第一章8話 『隠密作戦』
少し月が登り始め周りを黒く染め出したが、子供達を一度領主の館まで返し、再度館の奥へ向かう。
「無事だと良いんだけど……」
あの戦闘で少し時間を使ってしまった。時間が経てば、それだけ無事でいる確率が下がる。そう思って私一人で赴いたのに、非常に心配だ。
また、あの戦闘を起こした場所まで戻ってきたが、流石にあの二人はまだ倒れたままだ。ここから更に奥への道は無く、音も無い。周囲を探る時間もあまり掛けたく無いのだが、仕方ない。
「ついでに……武器を拝借しよう」
太めの男が持っている剣は体格には合わないので、細身の男の武器を拾う。ついでに、ナイフと撒菱のようなトゲトゲの投げ物を拝借。引っ張った事でちぎれかけているが、ロープも使えるはず。万が一起き上がって挟まれたら厄介なので、残りは隠して――。
「よし、探そう」
周囲を軽く見ても道になるものは全く無く、手がかりも無い……ん? あれは――。
一部不自然な箇所が見つかり、そこへ駆け寄る。そこは道は無いのだが、何故か木の一部が切られてる。おそこへ攻撃をした訳でも無いのだが。だが、その周囲をいくら探しても、何も見つからない。
「あれ? ここの傷は不自然なはずなのに……あっ」
ここで思い出す戦闘事に石を投げたあの記憶。確か、石を割って切れ味を作った石を投げて……。
思い出したかのようにその場の地面を探る。すると、やっぱり転がっている割れた石。
「紛らわしいよ全く……まさか、こんなに切れるなんて……」
石を投げたからと言って、まさか木の枝が切れるとは思わなかったが、これで振り出しに戻ってしまった。
だけど一度思い出してしまうと、石を投げた際の記憶から、その余計な前後が連なって頭に浮かんでしまう。そういえばあの時ロープを外していたら、今頃どうなっていたか……。あの鳥はマルクの鳥なのはここへ来る前に見たし、あの魔力も見覚えがあった。でも、鳥はあの後街へ戻らず……まさか。
マルクの鳥が飛んで行った方向、あの時岩の裏だった方角へ向かう。もし予想が正しかったら、ここに道が――、
「あった……」
草木は確かに生えているのだが、その奥に道があった。この草木はほんの少しだが魔力があり、この道を隠すように生い茂っている。誰かが植物を生やした……一瞬ウィルの顔が浮かぶ。だが、近くに魔力の残っていた植物の種を見て、確信する。ウィルじゃない……。
とりあえず一刻も早く進まなければ、無事じゃ無くなる可能性が高くなってしまう、そして歩みながら考える。
多分だがこの種は一種のスクロールで、地面に植えたら即座に成長する類の物だ。この種には濃い緑の魔力が込められているし、この種はそもそもこの国じゃ見かけない。だからこそおかしい、今この道を止めている植物が、この国でよく見る植物なのだ。
ウィルが紙芝居をしていた時に、親であろう人達にスクロールを売っていた。スクロールは様々だったが、あの中にこういった植物の種もあったはず。魔術師なら、この魔力に魔術道具が反応しない訳が無い。つまり、こんなヘマは起こさない。
魔法使いであるマルクへの陽動の為に置いた可能性もあるかもしれないが、前提としてウィルはまだこの街に魔法使いがいる事を知らない。なのに、これを置く辻褄が合わない。つまり、この種は誰かがウィルに罪をなすりつける為――。
「でも、この想定は最悪な答えにたどり着いてしまう……」
――犯人はウィルのスクロールを買って、なおかつ罪をなすりつけたい人物。子供達を襲う際の手際の良さを考えて、街を知っている人間。そして、子供を連れ回しても怪しまれない人物。
全ての想像が一つの答えに指を刺す。犯人は街の人間、それも信頼のおける人物……。
初めから少しおかしいとは思っていた。子供達が仮に襲われたとしても、周りの人が止めるなり動くなりするはずなのに、あの時私が領主の館へ急いで向かった際も、街はいつも通りで騒ぎらしい騒ぎが何一つ出てこなかった。
子供とはいえ抵抗もするし大声も出せる。騒ぎが何もない事がおかしいのだ。つまり、子供達を連れ回しても大丈夫な人物が連れ出した。もしくは初めから、子供を襲ってなかった。どっちにしても街の人では無いと何かしらの足跡を残してしまうはずだ。
次にスクロールだが、ウィルが売った範囲なんて全く分からないので想定は無理だし、今この場にウィルもいない。よって考えるだけ無駄だ。
後もう一つの怪しい点は、あの兵士さんだ。この近くには魔物がいる。以前私を襲ったあの魔物だ。あの魔物は血の匂いに敏感で、どこまでも追ってくるのは自らの身体で体感しているが、何であの兵士さんは血を流していたのに何で襲われなかった……?
