第四章1話 『危険な洗礼』
徐々に肌寒さというちょっとした痛みも無くなり、心地よい風と粉塵が舞い始める。
「お客さん。ここから先は馬車じゃ行けねぇから、『砂船』を借りてくれ!」
「砂船……そんなに砂がヤバイの?」
「ここの砂は決め細かすぎてな、馬車だと足を取られて沈む。だから、砂船っていう専用の運搬を行うんだ」
馬車ですら沈む砂……話には聞いていたが、人間すら歩けない事に誇張は無いようだ。ただ、それだと街はどうなるのか。
「そんな砂の上に、家とか建てられないんじゃ?」
「それは大丈夫だ。この辺りは過去『レヴィアタン』が通った結果こうなっただけで、あの化け物が通って無い箇所は普通の砂だ」
ちょっと前に説明を受けた蛇の魔物。砂を細かくして地中を進む化け物……ただ、今は一定の場所を動かない。ある種の観光名所にもなってそうだ。
そして砂の舞う国の入り口、国境近くの場所で馬車を降りる。
「ありがとう。……クーラによろしくね?」
「――流石にバレるか」
「女王様運ぶ馬車なんて、そういう類の人間でしか無いでしょ? それに、サミュエルも馬車使えてたし、そういう事かなって」
「それもそうだな。ただ、気を付けろよ……国が違えば人も違う。同じと思って関わると碌な目に合わんぞ? 特に、この国ではな」
最後に忠告を受け、馬車――クーラの部下はその足を変えて、来た道を戻っていく。
「……さて、まずは砂船って物を探さないと」
そのまま、砂の中へ1歩足を踏み入れる。ここは砂塵が積まれた結果できた砂漠なのでまだ歩けるが、足を踏み入れる度に実感する砂の細かさ。本来なら足跡を付けるはずの砂塵は、そよ風で簡単に平たくなる。そして、足を突っ込めば感覚も無く容易に入っていく黄色い海は、足場という地面が無い所でも同じだと思うとゾっとする。
「これは……中々に問題だ」
砂の海と称される広大な砂漠。この全てとは言わないが、一部はこのようなきめ細かい状態。それは風によって飛ばされ、今のように私の足を沈めている。動くにはいつもより力が入る上に、あまり素早くにすら動けない。まるで、足を手で掴まれているような状態。砂の海とは良く言ったものだ……本当に、砂が液体に近くなっている。
「……と言っても、黄の国への道は――」
「お客さん、この国は始めてかい?」
入り口で当ても無くウロウロとしていると、後方から声をかけてくる男。砂避けのコートと専用のゴーグルを付けたその姿は、パッと見ただけでも砂船を操る側の人間だと分かる。
「えーっと、まぁ」
「と言う事は、首都『ガルガリン』へ向かう?」
「一応」
「じゃあ、うちの船に乗らない?」
やたらと押して来る男。魔力は抑えきれない興奮で吹き上がり、目は私というより女という側面で見ている。まぁ、言わずもがな確実に私を狙った詐欺か、襲おうとする輩だとは思うが……船に乗って制圧さえ出来れば、問題は無い。
「……構わないよ?」
「じゃあこっちへ――」
腕を無理やりにでも掴もうと、男から伸ばされる手。それを、別の男が塞いだ。
「お前、何をしている?」
「な、お前は――」
「質問に答えろ。砂船を貰っている身で、お前は何をしている!」
「――クソッ!死ねぇ!」
慌てた様子でナイフを取り出し、話掛けてきた男は切りかかってくる。ただ、誰の目から見ても素人のそれは、あっという間に目の前の立ち塞がった丸刈りの男によって制圧された。
「離せ、離せぇ!」
「離さねぇよ。俺はお前の命を救ってもいるんだ。大人しくしてろ!」
押さえつけられた男は暴れるがすぐに兵士が現れ、慣れた様な手付きで男を運んでいく。こういう事は多いのだろうか。
「お前、怪我は無いか?」
「運ばれる前だから、何もされてない」
「そうか。だけど気を付けな? お前みたいな無用心な女とか、他の奴らから見たらカモだぞ?」
「……貴方は?」
「俺は『レニー=スタイナー』だ」
レニーと名乗った男も、砂を避ける為に全身を覆うコートを羽織り、口元にはスカーフを巻いて砂を吸い込まないようにしている。目には同じくゴーグルがかけられており、同業者という事が伺える。だからこそ、助けた恩義でシャードを要求されないように警戒する。
「それで、助けてくれたのは感謝してるけど、貴方も勧誘?」
「別に乗せる分には構わないが、シャードと何処に行くかによるぞ?」
「……人探しだけど、場所が分からない」
「人物の名前は?」
「『シャンノット=アルマゾフ』」
「その人物の場所は分からないが……お前、その名前はあまり出さない方が良い」
シャンノットの名前を出すな……その理由が全く分からず、つい聞いてしまう。
「どうして、名前を出したらダメなの?」
「……全く知らないのか。じゃあ、追加料金をいただくぞ?」
「どれくらい?」
