第三章8話 『隠し事』
白い砂漠、それは一律の冷たさを残しながら突き刺さる小さな痛みとなって、風と共に私達へ吹き荒れる。それはどこか踏み込んだ私達への試練のような、私達を試す為に用意された魔物のような、そんな印象を受けてしまう。それくらい規則性があり過ぎる魔物のテリトリーに、私は頭を悩ませていた。
「これは……どういう事……」
「そんなマス目みたいなのを地図に書いて、何かあったのかベル?」
「魔物の領域を調べてたら、こうなってて……」
足で計って書き起こした魔物の反応箇所。それは綺麗な格子状となって、地図を埋める。多少の差異は飲み込んだ上で、ここまで規則正しい魔物は他にいない。
「おじさんも、始めて見たな……」
「ベル。これ、本当に魔物の位置なのか?」
「はい……まっさらな氷原で自分の位置が狂わされそうですが、正確に判断しています」
「皆さん、そういう魔物の特性という可能性はありますか?」
三者三様の反応。ジャンは吟味するようにこの謎を飲み込み、ミシェルは何度も地図と氷原を見比べ、アールは別の可能性を考えながらもその異常性に目を疑っていた。私も正直信じたくないが、こうなると……この場所自体が人工物の可能性が出てきてしまう。
「うーん、でも――」
「ベル。本来の目的、忘れんなよ」
規則性に寄ったの頭を正すように、ミシェルの言葉で目が覚める。また、少し考えすぎの悪い癖が出てしまった。
「……ここには何も無いようです」
「魔力無しっと……となると、ソノラ地方には何もなさそうだな」
「正直ここの魚はもっと調べる対象だが、依頼ではない以上おじさん達は無断に動けん」
「では、戻りましょうか」
アールの言葉を皮切りに、来た道を戻っていく。そんな中、一人で考えていた事。何で地面に埋まっている魚を私は見れないのだろうか。万物には魔力がある、それはあの魚も同じだった。なのに、地面に埋まった魚は見えなかった。まるで、何かに阻まれているように……。
「ソノラ地方はこれでおしまい……か」
月が顔を出す前に酒場へ戻るが、何も収穫は無かった。そもそも、これを1人で探すなんてものは……年月をかけてやっと終わるぐらいの作業だ。
「全く、1人にやらせる任務じゃねぇよなこれ」
「正体不明を国中かき分けて探せなんて、難しいですよね」
「お前と意見が合うのは癪だがな」
アールとミシェルはお互いに馬が合わないが、私と思っている事は同じ。何の為に、この依頼を起こしたのか……未だに分かっていない。
「……私は先に明日の準備をしてきます。これ以上ここにいても、面倒くさい人に絡まれて仕方無いですからね」
「あぁ!? 喧嘩売ってるのか!?」
「落ち着けミシェル嬢。アール坊も煽るな」
煽りながら酒場を出るアール。無茶な依頼と見つからない正体不明、そして疑いは晴れて無いこの状況。全員がイライラして鬱憤が溜まり始めていた。でも、アールには何か……煽って私達をかく乱しているように見えてしまう。国の王を擁護した際も、何か知っている様子を見せている。……私達を辿りつかせない何かの情報を握っている……?。
「全く……明日はアヴドゥーグ地方だが、おじさんも正直分からない場所だ」
「本当に依頼のものはあるのかねぇ?」
依頼の不備、そして……今も不在のレイ。一体何があって――
『――ルーちゃんは私を疑わないし責めないんだね』
……あの言葉が嘘とは思えない。聞こえない呟きだから、私の耳が良い事なんて知らない。だから、嘘だと思いたくない。もう、助けられない事態なんて嫌だ。
「私も少し、準備があるので外に行ってきます!」
「おう。分かった」
くつろぐジャンとミシェルに別れを告げ、たった一人――アールを探す。今、問い詰めないといけないのはあの人物だ。
「……いた」
隠れるたびに登る屋上で、見つける一つの人影。上から見下ろすのが一番都合が良いのだが……逆を言えば、バレたらすぐに只者じゃ無いとバレてしまう。あの道具屋に見られたように……。
「尾行するか」
それでも、バレたのは1回限り。更にあれは偶然なら、実質バレてないとカウントしても良いはずだ。そう考えながら、巨大なクロスボウを担いだ男の人影を上から尾行する。
「動きには……矛盾は無いか」
道具屋に立ち寄り、武具屋で矢を買い、そのまま装備を確認している。行動自体に矛盾は起きていないが、少しおかしな点。
「何であの矢は売っているのか……」
特大なクロスボウ。それだけ、矢も特注品となるはずだ。なのに、あたかもあの弩が初めから流通してるかのように、矢が売られていた。私も一応仮ではあるが、3国を旅した身……だけどあんな弓は1度も見た事無い。あのクロスボウは特注品、彼の思考に合わせた1本だけの物。
