第三章13話 『氷の森にて』
「――どれだけ続くんだよこの森!」
氷の森に入ってどれだけ経っただろうか。氷山から見た森はここまでの広さじゃなかったはずなのに、足をいくら動かしても人工物は見かけない。幸い、長期の捜索だと分かっていたので食べ物の心配は無く、魔物も姿すら表さないほど平和なのだが……、
「流石に、目が回ってくる……」
「上から見た森と大分違う内部構造……。アール坊、何か知っているか?」
「……サバードには、人を入らせないように認識阻害と透明化の魔法を常に張っています。ただ、最近いじられたのか、もう私にも分からないです。申し訳ない」
最初は余裕綽々の様子で入ったアールも、ある地点から困惑の表情を浮かべ、今ではかなり落ち込んだ雰囲気で肩を落としている。
「ベル嬢はどうだ?」
私も魔力を視ようとしているが――
「……無理。この木が邪魔すぎるのと、認識阻害が強力かつ薄く張ってるから、魔力を視ようとしても難しい」
木からは緑色の魔力が吹き出し、大気を汚染……とまでは行かないが、私の瞳に映る風景には常に緑が付いて回るような状況。そして、そこに認識阻害。過去に受けた時も、解除されない限りは認知できなかった。しかも今回は魔法使いが張った本物。そうなると、もう目には頼れない。
「そうか……」
「でも、可能性はまだある」
右手にある引き具から盾を展開し、そのまま外して投げる円盤を作る。
「何をするつもりだ?」
「危ないから少し下がってて」
それを水平に持ち、適当な箇所に投げ飛ばす。赤の国で柱を切った時のように、1つ1つ正確かつ丁寧に、力を込めつつ思いっきり――。
「――飛べ」
放った円盤型のそれは、周囲の風を巻き込みながらうねりを上げる。氷の木すらも切り穿ち、飛び放ったそれは腕に付いた鉄製の糸で引き止まるが、
「皆! 一旦伏せて!」
糸を持ったまま、横へなぎ払う。当然糸は木にかかるが、それも関係無しで横に回す。
「あっぶねぇ!」
「ベル嬢! 少し止まれ!」
だが、制御を失った円盤は不気味な風切り音と共に不規則な挙動。流石に慌てて糸を戻すが、円盤は最後まで木々を切り倒しながら私の手甲に戻っていった。
「……ごめん」
「死ぬかと思ったわ!」
「それで、狙いは何だベル嬢?」
「……その魔法陣、魔力吸収ですか?」
魔力吸収の魔法陣――あの無空切りから思い出した。この円盤にも同じ物が備わっているなら、認識阻害そのものを吸収して通れるのではないか、と。
「もしかしたら、認識阻害ごと切れると思って――」
「だからと言って、糸持って振り回す馬鹿があるか!」
「……もう少し事前に相談をしてくれ、ベル嬢」
周りからの苦情。ミシェルもジャンも私の行動を咎める。私もまさか制御不能であそこまで暴れ回るとは思わなかった。ただ、アールだけは別の顔を浮かべながら、
「……その魔法陣、剣にもありましたよね?」
「一応、あるよ」
「なら、可能性が出てきました」
そう告げると、アールは1人で走り出す。暗い顔をしたある地点まで。
「おい! 何処に行くんだ!」
「もしかしたら、この魔法を撃ち消せるかもしれません」
「おじさん達には、何も思いつかない。だから、アール坊に1つ賭けてみるか」
「……そうだな」
そこに続いて、二人も追いかけていく。とっくに意図は理解出来ていた。ただ、今この魔法陣を叩き切れたとして、色々と不味い展開になるのでは? と、思ってしまった私の足は、枷の付いたように鈍く遅くなっていった。そして、胸元にあるノイズは……危険信号のように頭の思考を遮る。まるで、アール達が向かう場所に行かせない様に――
「――あれ? この木、何か切られてる」
ある地点――本来なら入り口となっていた箇所まで再度訪れると、そこには何かで切られたような跡を残し、木が大量に鎮座していた。
「前には無かったよな? こんな傷」
それは鋭利な何かで大量に切られたような、そんな跡が何故か規則性に沿って倒れている。
「……何かが通ったような跡ですかね? この切れ方」
