第三章9話 『研究者』
特定の路地を曲がり、隠された入り口。ただの一軒家の中に隠されていたそれは、外からは想像もつかない光景をその中に映す。不思議な色の液体に、魔物の死体が浸かった透明の筒。実験場所であろう謎の機材には、使いかけの植物と多数の素材が残されていた。でも、ただ1つおかしな点が――
「人がいない……?」
「……もう、廃棄された場所ですからね」
研究資料は錯乱し、乾ききった赤黒の血。それを出したであろう研究員の死体は無いが、何かが起こった事は確かみたいだ。
「アール? 帰ってきた――」
通路の奥から顔を覗かせた少女。酒場のマスター、その当人だ。
「――何で」
「レイ……どうして隠れて――」
「来ないで!」
私の姿に気付いたレイは、その姿を見せないように激しい拒絶を見せる。でも、もう何となく隠している事が理解出来た。だから――おもむろに腕の皮膚を引きちぎる。
「何して――!?」
「……私も似たようなものだよ。だから、拒絶しない」
この研究施設は、何かが起こった結果は廃棄された。その何か……レイが、この場所で暮らしていた事で理解出来た。
「だから、教えて欲しい。青の国で何が起こっているのか」
「……アールは外で待ってて。ルーちゃ――ベルと話がしたいから」
雰囲気と口調が変わるレイ。やっぱり、演技をしていたらしい。アールが出ていく中、研究施設を一人進んでいく。錯乱した研究資料は廊下であるこの場所まで続き、奥に進めば進むほど……とんでもない威力で凹まされた壁と、砕け散った身体の残骸が色濃く残されていた。
そしてとある部屋にたどり着くと、服を脱いでいたレイが私を待っていた。身体に多数の傷跡と、多数の薬の影響で消えない痣が多数。そして私の瞳でしか視えないが、傷跡の奥には多数の魔法陣が渦巻き、ぐちゃぐちゃな内部は何処か悲壮感を覚えるほど、人とは思えない構造だった。
「……醜いでしょ?」
言葉が詰まる。そこまで身体が壊されているのに、私から見えるレイは亜人なんかじゃない。人間なんだ。……人間、なんだ。
「私は元々、身体が少し人と違ったんだ」
「――どういう事?」
「他の人より、力が付きやすい身体。どんな名前だったかは忘れたけど」
一度身体を見せたレイは、服を着替え直しながら続ける。
「それを何処からか嗅ぎつけた研究者が、私の身体をいじり始めた」
「ん? それだと行方不明になって、冒険者が来るんじゃ?」
「そうだよ。だから、一度私は親元に戻れた。でも、既に私の身体に仕掛けが施されてたんだ」
そう言ってレイは、着替えの途中でまだ露出していた腹部の傷に少し力を込める。すると、痣となって魔法陣が薄く浮かび上がった。ほんの少し見覚えのあるそれは、レイが力を抜く事で再度奥に引っ込む。
「この魔術は本人の意識を飛ばした上で、特定の位置に行かせる物。これを仕掛けられた私は、夜な夜な寝ている時に外へ赴き、私の知らぬ間に改造を施され続けた」
「……何の目的で」
「私の身体が珍しい事、そして……対魔法使いの最終兵器として、私は改造をされ続けたんだ」
魔法使い相手に魔力で挑むのは無理だから、単純に力で倒す。同じ土俵に上がれない小賢しい研究者達が考えつきそうな事だ。人を魔物に変える研究といい、この研究といい、胸糞悪い事をよく考えつくものだ。
「身長が伸びないのもそれが理由?」
「そうだよ。過剰な薬で身長が……肉体そのものが止まってしまったんだ。私これでも、33なんだけどね」
「……それで、レイは暴れてこの研究所が?」
「少し、違うかな。最初に私の身体に仕掛けを施した研究者は、私の身長が伸びない事で怪しんだ両親によって、冒険者に討伐された。この研究所は……その後起きた事」
着替え終わったレイは、死体の一つを踏みしめながら怒りの篭った声色で続けた。
「……私の身体、本当は元に戻す為に国の研究者に引き継がれたんだ。でも、私は怪物として、対魔法に対する防御魔術を更に埋め込まれた。この傷のほとんどは粗悪な二人目のせい」
