第三章10話 『容疑者』
「――連れ出して、くれたんですね」
暗がりの奥、月明かりすら遮る影の間。そこでアールは待ち続けていた――自分の中の光を引っ張りだしてくれると信じて。
「当たり前。悪い事してないから」
手を引っ張って連れ出したレイとアールが対面し、申し訳なさなのかレイは悲しい顔を浮かべる。けど――
「アール……」
「……酒場の顔が暗い顔しないでください」
……もう、心配は無さそうだ。なら、任せても良いか。
「アール。レイをお願いして良い?」
「構いませんけど……ベルさんは何処へ?」
「……冒険者狩りの容疑者へ会いに行く」
冒険者狩りの名前を聞いた途端、私の右手に力が篭っていく。隣の少女の握力によって。
「――ダメだよ。それは」
「危険なのは分かってる。でも、今なんとかしないと……廃墟に行く際に大変な事になる」
「え? 廃墟の眷属が冒険者狩りじゃ――」
「違うと思う。廃墟の位置はこの街から遠く離れた箇所。いちいちここと首都を行き来する?」
「それは……でも、街に残っている可能性も――」
「それだと、依頼が飛んでくる意味が全く分からなくなる。誘いだす為だとしても、本当に何かあるとしても、あそこには鍵が眠っている。そこに何もないなんて事は多分、ありえない」
依頼と冒険者狩りとの相違点。私を誘いだす為の依頼なら、他の冒険者を殺す意味が無い。
「……容疑者として、誰が残されているんです?」
「残り2人……かな」
「どうせ止めても行くんでしょ?」
「依頼を受ける前にも言ったでしょ? 危険な目に遭うのが怖くて、冒険者なんてやってないよ?」
「……分かった。でも、絶対に気を付けて。ね?」
レイから強く念を押されながら、再度屋根伝いに走り出す。残りはサミュエルとクリスティアナだが……片方は居場所が、片方は詰める理由が無い。ただ、居場所を探すよりか、先にクリスティアナに行った方が早そうだ――。
「いらっしゃ――あら? ベルちゃんじゃない」
店に群がる男の隙間を縫って入店。最初は列かと思ったが……単に見に来ただけの人達らしい。目つきは酷かったが。
「少し、聞きたい事がある」
「何かしら? 私と一緒に道具屋でもやってくれるのかしら?」
「……この薬、鑑定とか出来る?」
あの研究所で怪しい色を放っていた液体。内容物は分からないが、目的はそれじゃない。
「ええ、可能だわ。でも、時間掛かるわよ?」
「構わない。その間、この店を見て回るから」
もし、この人が冒険者狩りなら……何か、残されているはず。だから見て回る――あの薬をいじっている間だけの制限時間はあるが。
周りを見渡せば、道具屋らしく調合された回復薬が多数残されている。その他冒険に役立ちそうな煙幕や、罠用の鉄線と火薬……だけど、武器らしい武器は置いていない。
「――ん?」
そんな中、一つだけ残され埃被った写真立てがあった。値札は付いておらず、売り物では無いが……綺麗な室内と相反して、これだけ空間に取り残されたような、どこか物悲しさを感じてしまう。
「それは、売り物じゃないわよ」
「知ってる。気になっただけ」
「……私の夫よ。亡くなっちゃったけど」
写真立ての埃を取り除くと、今と全く変わらない女性の隣に……青い目をした男が並んでいた。その男は髭を無造作に生やし、髪もろくに手入れしていないような外見で、目の下には黒い線も浮かんでいる。
「名前は?」
「……『シーグル』よ」
「この人も、捨て子だったの?」
「えぇ。そこから2人で作った道具屋。でも、ほんの数年前に……魔物によって死んでしまったのよ」
見れば見るだけ、クリスティアナの外見に何も変化が無いのが気になってしまう。夫が死んだ後も健気に道具屋を営んでいるのは分かるが、ほんの少し疲れや頑張りすぎて体重の増減等があるはずなのに、写真の彼女と見比べても身長のズレすらも無いような……疲れも、全て見えないのだ。
