第三章15話 『再起動と再始動』
――意識が戻るはずなんて無い。そう、思っていた。あの時の音を聞いた時点で、死を覚悟していたのに……。
「――あ、れ?」
気付けば見知らぬ天井。鉄製の物置のような場所で、意識が目覚めた。
「ここ、は」
喋ろうにも口は上手く回らず、身体を起こそうと思っていても、私の意思に反して身体は反応を示さない。
「身体、動かな――」
「……目覚めたようだな」
少しうざったらしい男の声。その発生源に向けて動かぬ頭を必死に動かしながら、視線を横に向けていく。
「サミュ、エル」
「1ヶ月寝たきりだったから、まだ身体が慣れてないはずだ」
簡潔な説明をした後に、視界からいなくなる。すると――
「ルーちゃん!」
出て行った先から小さなマスターが飛びついてきた。
「何、で」
「目覚めないと思って心配したんだからね!? 本当に、本当に――」
涙声になりながら、私の右腕にすがり付いてくるレイ。その暖かさと水の感触に、私の身体はまだ動けると感じさせる。でも――
「サミュ、エル。現状、報告を、お願いして、良い?」
「……何となく、気付いてるだろ。概ね、その通りだと思った方が良い」
足りない物が多い。呆れながらも心配していそうな姿や、やられた事を煽ってきそうな姿、敬語ながらも毒吐いてきそうな姿が、足りない……。
「……私を、守る為?」
「あぁ。頭は働いているようだな」
「何で――」
「それ以上は言わせんぞ。お前が、自分を卑下する事は……あの3人が無駄に死んだと言わせる事になる」
あの3人が亡くなった。その事実に取り乱されそうになるが、サミュエルに釘を刺された事で少し冷静さを戻せた。
「……何が、あったの?」
「お前を守る為に、時間稼ぎで命を散らした。ただ、冒険者狩りは結局見つからなかった……いや、見つける前に先行部隊が皆殺し、って言った方が早いか」
「どういう、事?」
「氷山の一角を壊して、多分生き埋めにしていた。俺もその時最初に向かったが、派手に壊された氷で掘り返せなかったんだ。ただ、冒険者狩りが未だ目視出来ていない事もあって、あそこに部隊を送った。その間、お前を運ぶ為にな」
「そして、戻ってきたら、全滅した?」
その問いに無言で頷くサミュエルだが、疑問点が残る。氷によって四肢が固定された状態は、眷属だとしても動けないはずなのに……何故全滅したのか。
「何で、全滅したの?」
「……現場には、身体の一部を失った兵士と、毒の付いた白い糸が残されていた。お前の頭なら一番理解出来ると、アシュレイとルーファスから伝えられてる。どういう事か説明しろ」
『カルラ=グラシア』の狙い。それは、まだ分かっていないが――
『――カルラはずっと君を見ていたよ。君への期待感を持った目で、ずっと』
狙いは私だった。それは簡単に分かるが、何で狙っているのかがずっと不明だった。私の身体が目的だとしても、記憶を思い出させる必要が無い。だから、矛盾していると……そう思っていた。
『――何で一体だけだと思っていたの?』
でも、あの期待感が性能だけを見ている物だとしたら……。
『――身体の一部を失った状態で見つかっている』
そういえば、あの子を抱えた時……骨がつっかえたような感触があった。私とティアの共通点は、自動人形。そして、カルラがティアを助けたとすると――
「……カルラは、自動人形になろうとしている?」
「どういう事だ」
今まであったカルラという点が、1つの仮説を立てる事で繋がっていく。私に接触した理由が、記憶ではなく性能だとしたら――。
もし、自分が自動人形になろうとするなら、本物を見て模倣する。その性能を観察する為に私と接触して、赤の国では足止めを行った。ただ、死んでしまえば情報が取れないと、一番関わっていて酒場のマスターであるアシュレイをあえて逃した。
人を殺していた理由は観察の邪魔……いや、自動人形のように機械の身体を模倣しても、自分自身は機械じゃない。だから、機械では無く――人間を部品に見立てて自分を作っている。そして、より性能の高いティア側に付いた。
そうなると、私に接触出来た理由がどうしても1つに繋がる。製作者である父親『シーグル=ウェンライト』を知っている。じゃないと、私が自動人形である情報を掴めないから。でも、何で私からだったんだろうか――。
「『カルラ=グラシア』。この人物は知ってる?」
「アシュレイとルーファスから言われた。でも、詳細までは知らん」
「なら、あの子は……自動人形という、私やティアよりも先。存在そのものに興味と憧れを抱いている」
「……だから、全滅させたと?」
「人間を部品の1つと考えていたら、理屈は通る。そして、自動人形が2体現れて、私が倒された事で性能の高い、ティア側に行った」
考えの全てを話した。カルラの目的と、その思考を。
「そう、か。冒険者狩りの眷属『クリスティアナ=ウェンライト』は逃走。行方は追っているが、行方は分かっていない。そこに、お前の言う『カルラ=グラシア』……最悪な状況だ」
