断章A 『託す未来』
衝撃で霞む視界、そこに浮かぶベルの上半身。私を押したベルは斧の凶刃で身体が分断され、僅かに掠めた程度の私は、一瞬遅れた衝撃によって身体が耐えられず吹き飛ばされる。
「ぁが――」
身体は容赦無く木に向けてぶつかり、揺さぶられた頭と共に痛みとして変換される。身体の内部から悲鳴が上がり、息が出来ないほどの圧迫感。
「うぉぇ……」
息の変わりに、大量の赤が口元から吐き出される。次元の違う相手、その一撃によって――
「……だから言ったじゃない。この程度で勝てると思っていたの?」
雪が白い煙となる中、現れたそれは……人と似ているが人には無い、角と翼の生えた異形だった。
「大人しくこの子を渡せば、貴方達に危害は加えないのに」
私達を認識した上で、意にも介さずベルの身体に向かって行く異形。まるで私達の事は眼中にすら無いといった雰囲気。だが、現実問題――あれは別次元だ。
「――でも、止める」
手に持った筒を空に向ける。下にある紐を引けば、大きな音と共に赤い煙が真上に向かって放たれ、明るい光と共に私達の状態を知らせる物だ。緑は突撃、黄色は注意、そして赤は――
「……赤は危険。そんな信号を撃つなんて、増援に期待でもしているのかしら?」
「――色々、待機はしてくれてんだよ。てめぇのような奴相手なら、な」
酒場のマスターが用意した、2つの切り札。その内の1つがこれ――同じ赤色でも、明るい光と共に起こしたこれは、国を揺るがす事態の信号。それは国も、サバードも動ける目印となる。
「……こっちは、使うなって言われてるんだけどな」
そして、2つ目の切り札。マスターから渡された……と言うより奪った物。
『――他にも、あるんだろ? それを出せよ、レイ』
『そんなの……無――』
『薬が、まだ残っていますよね。レイ?』
アールの言葉によって見つけ出された液体。それは、
『――それを使ったら死ぬんだよ!? だから、返して……』
朝の会話で、色々言われた薬。レイの体質を模倣して作られたものだが、身体への負荷が強すぎるとサンプルだけ残して消えたものらしい。厄介な事にこのサンプルを破棄しようと割っても、吸えば同じ効果を得られる毒のような霧が続く。誰かが吸って、身体の中で薬を変換するまで永遠に。レイは人間の身体でしか変換できないような毒を捨てる事は出来ず、酒場で責任持って管理していたらしいが――丁度良く残り3つあった。
『――死ぬ事が怖くて、冒険者なんて出来るかよ』
『でも、残された人の事も考えてよ!』
『……それに、レイも言ってたろ? ベルは特別な存在だって。俺――私も、そう思うんだよ。今、この時代に出てきた自動人形という唯一無二のような存在。レイは眷属に対する切り札って言ったけど、眷属よりももっと先の何かすら変えられるんじゃねぇかなって。まぁ、私の勘だけどな。だから――』
「――私は、命を賭けてやる」
覚悟は決まっている。たった1人でこの国を滅ぼせそうな強さの化け物に、天地を翻しても勝てないなら、使うのを躊躇ったりしない。
「……うぇ、苦いなこれ」
苦味を飲み干し、片腕の相方を呼ぶ。
「起きてるか、ジャン」
「ミシェル嬢……気持ちは同じのようだな」
「あぁ、ここから第二ラウンドだ」
そして、走り出す。たとえ倒せなくても、私に出来る事をする為に――
「……あら? 貴方達の頭は足りてないのかしら?」
「一応、その手に持ってる奴と組んでるんだ。大人しく出来る訳ねぇだろ?」
「――全く、五月蝿い蝿は駆除される運命よ!」
振るわれる大斧。最初の時とは桁違いの速度は、従来の私なら目で見えても身体が動かず避けられない一撃だったが、今は――動く。
「オラァ!」
その避けた勢いのまま、顔面に蹴りを入れる。身体は軽いが、痛みは既に始まっている。
『――制限時間は大体10分。実験体のデータだと、それ以上に生きた人間はいない。効果は筋肉が増えるの、際限無く。だから、過ぎた筋肉が身体の内部を締め上げ、最終的に死ぬ。赤い物を潰したように、内部から耐えられなくなった中身を破裂させながら。そんな死に様嫌でしょ? だから返し――』
全身の骨が軋み、身体の全体が圧迫感に包まれ始めている。急がないと――
「ッラァ!」
冷静に斧を見て上に飛び越えつつ、今度はベルを持っていた左側――左肩に向かってかかと落とし。勢いと薬で勢い付いたのもあって、ほんの一瞬ティアの手が緩む。
「――ジャン!」
「分かってる」
その一瞬の隙にジャンが無理やりベルの上半身を奪い取り、片手である方向に投げ飛ばす。これで――役目は果たせた。後は、時間稼ぎ。
「……最初から、狙いはベルだったのね?」
「刃が通らない相手に戦いなんて挑まねぇだろ」
「そう。なら、私も丁度左手が開いたし――」
唐突に手を振るう。ただ、素早く横に。その後、ジャンの身体は両断され、薬の影響なのか圧迫された鮮血が大量に吹き出す。異形の身体を真っ赤に染めるように。
「――これも、使う事にするわ?」
止まった左手には、鞘が無いはずなのにティアの身長ほどの直剣が握られていた。あれでジャンは切られたのは分かるが、何処にそんな物を隠して――
「仲間がやられても、怒らないのね?」
「……俺達は、冒険者だぞ?」
そんな事より、今は時間稼ぎに集中。痛みが増す身体に時間は残されてないのは分かりきってる事実だから。
「動きが、遅くなってきたわね?」
片手からではなく、両手からの死。元々倒す気なんて無いが、それでも私の体力を削り取っていく。
「まだ、動け――ぅえぇ……」
締め付けた身体は口からの血となり、既に筋肉で右腕が逆方向へ曲がった。もう、限界が近い。
「そろそろおしまいにしましょうか」
「あぁ、そうだな……てめぇに1発、かましてやる」
最後に――あの上っ面に、一撃。
「……入れてみなさい? ミシェルちゃん?」
限界を向かえる身体に鞭をうち、全力で走る。幸い筋力はあるんだ、限界を向かえる程早くなる身体は既に、私以外が追い付けない急加速を生む。
「確か、こう……」
片腕が使えない私が出来る、最高の一撃。それは、あのお人好し馬鹿が使っていた、腕を十字に交差させる技。
「――最後は、その技なのね?」
「ぁぁぁぁああああああ!」
急加速と急減速による動きで、全く反応させずに懐へ飛び込み放つ全力の切り。首元を狙ったそれは、反応出来ない背後からの攻撃としては、満点だった。相手さえ悪くなければ――
「――ミシェル、貴方の名前、忘れないわ? だけど、最後に少し見えたのは残念だったわね?」
左手に持った剣が生き物のようにうねり、鞭のようにしなった状態で首元に剣を残す。そして切っ先は私の腹部を貫き、そのまま身体は壁まで飛ばされる。待ってましたと言わんばかりに倒れていた、氷の刃へ向かって。
全身を突き刺す痛み。背中から刺された大量の氷は、私の身体をズタズタに引き裂いていく。感覚だけで助からないと分かる程に通り抜ける視界は赤く染まり、最後に視界を失った。だが痛みは不思議と無くなり、全身から液体が抜け出る感覚と熱を帯びたように熱い感覚だけが、まだ生きていると分かる私の生命線。
「あ、とは――」
全ての感覚が無くなりながら、終わり行く喉元で伝える。後は、任せたと――