それに兵士さんであれば、子供を連れても迷子程度で気にされないし、子供には送って行くと言えば多分付いてくるはず。
そう考え事をしながら道なりに洞窟のようなところへ進むと、そこには想定していた人物が想定していない事態を引き起こしていた。
「リナさんよぉ! いい加減領主を譲ったらどうだぁ?」
その声が聞こえて慌てて近場の岩裏に隠れる。ぱっと見た感じ兵士の鎧を着た人物がロープで身動きの取れないリナ姉に無茶苦茶な要求をふっかけていた。その兵士の鎧を着た人物は私を守ってくれた兵士と同じ人物で、真面目な人なだけにどうしてこういう事をしていたのか疑問に残る。
「譲るわけないじゃない! 何度も言わせないで!」
兵士とリナ姉の押し問答が聞こえる。だけど、アリアさんがいない。一体何処へ行ったんだ……。
金属音自体は多分この辺りで鳴っていたはず、と言うよりあの二人が持っている物で金属音を出そうとするなら、あの二人で切り合いをしていたというとんでも無い想定をしないと行けなくなる。戦闘中からも分かる限り仲が悪いわけではなかったので、流石に味方同士の殺し合いは無い。そうなると、必然的にアリアさんが何かをした事になるが、問題のアリアさんがいない。
既に死んでいる事は……そうなったらリナ姉がもっと慌てるか、兵士へ恨み言を言うだろうから可能生として除外する。となると、可能性は捕まっているか逃げているかだが、逃げているなら一本道だったあの通りの途中でアリアさんを見つけるか、私を見つけたアリアさんが私へアクションを起こすはず。
なら、捕まっていると考えるのが妥当だが……問題は何処に捕まっているか。その場にはいないから、どこかしらの場所で捕まっているとは思うが、正直館の奥は私も来た事が無いのでどこに何があるか分からない。なので、考えるだけ無駄になりそうだ……とりあえず、出た所勝負で探そう。
「リーダー! あのメイドがまた暴れだしました!」
「――チッ、あの女、この領主捕まえておとなしくなったと思ったら、とんだ化け物だな」
丁度監視員であろう人物が現れ、アリアさんの無事を確認する。暴れ回るのは若干引くが……。
その上で私が今しなければならない事を再確認。子供達の無事は確認できたが、実際に襲われた所を目撃してはいないので、子供が残り何人いるのかが不明。リナ姉とアリアさんは共に捕まっており、いざとなったらリナ姉を人質にされる可能性が高い。なら、第一目標はリナ姉の救出、アリアさんは……暴れてるって事だから自力でも何とかなりそう。
目標を決めた上で、今度はあの兵士の観察――。鎧を着込んだ一般兵士の姿だが、剣術の腕は街の中じゃかなり上と言われている。アリアさんとも昔戦った事があるらしく、『あの御方は中々に光る物をお持ちでございます』との評価を言っていた。剣術で戦うには無理を極めてる。だけど、不意の一撃だけならどうだ? 1発だけなら不意として相手の意識の外だ。距離も前回と違って近く、走るまでの準備は必要なくなる。ただ、あの兵士が気付いた瞬間に終わる。強烈な何かが必要だが、私の手持ちにはそんなものは――、可能性は低いが一つある……。
まずはロープにウィルが売っていた種を付けて、簡易的な投擲器を作る。この種がどうやって成長するのか、どんな条件で育つのかは不明だが、これがもし地面に植えるだけで成長するのなら陽動に使えるか……。幸いにもここは洞窟でも浅い場所に存在し、地面もまだ土が残っている。後は、成長するか否か――。
「うおっ! 何か飛んできたな……」
あぁ、失敗した……。地面に埋めるよう思いっきり投げたのに、即席の投擲じゃ途中でロープが切れてしまったか。兵士はこちらに気付いて迂闊に動けないし、岩裏を覗きにこちらまで来ている。不意打ちで何とか出来るか――、
「リーダー! あのメイドが止まらな――ゴハッ」
