第三章14話 『もう一つ』
理解すら追いつかない事実。心に空白が生み出され、少しの間何も考える事が出来なかった。肌に刺さる冷気と舞う白い雪が、私の空っぽな心を写したようだった。
「――私の、母親?」
「あら? 気付かなかったのかしら?」
母親と名乗る目の前の女は、私と同じ色の髪を持っている。でも、どうしても信じられない。だって私は――
「嘘。私は、私は――」
「『自動人形』。って言いたいんでしょう? 逆に聞くわ。何で1体だけと思っていたの?」
考えてこなかった可能性――いや、考えたくなかった可能性。思えば頭にあった違和感、私を作った目的が見えてこない……という嘘。最初から私の頭は、分かっていたのかもしれない。そこに蓋をしていただけで……何で最初から父親が製作者と決め付けていたのか。
「嘘だ! 貴方は母親なんかじゃ――」
「そうやって、否定していても事実は変わらないわよ?」
どれだけ事実を否定したくとも、点が繋がっていく。どれだけ目を背けても、真実は変わらない。それでも、私は認めたくなかった。だって、目の前の母親は――
「何で、何で眷属なの!」
「私に言われても困るわ?」
母親と名乗るティアは、ジェフ程の魔力ではないがそれでも黒い魔力を纏っている。それは、自動人形ではありえない現象。そして冒険者狩りと同じ跡を残した大斧。目の前の人間が眷属なのは明白だった。
「絶対に、認めない!」
そして、彼女が眷属なら――私も眷属である可能性が出てきてしまう。そもそも、自動人形という存在自体が眷属という事も――
「ベル! 一旦落ち着け!」
その声すらも振り切って、ティアの元へ走り出す。私は違うという証明をしたかったから、眷属じゃないと――私はあんな非人道な化け物じゃないって思いたかったから。
「ぁぁぁぁああああああ!」
無策に突っ込んだ短剣の一撃。それは容易に躱され、反撃と言わんばかりの大斧を振りかざされる。
「チィッ!」
「何を焦っているのか分からないけれど、私にも目的があるの」
見ただけで人間が扱える大きさじゃない大斧を軽々と振り回すティア。短剣は折れてないが、衝撃で手から弾き出されそうな火力。防御しただけでもこれだけ――
力任せだけでもどんどん押され、後退りする先には倒れた木々が後ろにいかないよう道を塞いでいた。
「――終わりよ」
追い込まれ、飛んでくる死。本来なら避けられるはずなのに――私の頭を撃ち抜いた矢が、ティアの顔面を撃ち抜くその時まで、足が……動かなかった。
「ベルさん! 貴方死にたいんですか!」
同時に接近するミシェル。折られた木を使いながら踊るように斧を躱していき、手に持ったナイフで斬撃を与えていく。でも、避けるのに手いっぱいで、深く入れられてない。
「ベル、嬢! 何を、悩んでいる!」
その深い一撃を、ジャンが突き刺す。赤い足跡を作りながらも、その軌道は深く、腹部を貫いたが――
「……この程度で、止まるわけないじゃない?」
それでも平然とするティア。腹部からは血が流れるが、その奥に見える金属の欠片。やっぱり、力も頑丈さも数段上のようだ。
「それよりも、そんな場所で良いのかしら?」
丁度振り終えた斧は、次の標的であるジャンへと向けられる。――あの時と同じだ。
『殺せるなら、殺して、みなさい』
――それだけは、させない。
「そこっ!」
助けようと思った途端に身体は動き、貫かれた槍を横に広げるように一蹴。思わぬ反撃に緩みながらも放たれた大斧は、ジャンの横に振り降ろされる。
「あらあら?」
連鎖的に思い出していく、相棒だった友達との思い出。そうだ――
『ベルはベルでしょ!』
――ややこしい事を考えて……考えるのが馬鹿らしかった。
「私は『ベル=ウェンライト』。貴方が母親でも、関係ない。私は、私だ!」
「あら? 吹っ切れちゃったの?」
そして、敵である存在を視る。眷属を倒す為に。
「それで、この程度で勝てると思っていたのかしら?」
「何その余裕。私も一応、そっち側だよ?」
黒い魔力は全身を包んでいるが、あの人は一度も魔術も魔法も放っていない。何度もチャンスはあったのに、使わなかった。つまり、使える状況じゃないか使えないか、本気を出してないかの3つ。
一つ目使える状況じゃなかったは、絶対に違う。それはバンジャマンとの戦闘で見ているから。あの時、彼は身体を闇で包み込んで身体強化を使っていた。あれが闇属性の魔術なら……この状況で確実に使っているはず。つまり今こそ使う状況のはずなのに、使用しないのは……可能性の否定だ。
二つ目は使えない。魔力を持ってはいるが、武器に魔力を通す事しか出来ない。これは、可能性として高いが、使えない事を確定までは持っていけない悪魔の証明。
三つ目の本気を出していないのは、正直分からない。あの台詞から本気ではない事は窺えるが、それが魔術や魔法に繋がるかどうかは別だ。
「なら――」
先手必勝、魔力の流れを視つつ相手の行動を伺う一手。相手の大斧の範囲へおもむろに入る。
「そして、我流剣――」
あの身体が頑丈なのは、私の身体で証明済み。なら、あれを砕けるほどの威力を持つ一撃。
「させると思った?」
だが、それは無策で攻撃範囲に入るリスクを承知で突っ込むもの。当然、ティア反撃に出るが――
「それはこちらの台詞ですよ?」
背後から飛ぶ矢が、ティアの初動を潰す。両手を引いている中で腕を貫かんとする矢は、金属の身体に弾かれながらも勢いを一瞬殺す。
「それでも――」
「まだまだぁ!」
まだ近づく為の時間が足りないのを、ミシェルが作る。動体を二つに分けるように振るう、円盤の軌道を下に少しずらして。
「まだ、終わっ――あら?」
「おじさんも、まだ残ってる」
斧の軌道を戻そうと、腕を振るおうとしたティアの腹部。未だに刺さっていた槍を掴み、私の方向へティアごと投げ飛ばす。
「――やるじゃない」
「我流剣『十字一閃』」
魔物の時に放った強力な一撃。私にとっての最高火力を叩き込む。
空中で裂けた空気が、爆発するように衝撃となって周囲を吹き飛ばす。切った感触は無いが、それでもダメージは負っているはず。
「ベル! やったな!」
駆け寄るミシェル。ジャンは腰を落とし、アールは武器を下ろして近づいてくる。
土煙と雪で、ティアの行方は分からないが、流石に――
「――っ!」
声にならない音と、ヒュルヒュルと鳴り始める風切り音
「これは――間に合わないっ!」
3人には聞こえていない小さな死の告げる音。それは土煙の奥で鳴り、魔力の高まりと共にある一点を既に定めていた。
「ベル、何を――」
隣にいるミシェルを咄嗟に突き飛ばした瞬間。私の身体は宙を舞い始め、本来見れないはずの私の切断面が見える。
「嘘――」
痛みも衝撃すらない一撃は、目に影すら残さない斧の通過と共に、再度爆音の衝撃を作り出す。
そして、怒りと黒い魔力で渦巻いたティアの、人間ではない姿と共に……
私の意識は停止した――




