第三章20話 『ズレ』
あれから、何度目かの朝。薄く光が反射し、淡い青色を輝かせる洞窟。その中で、未だに力の出せない身体を引き摺って、木の人形相手に技術を磨く。
「――右からの斬り上げ!」
人形は一定の行動を繰り返し、終われば最初から繰り返す流れ作業のような動き。当然、その途中を止めれば違う行動を取り、終着点である最後の動きを行った後、最初に戻っていく。ただ、その行動には1点の目的があり、それを見抜ければ勝ち。つまり――
「……元から殺そうとしていない?」
「お? 正解だ」
正解と共に木の人形は崩れ去り、残された魔法陣はサミュエルの指輪に収まっていく。
「どうして分かった?」
「うーん……どれも致命傷になりうる傷を作ろうとしていなかったのと、見た目があまりにも一般人過ぎるって思った」
そして、その後は私の洞察力を判断する。当てずっぽうで言われても、訓練にならないからという理由で。
「まぁ、設定としては概ね予想通りだ。この人形に入れた設定は子供を守る元冒険者の女性。子供が近くにいるから、人を殺す一線は越えず、血もあまり見せたくない。でも、襲われた影響と動きのキレは冒険者――みたいな感じだ」
人形1つ1つに設定を入れ、それを言い当てる訓練。設定と言う名の本心を見抜けば、それ以降の思考を読み取れる。それを鍛える物なのは分かるが……
「これ、本当に鍛えられてるの?」
「当たり前だ。現にお前、攻撃を避ける際に余計な考え事、しなくなったろ?」
「それは――」
「それだけ、頭の思考を別に割けているんだ。本能で避けられている証拠だろ」
気付きもしなかった。攻撃に対して、頭をあまり使わなくなっている事に。それは、ただ適当に避けている訳じゃない。何と言うか、相手の行動に頭よりも身体が動くような感覚だ。
「それよりも、まだ身体は難しそうか?」
「直ったような感覚はあるんだけど、何と言うか……ズレているような」
一晩寝ればある程度は直っている自動修復。そのお陰で、初日よりかなり動かしやすくなったが……それでも、力が入らない。最初はまだ直ってないものだと考えていたが、体調がある一定から変わらずに力がずっと入らない状態が続いている。
「ズレている……か」
「力自体は多分、戻っている感覚はある。その支えが無いような――」
「分かった。これ以上は力を戻した方が感覚が冴えるだろうから、待ってろ」
「サミュエルは?」
「一旦色んな奴から話を聞いて、原因を探る。待ってる間、サバードを回ってみるといい。ベルの事を修理した奴らは、一応信用に足る人物だから大丈夫だろう」
そう言葉を置いて、洞窟から急ぐように出て行くサミュエル。仕事になれば手早いのは好感が持てるし、顔と人脈が広いのは流石右腕と称されるだけはある。余計な口説きや冗談が無ければプラスなのに……。
「……ここに居てもあれだし、サバードを見て回ろう」
力の入らない足を支えに腰を持ち上げる。以前ならスッと立ち上がれた……そんな、前まで出来ていた事が出来なくなる焦燥が心で燻る。こんな足踏みをしている間に、ティア達が何か起こすかもしれない。そうなった時、止められるのは……。
「――焦るな、私」
そう呪文のように声に変えて、私自身を言い聞かせる。今行っても、私は足手まといになるだけだ。そんな気持ちを締めるように頬を掌で叩き、サバードの街に足を運ぶ――良くない考えを置いて行くように。
「……何と言うか、凄い街」
今まで、私の正体という点で倉庫に隠れるよう暮らしていた。だから、サバードという街を見るのはこれが始めて。
視界に映る街は、鉄の歯車が繋ぎ合った外とはまるで別世界のような街。多数の魔力は黒い線のようなものを辿り、魔力の視える目には色とりどりの虹が掛かったような空に見える。
そして、その線は多数の建物を通り、灯りや機械の動力に変換されていく。
その街中を歩いていくと、線で繋がれた一つの機械が私を認識したのか空中に地図を描き出す。
「えぇ……」
私自身が機械だから何となく構造を理解出来るが、それを平然とやってのけるこの街に、凄いを通り越して呆れてしまう。
サミュエルからの昔話でもあったが、理解出来ない技や技術は恐怖に繋がる。私はギリギリ理解しているつもりだが、これを普通の人に見せたら……そう思うと、排他的な理由も身に染みて理解できる。
「とんでもない街だけど――」
そんな地図を、さも当たり前のように歩いていく人が多い。話を聞く限りでは、人は少ない街と思っていたが、街が機械なだけで活気があるみたいだ。
「でも、酒場は無い」
ただ、流石に仲違いした相手を街中に置くなんて暴挙はしていない。そうなると、私の職も隠しておかないと不味そうだ。
「それ以外は本当に、他と変わらない」
酒場が無いだけで、武器を売る商人の裏には、赤い鉄を叩く音。防具屋にはこの寒さ対策のコートや、革の防具が充実している。道具屋も普通に存在し、雪で転ばない用の杖や氷山を登る為の機械が目を引く。
「何か、お探しですか?」
「――へ?」
色々と見ていたのが、逆にお店を人を呼んでしまったようで、近場にあった武器屋の売り子が話しかけて来た。
「あ、いや……」
「もしかして、この街は初めてだったり?」
いきなりの不意打ちとバレてはいけないと言う状況で、頭が上手く回らずにオロオロと狼狽えてしまう。
「えーっと、その」
「なーんて、嘘ですよ。ベルさん」
「へ? 嘘?」
「この反応は、あのサミュエルおじさん、僕達の事紹介してないな……」
そこに嘘という情報が加わり、頭が少しパンクする。一体この目の前にいる青年は誰なのか。
「……大丈夫です?」
「えーっと、貴方は何者なんです?」
「貴方の身体を直した技術者の一人ですよ」
そう名乗る青年は、とてもじゃないが信用に足る雰囲気では無い。見た目は普通なのだが、何というか……どうしようもない胡散臭さが残る。
「そうなんですか……」
「ベルさんは、何をしに此処へ?」
「特に用事とかでは無く、色々見て回ってます」
他愛のない話だが、胡散臭さがどうしても抜けない。でも、この雰囲気……どっかで感じたような。
「なるほど――」
「おーい! そこのあんたー!」
「時間があれば案内したかったんですが、僕もお店をやっているので……」
「大丈夫ですよ。私も行きたい場所とか無いので」
「僕から話しかけたのに申し訳ない。この街は色々あるので、楽しんでくださいね」
そうキメ顔と共に、呼ばれた場所へ戻っていく武器屋の売り子。結局名前も分からないまま、嵐が過ぎ去ったような感覚だけが残る。
あの少し口説くようなキメ顔……どっかで見たような……。そんな考えをしながら先へ行く。
規模として小さな街を全て回るには、そこまで時間が掛かる物では無かった。