私の注目を移すように、アリアさんがこっちへやって来たようだ。これは好都合と私は岩裏を移動し、絶対に人が来ないであろう行き止まりへ身を移す。
「リナお嬢様! ご無事ですか!」
土煙等で汚れたアリアさんが、険しい表情で兵士と対面する。身体の所々に血が混じり、息を切らしているアリアさんに兵士との余力が残っているとは思えない。このまま行けば間違いなくアリアさんが不利だ。
「おっと待ちな……これ以上近づけば、あんたが服従しているリナお嬢様の顔に傷が付くぜ?」
そう言いながら兵士ら行き止まりであるこちら側に身体を動かしながら、リナ姉の顔に刃物を付ける。
まだ、まだ動いちゃダメだ。今動いても、リナ姉に当たる上に、不意打ちとは言え兵士が軽く剣を動かせばリナ姉は死んでしまう。リナ姉が腕から離れる一瞬、それを見逃してはいけない。
「人質を取るだなんて、堕ちる所まで堕ちましたわね!」
「うるせぇ! 人質が喋ってんじゃねぇぞ!」
リナ姉とアリアさんが突破口を開こうと言葉で時間を稼いでいる。私の事は気付いていないが、何処かしらの隙をアリアさんも探している。
そもそも何でこの兵士は敵対したのか、気になる事はいくつか浮かぶが、今は関係ない。
「人質で結構! 私だって譲れない事ぐらいはあります! どうして貴方は――ッ!」
喋りの途中で急に胸を押さえてしゃがみ込む。不味い、あれは倒れる前の前兆。でも、このタイミングなら――。
「――そこっ!」
岩裏から飛び出し、無防備な首筋へ一撃。金属の音と手の感覚で切れていない事を察するが、思いっきり振りかぶった攻撃、威力はあるはず。
「ベル様!?」
驚いているアリアさんを尻目に、リナ姉を抱えるが、不味い。あの一撃で気配が弱まるどころか強まっている事はおそらくあの兵士は倒れてすらいない。肌身で感じ取った死から逃げる様に、全力で走る。
「ゼィッ!」
後ろから放たれる抜刀術。後ろ目で見ていた私は転がるように避けるが、避けきれずに私の右手から血が吹き出した。手は切れたけどリナ姉は救出した、後は逃げるだ――、
「どうしたんですかリーダー!」
「この女達、まだやる気なんですか!」
「殺してやる!」
殺気だった部下であろう人達が、洞窟の出口を塞ぐように現れる。出口には既に倒れている人がいるが、これは多分アリアさんがやったものだろう。それでも、残っている部下だけでも10人程度、私には荷が重い。だから――。
「アリアさん! リナ姉抱えて外へ!」
「ですがベル様が!」
「アリアさんが強くてもあの兵士に追いつかれるでしょ!」
それは私を犠牲にする殿。アリアさんは此処に来るまでに何人もの人を倒している。それでも時間は少し掛かってしまうし、何よりあの兵士が黙って見ている訳がない。私じゃ10人相手にリナ姉を抱えながら突破出来る程強くないし、腕の血も止まらない。そしてリナ姉には制限時間がある。薬を飲ませなければ病気が悪化して死に至るまで自明。これが一番可能性がある掛け、私の命が残る保証は無いけど。
「ですがベル様、それは――」
「今死にかけてるリナ姉と私、どっちの優先順位が高い!?」
「――ッ!」
「敵の目的もリナ姉! ならアリアさんがする事は決まってるでしょ!?」
「……あの兵士は抜刀術が主の戦術、腕は確かですが今のベル様なら対処は可能で御座います。後、絶対に自ら死ぬ選択肢を取らぬよう」
暫く苦虫を噛み締めたような顔をした後に決心したかのようにリナ姉を背負い、構えを取る。
「誰が死ぬかの相談は済んだか?」
「全員生きる相談なら済んだよ」
私の相手はこの兵士。お互いに構えを取り、息を飲む緊張感が静かさを誘う。
音のない空間を引き裂くように、部下の声が響き渡る――。
「行けえぇぇぇぇぇ!」
「ご武運を、ベル様!」
「リナ姉をよろしくね、アリアさん!」
その音に合わせてお互いが動いた――。