「その後は……? 酒場のマスターとして、何かあったんでしょ?」
「最初の仕掛け、見せたでしょ? アレが残っているからって理由で反逆はしない、って思ってたみたい。でも、皮肉だけど私の身体を防御魔術で固めたせいで、その洗脳も効力をほとんど失った。研究者達の台本では、私の経過観察に来た魔法使いを殺して、国に責任を追及されても暴走の一言で済ませるつもりみたいでね?」
軽薄な仮面を被っているが、ほんの少し滲ませた怒りと憎しみで……裏切られた心が透けて見えてしまう。本当は、化け物になんかなりたくなかった。そんな切実な思いすら、弄んだ。
「それで、暴れてここの研究所は……」
「せめて暴れて死ねれば良かった。でも、生き残っちゃった。そして、今の女王様に拾われた。そこからは想像出来るでしょ?」
「……冒険者狩りはレイじゃない。それで合ってる?」
「確かに多少は暴れる時もあるけど、こんな事なんてしない。それは、女王様も同じ。私が冒険者を殺しても、意味無いもの」
冒険者嫌いの女王様も、レイも、多分違う。ここで嘘を付いている理由も無いし……今なら視えるレイの魔力は、動揺で揺らいだりはしていないから。
「じゃあ、依頼は何の為に?」
「それは本当に知らない。ただ、思い当たる事はあるよ。……昔、首都『シャンディ』で、眷属が出た事があるんだ。70年ぐらいも前だけどね」
「それと、この依頼がどう繋がるの?」
「……魔法使いの街『サバード』。そこにとある女性がいて、その眷属を撃退したの。眷属になったのが、彼女の弟子だった事もあって、負い目を感じてたみたい。その際に架空の街を作った。眷属をおびき出す為に。だけどその廃墟、まだ残っているの」
サバード……本来の目的だった街だが、あそこはマリオネットが多いとされた街なのに、魔法使いの街。そんな事、オーバンから聞かされていない。一体どういう事だ。
「ちょっと待って、サバードって……何処にあるの?」
「……ツァリーヌ地方かな」
「本当に?」
少し問い詰めたが、レイは一瞬目を逸らす。
「本当だよ! ……それで、その廃墟で撃退した眷属は、まだ生きているの。もう1人、女の眷属が助太刀した事でね」
「だから、その廃墟に?」
「多分。依頼主の名前が名前だったから、最初は信じられなかったんだけど……ここまで大事になるなら、始めから言えば良かった」
「どういう事?」
「……依頼主『シュティーナ=ローゼ』。不死鳥の聖女って二つ名で呼ばれた魔法使いだよ。本人かどうかは知らないけど、この人が……眷属を撃退した張本人」
色々と私の認識を飛び越えた情報が飛んできた。70年も前に起きた眷属化の事件。それを撃退した張本人。そして、眷属が出た……シュティーナ=ローゼの弟子。まず70年ぐらいも前で、眷属が弟子だったなら、その時点である程度意思がある……子供ではないはずだ。その上で70年たった今、再度眷属が何か事柄を起こしている。眷属はジェフみたいな身体なら寿命が存在しないと説明出来るが、弟子として引き取ったなら魔法使いの年齢は、70年も前から成人を越えていたはず。……本来なら死んでいてもおかしくない。
その上、何で私の名前を知っていたのか。謎が別の謎を加速させていっている。
「……レイ、私は知らない。そんな名前」
「だろうね。でも、ベル――ルーちゃんに送られたのは事実だよ。だから、収穫が無いかもしれないけど、その廃墟に行ってみるといいかも」
「場所は?」
「アヴドゥーグ地方の……説明難しいから地図書くね」
そう言って、国の地図を開いて目印を立てる。
「この辺りにあるよ。でも、気を付けてね?」
「――え?」
「冒険者狩りの問題、解決したわけじゃないから」
「分かってる。目星は多分付いたから。それよりも、酒場に戻ろう?」
「私は――」
「逃げてても、解決はしない。悪い事していないなら、堂々としないと、ね?」
レイの手を取り、半ば無理やりだが研究所の外に出す。次は、会えるかどうか分からないが、サミュエルに会わないと――