「ざっと1千万シャードぐらいかな」
知らないと分かるや否や、かなりの値段を吹っかけてくるレニーという男。情報1つで、普通の武装なら一式を20個ほど揃えられる値段なんて、到底払える訳じゃないし、払う価値も見出せない。
「は? 払えるわけないでしょそんな馬鹿みたいな値段」
「じゃあ無しだ。俺達は中立だからな。酒場からも手を切った」
「そうやって、目の敵にしてるつもり? 私が酒場で名前が上がり始めたから?」
「お前なんて知らない――」
「嘘をつくな。全部、分かるんだよ」
男の胸倉を掴み、もう片方の手で短剣の柄を握り締める。こいつは、私の事をよく知っている。船に乗せようと助けようとした際に、救っているなんて言葉……私を知っていないと出ない。
「私の名前が上がってるから、こうやって回りくどい事をしてる。違う?」
「あの男に関しては、俺らも関わっちゃいねぇよ」
そのちょっとした騒ぎを聞きつけたのか、同じような姿をした男が、私の後ろから頭に銃をつき付けてくる。
「それに、ここは俺の庭だ。部下ぐらい付けて歩くさ」
部下がいる事は何となく分かっていた。だから、確認。この一連の騒ぎで魔力の揺らぎ――ちょっとした動揺や心の変化を起こした人間に狙いを付けて、装備を確認。男はこの砂船を扱う人間なら、装備として似たような物になる。だから、魔力が揺らぎつつ同じような格好をした人間が、少なくともレニーの部下だ。
「……ざっと、20人程ね」
「へぇ? 銃を突きつけた割には殺意が高まってるが、何をするつもりだ?」
「この程度で私を潰せるとでも?」
「威勢は良いが、そこに実力が伴ってなきゃ……死ぬぞ」
後ろからは引き金に指を掛ける音。目の前の男は既にコートの下で武器を握り、周りの部下はそれぞれ銃を隠しながらも構え出している。でも、移動手段が無い以上……ここは退けない。
「死ぬつもりは無いよ。だけど――」
瞬間、全身を一気に脱力させ真下に身体を落とす。照準が私へ再度向くよりも早く。
落としきった身体は最速で回転させ、銃口を私の額へ押し当てる。そして、脱力した右腕は回転の勢いをその身に受け、短剣の抜刀と同時に相手の伸び切った腕、その脇に刃を通す。
「く――」
「敵意を向ける以上、反撃は受けるつもりでいてね?」
引き裂いた相手の脇は、完全に脱力しきった剣によって皮膚を辿り、赤い鮮血へと視界を変える。
「いてぇ――」
血と痛みで引き攣る顔。そこに一歩踏み込んで背後に回った身体を密着させ、抜刀した短剣の切っ先を首元へ突きつける。脇からの血は私の右腕を少しずつ赤く染めていき、少し力を込めれば首元を貫かれる状況に後ろで銃をつき付けていた男は死を間近で捉えたのか、恐怖で顔が震えだす。
「……これ以上、犠牲を増やしたい?」
「部下ってのは、替えが利くもんだよ」
本当は腕を切れたが、これは一種の脅し……脇にある血の通り道までを切り、血が無くなれば死ぬという状況を作った私の作戦。このレニーという男は、部下という言葉通りに多分砂船の長。そして、武装は一般と変わらない。加えて歩き方や取り抑えた際の動きから察して、この男自体が腕ききという訳じゃない。一般よりかは強いが、少なくともサミュエルには遠く及ばない程度だ。
反面部下から浮かんだ連携力の強さ。それは、この男を長と据えて的確に行動が出来る証に他ならない。逆を言えば、そこまで部下を育てている証拠にも繋がる。つまり、替えが利くなんてこの男の言葉は嘘。
「そうなんだ。じゃあ……要らないね」
「ヒィィッ!」
「ただ、人質が無くなれば、お前を守る盾が無くなるぞ?」
周りの部下と称した人達も、1人を取られた事で殺意が向けられている。
「別に、私は首都へ行きたいだけ。貴方が変な事をしなければ、何もするつもり無かったよ?」
「何もするつもり無い……その言葉に俺らは騙された事もある」
「後、何考えてるかまでは知らないけど、私を捕まえた所で酒場は動かないよ?」
「――はぁ、分かった。降参だ降参」
唐突に力を抜いて、手に握り締めていた武器を離して両手を上げる。
「だから、そいつを離してくれ」
これ以上踏み込んでも、私にメリットは無い。だから、剣を降ろして短剣を収めた。
「頭ぁ! 俺――」
「ほら、回復薬。毒は入ってないよ」
そして、脇から血を流す男に向けて、液体の入った瓶を渡す。その姿を見たのか、部下と呼ばれる人達は手に持った武器を離し、殺意も止まる……一応の休戦だ。
「――お前、本当に何者だ?」
「私? 『ベル=ウェンライト』ただの冒険者よ」
私は私。どんな国へ行こうが、酒場に知り合いが多かろうが、私の目的も立場も変わらない一介の冒険者。ただ、黄の国の洗礼を受けたような、砂船という移動手段は手に入れたが……私の気は滅入りそうになった。