「薬はクリスティアナが作ってるの?」
「ティアで良いわよ? ベルちゃん」
「……じゃあ、ティア。薬は全部1人で作ってたの?」
「えぇ。彼が薬の素材を取って、私が作る道具屋よ」
鑑定を進めながら、その専用のゴーグルを強くかけ直すティア。仕事は素人の私から見ても、丁寧とやっているようで、薬の調合役というのは本当のようだ。
「終わったわよ。この薬……言うならば毒薬ね」
「何か含みのある言い方」
「強い毒性を持つんだけど、その死体は綺麗に残されるという類の物よ。どちらかと言えば保存液って言った方が正しいかしら?」
あの魔物の死体に浸かっていた液体をそのまま持ってきたから何となく使い方は分かっていたが、やっぱりそういった類と見抜けた。目と腕は確か……道具屋を営んでいた技術に嘘偽りは無いと。
「それで、この保存液……どうするの?」
「処分して構わない。私も、偶然手に入った物で鑑定したかっただけだから」
「そう、分かったわ」
そう言いながら、専用の箱に中身を入れて丁重な蓋をする。一応は毒薬だから、厳重に保管して処分しないと利用されてしまう。と言うより、多分酒場が許してくれない。道具屋の事は知らないが。
「それで、最後に1つ……質問良い?」
「何かしら?」
「……外の男達は何なの?」
「ただのファンらしいんだけど、営業の邪魔なのよね」
含み笑いをしながら質問に受け答える。ただ、中から見る男達の目はどれも狂気で、あまりまともに見られない程の怖さを持っていた。それを、ただただ笑って済ませたティアに、違和感を感じた。
「それじゃあ、私も用事があるから」
「ええ、それじゃあまた明日ね?」
明日来る予定なんて作ってないが、ただの挨拶と思い違和感をそっと心に閉じ込める。そして、最後の1人の場所を探しに向かった。居場所は分からないが、多分あの女好きなら――
大通りをわざと通り、視線を集める。突き刺さるほど痛い疑惑の目に、今は我慢しながら進む。
「あの男は、きっと――」
そのまま唐突に路地裏の方へ足を運ばせ、逃げるように消える。そして――
「出待ちをすれば、来るはず」
すると、路地裏へ入るように1つの雪を踏む音が聞こえ、そこから顔を覗かせたサミュエル。
「……やぁお嬢さん?」
「サミュエル……」
軽快な口調を顔。その反面足取りはかなり警戒をしており、まるで私が最初から出待ちをしていた事を知っていたような……そんな印象を受ける。
「おじさんを呼び寄せるなんて、もしかしてお嬢さんはおじさんキラー?」
「ふざけないで下さい。何かを隠している癖に」
「おじさん、そんな警戒される事した?」
必死に警戒心を解くように口調は軽くふざける。だが、もう既に身体はいつ攻撃されても対応出来るように軽く力んでいる。その姿が見えたが故に、更に疑い深めてしまう。
「……じゃあ何でここに来たんですか?」
「そりゃ、この前と同じこの路地裏に入っていくのを見て――」
「前回、私は屋根から降りていったのに、路地裏に入っていくのを見たんですか?」
私は今までも見つからないように屋根伝いに飛び回っていた。なのに、前にサミュエルと会った際――
『1人でこんな場所に入っていったお嬢さんを見た――』
屋根から入ったはずの姿を見たと言った。見えるはずのない私の姿は、絶対に嘘だと言える矛盾点。
「……はぁ、全く。素直に進んでいたら、良かったのにな。ベル――」
瞬間、殺意が首元へ撃ち込む一打に変える。一気に弾け飛ぶような打撃に身を捻りながらギリギリで頬を掠めたが、早過ぎる動作は皮膚を切り裂く。
「……やっと、本性表した」
「面倒ごとになるから、嫌いなんだよ。こういうの」
真夜中、人が入らない袋小路。たった2人の圧力を月だけは見ていた。