「――私のせいで、あの3人は死んだ」
「……責任の一旦は俺にもある。本来なら、国が解決すべき案件で俺が動くべきなのに。なのに、サバードは動かなかった。今だけは、サバードを恨むよ」
「……サミュエル? 貴方、何者なの?」
今まで飲みこんでいたが、カルラの思考を読む際に色々頭を回したお陰で気付いた。口調や雰囲気が全く違うその姿に。
「……今は、ボルダラック連邦の国王補佐の『サミュエル=アレグラス』だ」
「国王補佐……そんな人間が、町をフラついてたりしてて良かったの?」
「仕事は全部終わらせてから行ってる。だから、支障は出さない。それに……書類だけじゃなくて、自分の目で見て始めて分かる物もあるからな」
あの構えや動き的に只者では無いと思っていたが、まさか国王補佐とは……。あれ――
『――ガサツで冒険者嫌いな女王様だよ』
もしかして、女王様って、
「ねぇサミュエル。あの、貴方の後に付いて行ってた気だるそうな女性って……」
「誰の事を言ってるのかそれで想像付くのがまた、女王様らしいが……。そうだ、あれがうちの女王様『クライナー=』」
「――そこからは、私が名乗った方が良いだろう」
視界の外で見知らぬ声。少しずつ動かせるようになった身体を起こしていくと、そこにはさっき言ったけだるそうな女性が、腕を組んで壁に寄りかかりながらも立っていた。
「貴殿、さっきにも紹介された通り、私がこの国を収めている『クライナー=ボルダラック』だ」
見た目とは違い、かなりしっかりした声色。その瞳は狼のような鋭い目線で、顔を含めて見ると野生の獣のような印象だ。
「……どうして、ここに?」
「冒険者狩りの一件で、貴殿が色々と重要な鍵になっていてな。無理を言ってここまで来た」
「無理を言って、ねぇ? あれは、ゴリ押しと圧力の暴力だろ?」
「上の連中は面倒臭くてな、多少無理を言っただけだ」
この一幕だけで、何となくだがこの人の性格が分かってしまう……。
「それで、貴重な自動人形の貴殿に問う。どうして、この国にやってきた?」
「……製作者『シーグル=ウェンライト』を探す為」
「その結果は?」
「名前だけ、分かったけど……それ以外は分からない、です」
「ふむ、私達も『シーグル=ウェンライト』の現在について、調べているが……未だ不明だ」
国王の彼女が入ってから、トントン拍子で事が進む。でも――
「……あの、1つだけ教えてください」
「何だ。言って見ろ」
「私の価値って、何なんですか?」
「――価値?」
「確かに、私は自動人形という貴重な存在です。でも、ついさっきまで記憶も無ければ、自動人形すら分かってなかった人を、どうしてここまで……持ち上げられるんですか!?」
ずっと、最初から思っていた。私は、ただ製作者を――生まれた意味を知りたかっただけなのに。助ける為の寄り道をして、たとえ人を助けたとしても、ここまで私が持ち上げられる理由にはならない。それに――
「私は、人間じゃないし、化け物だって罵られたりもしました。それでも人を助けたいって思えるのは私の気持ちです。だけど、私は……人を犠牲にしてまで生き残るべき存在じゃない!」
「生き残るべき存在じゃない。本当にそんな事を思っているのか」
「だって、私はティアに負けた! それなのに、あの3人は――」
「ルーちゃん。それは違うよ?」
涙で瞼が腫れ上がりながらも、その緑の瞳は私の事を見つめる。
「まだ、ルーちゃんは生きてる。それに、心は折れてない。なら――まだ負けじゃないよ」
「でも、そんな意地でまた他の人が犠牲に――」
「確かに増えるかもしれない。でも、今ここで折れたら、ルーちゃんに希望を託したあの子達の心が無くなるんだよ?」
「それ、は……」
「今までルーちゃんと関わってきた人は、それを望む?」
暖かな声で、時折涙が毀れながらも続けるレイ。その姿は、今だけ大きく見えた。
「今捨てる事は簡単に出来るし、今折れる事は簡単に出来るけど――それは、今までを否定する事になる。だから、背負って変えよう? 受け止めきれないなら、私達にこぼしても良いから、前を向こうよ」
ずっと1人で抱えてきた問題。ひと時の相棒にすら強がっていた思い――。
「生きてるだけで周りを巻き込んで、助けようにも助けられなくて、私は、私は、本当に生きてて良いのかなぁ」
始まりはただ、意味を知りたかっただけの旅が……ここまで私を中心に周り出すなんて思わなかった。
だから、巻き込む中心の私さえ命を絶てば――終わると、考えていた。
「生きるのを否定するなんて、神様にしか出来ないよ。だから休憩しても良いし、少し荷物を渡しても良い。だから、自分の信じた道を歩こう? 犠牲者を見なくていいなんては言えないけど、ルーちゃんに託したのなら、一歩ずつ、ね?」
優しく頭を撫でるレイに、今だけは甘える。目から溢れる液体を、止まるまでの間――