巨大な刃物が真っ直ぐ通った……そんな規則性。そして、その刃物が向かった先は――
「……ここなら、視える」
一直線に伸びた先、ある地点から先は不自然に木が生えている。その境界、そこにはほんの薄く魔力が視えた。きっとこの部分に認識阻害の壁がある。
「どうする? この切り口からすると、多分この結界の先に向かっているだろうが……」
「私は構わないぞ? どうせ、殺し合わないといけない相手だ」
「……私は少し、準備をしておきます。最悪の結果は絶対に避けたいですから」
アールだけは先に別の地点へ行き、罠を仕掛けて行く。それを待つ間――
「……そういえば、ミシェル?」
「なんだよ、私に何か用か?」
「いや、最初は俺って言って男っぽく気取ってたのに……」
「それは――」
「過去に女として見られて、色々と窮屈な思いをしてるんだ。だから最初は俺って名乗るんだが、口調はあまり戻せないんだ、ミシェル嬢は」
「うるせぇ! てめぇ1発殴らせろジャン!」
森に入って以降、少し気を張りすぎたのを紛らわす為の会話。あまり緊張感が有りすぎても、心が擦れてしまうから。
「戻りましたよ……って、何やってるんです?」
「ミシェルが暴れて――」
「元はお前が変な事言うからだろ! ベル!」
ほんの少しの日常。私が健全な人間なら、誰かと組んで……こんな光景を見れたのだろうか――。
「……そろそろ、先に行くぞ」
「全く、次にいじったら本気で殴るからな!」
冷静なジャンの合図によって、冒険者に引き戻される。少し恨めしく感じるが、ここは危険な地域。再度気を引き締めなおす。
「――じゃあ、行くよ」
認識阻害の境界線、その丁度に立ち虚空へ向かって構える。間近に迫れば分かる魔力の奔流は、薄く張ったとはいえ強力な事を裏付ける。でも、強力であればあるほど……1回で済む。
抜刀術のように構え、一撃に神経を集中させる。正直、剣を振るって魔法陣を作動させれば済む話だが……もし、結界の先に敵がいるならまとめて吹き飛ばす。
剣圧と風で吹き飛ばされる足元の雪。抜刀した短剣は奔流を切り裂き、薄い膜が割れるように砕けていく。白く輝く短剣と、耳障りのように鳴り始めた風切り音を残して。
「よし、じゃあ先に――」
徐々に大きくなる音。その音に相反して、3人は気付かず結界の中まで足を進める。私の耳が遠くのものを拾えるから、私にしか聞こえない類と理解出来るが――
『――殺される音か知らないけど妙な風切り音を聞いた人もいたっけ』
……その音は私の投げた円盤と似たような音。そして、円盤の数段大きい。
「――不味いっ! 皆! 後ろ!」
後ろから巨大な黒が、うねりを上げて飛んでくる。それは触れた地面を容赦なく抉り、木々を蹴散らしながら。
「これは――ベルさん! 横を叩いて!」
狙いはジャン。縦に飛んでくる黒は身体を両断しようと襲いかかる。その横、黒の円盤の中心を叩いて軌道を逸らし、一度は私達を飛び越えて奥に行くが――
「危なか――ジャン! まだだ!」
一番奥にいたミシェルからの呼び声。その声から一瞬遅れて、ジャンの右腕が身体から離れていた。
「あら? 1人殺せたと思ったんだけど……しぶといのね?」
飛び回った黒。それは声の主まで戻り、巨大な斧の形へ収まる。そして、聞き覚えのある女性の声。
「――クリスティアナ」
「私の事、覚えててくれたのね?」
道具屋の女性。その本人がその体格とはまるでかけ離れた、身長より高い斧を平然と持ちながら近づいてくる。
「そういえば、私の事を捨て子って教えたわね? あれ、嘘なの」
「――ベル! 聞くな!」
「本当は氏があるのよ?」
「聞かなくていいです! ベルさん!」
「改めて名乗るわね? ベル?」
名乗ろうとしたクリスティアナを全力で止めようとする3人。
「私の名前は――」
「止め、ろ! 聞くなベル、嬢!」
「『クリスティアナ=ウェンライト』。貴方の、母親よ?」
「――え?」
非情な真実が、再度私の心を蝕んだ。