「――アールも、この国出身……?」
この国で生まれ、あの弓をこの国で作ったのならば……矢を補給出来る。青の国出身なら、同時に事情も分かるはずだ。疑惑は確信へ頭は変わっていく――。
「何か、確実に隠してる」
ただ、冒険者狩りでは無い。それなら、もっと上手く隠せてるはずだ。だから……アールの知っている事はレイが今いない事情。そして、コツコツと屋上まで登ってくる音で――次の場面が想像出来る。
「――それで、私をつけてきたんですか」
後ろから聞こえる足音と背後から軋む弩の音、私を狙った音である事は明白だ。まぁ足音で彼が登ってきている事は分かっていたが。だから、ここで決着をつける。
「――単刀直入に言う。貴方は何を隠してるの?」
「言うと思います?」
「私を信用できないから?」
「えぇ。貴方は今一番の容疑者だって事ですよ」
振り返ると予想通り、的確に頭を狙う一射が突きつけられていた。
「……何でレイがいないのか、理由を知っているんでしょ?」
「それを教えてどうするんです? 次の狙いはレイとでも?」
「――やっぱり、そう答えるよね」
眼前に突き付けられた矢に、恐怖感は無かった。だから、一歩踏み出す――目の前で手が少し震え、それでも冷静を取り繕った少年の前へ。
「動くな!」
「撃ちたければ撃てばいい。撃つ勇気があれば、ね?」
私が近づけば近づくほど、殺さなきゃいけない重圧で手が震えるアール。私は本物の狂気も、本当の殺意も知っている。人間じゃない私が大それて言える事じゃないが、少なくともこの人は殺し慣れてないし、殺す覚悟も持っていない。
「味方殺し、あれ……事故なんでしょう? じゃなきゃ、手が震えるなんて起こらない――」
「黙れ! 近づけば撃――」
その言葉を聞く前に、矢の出る射出口に頭を合わせた。引き金を引けば、容易に頭の中が飛び散る零距離まで。
「撃てばいい。それで、冒険者狩りという事件が終わるなら」
「うわああああああああっ!」
叫びと共に引き金の指は力を込められ、飛んでくる矢と衝撃は私の眉間を吹き飛ばす。
「――な、何で」
――それでもやっぱり、この身体は死ぬ事を拒否してくる。
「……良かったね、私がこんな身体で」
眉間に軽く刺さったままの矢を引き抜き、端まで飛ばされた身体は再度少年に近づく。撃たないと思っていた引き金を引いた。そうなると、多分アールは――
「ば、化け物……」
「化け物だよ? 人間の皮を被った、ただの化け物」
実際化け物なのは自覚している。この身体は死ぬ事を許してくれない事も……。
「冒険者狩りなら、この場所は絶好と思わない?」
「――ヒッ!?」
唐突に一瞬で詰め寄り、恐怖感を煽る。同時に短剣を抜き、首元で寸止め。そして、身が竦んだアールに揺さぶりを掛ける。
「って、本物なら殺すだろうね?」
「――何で」
「殺さないかって? 私が冒険者狩りじゃないから」
「そんな事――」
「詭弁と思う? 私も詭弁と思う。でも、貴方は撃った。人を殺す感覚、分かった?」
冷静にアールの目の前まで歩いていく。クロスボウよりも近い、本当の目の前まで。ほんの少しだけ、怒りも沸いていた。
「これから先、レイを守るなら……今度は本当に人を殺さないといけなくなるよ?」
あのクロスボウを撃った事で、少し察せた。多分、アールはレイに惚れている。だから、守っている。じゃなきゃ、あの時に撃たないはずだ。引き金を引いて人を殺す重荷を背負える覚悟が無いと、そう思っていたから。でも、撃った――おかげで、少し頭が揺れて思考が霞んだが。
でも、同時に中途半端な覚悟は、自らの心を傷つける……一生消えないものを残していく。だから、怒りが沸く。背負えない半端な覚悟で、傷つくのはアールだけじゃない。レイも巻き込んで傷付けて、結果何も残らなくなるのは絶対に嫌だから。
「そんな、人を殺す事に躊躇するなら……レイを守れるって思わないで欲しい。そんなかっこつけな驕りで、レイが死んだらどうするの?」
「……俺は」
「信用をしろ、とは言わない。でも、手駒は増やして損は無いでしょ?」
「……少しでも妙な動きをしたら、今度こそ殺す」
「貴方に殺せるとは思えないけど?」
信頼は要らない。私はただ、真相を知りたいだけだ。
「……レイの所まで案内する。だが、どんな事があってもレイを裏切らないで欲しい」
「分かってる。でも、私からも1つだけ」
「何だ」
「もし、今度こんな事が起こったら、躊躇わずに逃げればいい」
「……分かった」
アールの後を追うように、街中のとある一軒家まで足を進める。その後ろ姿は、どこか吹っ切れたような、そんな風に思えた。




