
「……確かに、あるな。例えばこの『ラーガルフ=グロック』。こいつは首都に近い街『ドミニオン』で司教をしている。そして、こいつのいる教会自体は捨て子を拾ったりしてる普通の教会――いや、むしろ良い教会なんだが、この街では少し、行方不明者がいる」
「他には? 多分……マークの付いている人の街で全部あるはず」
噂として出てこない領域。多分情報を塞いでいるのだろうが、死体や行方不明はどうやっても漏れ出る。だから、そこがあれば紐付けとして可能。
「えーっと、『ドナート=リベロ』。こいつは枢機卿に属した両親を持つ息子。ただ、何か事件が起きて追放、母親は殺害されている。事件は不明だが、異教徒の扱いから……何かしらの信仰関係だろう。そして、子供には罪は無いと現在は『ヴァチューズ』で司祭をしている。そして、司教はさっき言ったラーガルフの父親『ツェザーリ=グロック』――」
「……やっぱり、聞くと頭が混乱する」
今までに聞いた事ない人物や場所、そして司祭や司教という立場で、情報が散らばって行く。だから、あまり聞きたくなかった。新しい情報という引き出しが多すぎて、どこに収納すれば良いのか分からなくなる。
「あー……すまん。混乱させた」
「聞きたいって言ったのは自分だからお互い様」
「でも、ここまで揃ってると、何かあるのは分かるな」
「何かまでは、未だ不明だけどね」
でも結局は消した何かが不明。革命派に繋がっているのかどうかも不明。そうなると、手詰まりだ……きっかけさえ掴めれば、芋づる式で見つかると思うんだけど。
「ベル。お前、考え過ぎて下唇に血が出てる」
いつもの悪い癖で、口に鉄の味が広がる。その味と微かな匂いが、脳裏に染み付いた酒場跡の惨状として浮かんで行く。でも、ここは考え込まないと――
「……革命派にいる人間に会いたいだけなのに、ここまでゴタゴタしてる……」
「人間関係グチャグチャだからな。国に携わる人間が多くて、その支持やら派閥やら、俺なら絶対司祭とかやらないな」
「私もやりたくないよ……」
「上下関係も厳しいからな、あそこ。階級が全てで、今まで下だった司祭がもっと上の立場に気にいられれば、途端に逆の立場に入れ替わるから――」
逆の立場――そうか。
「レニー、少しだけ教えて。ここの教会って誰がやってるの?」
「そりゃ、総大司教だろう?」
「違う。大司教でいい。この街には教会があるなら、その教会を全て束ねている人がいる。総大司教はもっと上でしょ? だから、大司教」
「それは『モーリス=ユージーン』だな。ただ、資料には乗ってない。血で見えなくなってるかもしれないが」
今まで、私達の立場で考えていた。そして、酒場からも考えていたが……足りなかったのは逆で、教皇側の立場の情報だ。もし、教皇側に動きがあるなら……指揮を出来る人間がいる。部隊という物に気を取られて、その部隊を許可した大元をみていなかった。教皇『アメリア=ケロン』と言われれば、そうなのかもしれない。ただ、上から伝わった物を下が曲げる事もある。じゃなきゃ、どうしても側近で秘書の『イネス=アンファング』が私達を攻撃しない理由が出来ない。
下の人間――大司祭より上の立場が、もし曲げて伝えて暗殺部隊を出したなら、教皇が直接咎められるはず。なら、咎められない理由――力を持っている次点、総大司教か枢機卿。ここの2択だ。
「じゃあもう1つ。総大司教と枢機卿。どっちも首都にあるよね?」
「それは当たり前だ……何事も本部は欲しいからな。枢機卿はいくつかの街を回っているが、基本首都である『ガルガリン』で動く。同じ理由で総大司教『セラフィ=ギリスタイン』もそうだ。ただ、それが何になる?」
「……次の目標は決まった。『モーリス=ユージーン』の教会はどこ?」
「おい、理由を教えろよ」
あまりに考え込みすぎて、レニーの事を全く見ていなかった。無視されていたレニーは若干眉をしかめて、それでも落ち着かせるような口調。ただ、語尾は強まっているから、確実に怒っている。だから、私は理由を語る。
「私達は右腕であるイネス=アンファングに見つかった。なのに、未だに船に攻撃が飛んでこない。それは、その上にいるアメリア=ケロンが敵対していない仮説が出来る」
「単純にイネスが反乱を起こしたって線は?」
「身元も名前も不明だったような人を拾って、その上で右腕にまで押し上げたアメリアに、反乱起こす?」
実際、どんな人物だろうが教皇なんて立場の秘書なんて、簡単になれる物じゃない。特に身元不明の存在を置くなんて、自分を殺せなんて言ってるようなもの。それでも、押し通した……そんな人物像を、裏切るとは思えない。レニーも、腕を組みながらしかめっ面で、
「……それは、考え辛いな」
――それを、同意する。
「そして、そうなってくると……上に情報を止めつつ下に曲げた情報を流した奴が出てくる」
「――だから、総大司教と枢機卿、か」
「そして、そんな人物が動くと騒ぎが起きやすい。なら、実行犯はもう分かるでしょ?」
「大司祭『モーリス=ユージーン』か」
今ある情報、それだけで推測と想像を重ねて出来た仮説。正しいとは思って無いが、それでも次に動く手段にはなり得る。
「次は、そこに行く」
次なる目標。情報元となる敵を想定して、決意を浮かべる――
「――のは良いが、いい加減服着ろよ?」
「……あっ」
一矢纏わない、全裸のまま。




