第三章6話 『必殺技』
猛る獣の咆哮――それは、領域に踏み入れた私への怒りが篭った魔力。感情の篭った雄叫びは衝撃となって周囲の雪を散らし、その寒さと飛礫が私を襲う。
「……威勢が良い」
その咆哮に答えるよう短剣を抜き、構えながらも前に進む。一歩で踏み抜ける位置を探る為に。
そしてとある1歩を踏み込んだ途端咆哮は止み、目の前の魔物は大きくしゃがみこむ。どうやら、咆哮よりも先の領域まで入ったようだ。
「飛びこんでくるなら、私も」
魔物が飛んでくるなら、私も深く沈みこんで足に力を溜める。後は相手に合わせて、
「交差するように飛ぶ――」
氷の砕ける音と同時に、その鋭い爪を立てて突撃する魔物。一気に迫る魔物に合わせて私も溜めていた力を放出し、3体の間をすり抜けるように突っ込む。短剣を右手に持ちながら左側へ持っていき、腕を十字に交差させる型を取りながら。
高速で飛びながら3体の中心。いきなりの加速に対応出来ていない魔物の首元に入った瞬間に、右手に持っていた剣を振り払う。同時に、今まで右腕で止めていた左腕の力も開放し、その右腕を後ろから押しだす。これは、両手で持てない短い剣でも効率よく力を伝えられる方法。
「――何かよく分からない切り!」
ジェフ襲来後の2週間――その間に色々と、自分が出来る戦いの方法を考えていた。アシュレイから基礎が出来ていると言われ、1つ1つの動きを見直して廃墟を切れた。でも、それでも足りなかったジェフとの戦い。だから考えた必殺技……これはその1つだったが、技名という物を全く考えて無かった。
「……実戦は初だったけど、やっぱり火力が高い」
交差した先、さっきまで魔物がいた箇所に着地した後に、首を取った魔物の方まで視線を渡す。そこには過剰な火力による衝撃波で氷が砕け散り、空気や魔物の骨等と擦れ合った剣はほんのり赤く熱を帯びる。また、狙っていなかった残りの2体も、勢いの付けすぎで回転した身体と刃に巻きこまれて胴体から両断されていた。
「終わっちゃった……」
流石に他の2体まで断ち切れる威力だと思っていなかった。少し物足りなさを感じながらも、確認の為に死体となった魔物へ近づく。色々と確かめたい事もあるから。
「やっぱり、魔物はその国特有に変異している……」
死体となった魔物を軽く解体していくと、寒さ対策なのか魔物の皮膚が厚く毛も断熱性に優れているものだった。緑の国の魔物は森という視界の悪さから植物に擬態したり、鼻が鋭くなっていたりした。赤の国はその熱を身体に宿し、鉱石という硬い身体を溶かしながら動いていた。
「魔物は周りの環境に順応している……?」
でも、まだ仮説。理由は赤の国であった魔力反応。
『――生物は天敵に対して順応する物なの』
環境で順応するなら分かるが、天敵に順応するのなら……いくつかの疑問点が浮かぶ。緑の国でも赤の国でも、そして多分……青の国でも。魔物はその強靭な身体と強さで、他の動物とは比べ物にならない程強い。だからこそ、掃討作戦という行動を冒険者が起こして増えすぎた魔物を駆逐している。
「なら、魔力ではなく冒険者を天敵とみなすはず」
他にも魔物の生存方法や、動物を襲わない特異性もあるが……それらを纏めると、人間に対する殺害兵器のようにしか見えない。それなのに、
「人間に殺されても、それに対する順応を全く見せなかった」
魔物は元々人間。それは、オーバンに教えられた紛れもない事実。それなら、人間と関わっているからこそ人間に順応しなきゃいけないはず。……でも起こったのは、
「魔物は魔力に反応する。赤の国で教えられた事だ」
セレンは赤の国特有の順応と言ったが、私はもっと深く考えている。最初はジェフが魔力に反応させる為に改造した、人工の魔物と思ったが……それなら、魔力探知だけじゃなく、もっと強く魔物同士をくっ付けておけば、少なくともあの場面で赤の国はもっと壊滅的な被害が起きていた。
「魔物同士がくっ付く事は、あの植物で証明されている……」
緑の国で遭遇した木の魔物は事実、いくつかのコアを持った複数をくっつけた魔物だった。つまり、ジェフは魔物を弄っていない可能性が高くなる。そうすると、
「……私達冒険者じゃなくて、魔に関する存在を天敵と見ている……?」
まだ、可能性の1つだが……私が見ていなかっただけで元々魔力探知が備わっていた可能性だ。でも、確証もなければ、魔術の使えない私には検証も出来ない。
「……はぁ、魔術が使えたらなー」
使えていたらもっと、深く知れたかもしれない。だけど、この肉体に魔術なんて備わったら、それはもう止められない化け物の領域だ。
「――っと、来たかな」
死体の血に釣られて、6体の魔物が群れて走ってくる。見た目的には最初に倒した魔物と同種。つまり――
「さっさと切り上げて、終わらせないと」
戦闘想定のほとんどが魔法使いや眷属の強敵用だった為、相手が魔術や魔法を撃った想定の必殺技しか考えていない。通常の魔物なら、この怪力こそ必殺技と2週間の間にオーバンやアシュレイから教えられた。つまりあの技以外に、この魔物で試せるものが無くなった。だからこそ手短に済ませる――。
「――だから、血だらけで帰ってきたのねルーちゃん」
「まさか、あんな魔物だったなんて……」
日が沈み、周りが少し暗くなった頃。私は返り血を洗い流す為に酒場のお風呂を借りていた。
「あの魔物は、仲間意識が強くて……同じ血の匂いを感じると何処からともなく走ってくるの」
「……酷い目にあった」
あの6体で済めばすぐ帰れたのだが、切った血の匂いで更に魔物を引き寄せ、それを討伐すれば更にを繰り返し……気が付けば、一帯の魔物を掃討していた。
「でも、武器は水で洗って大丈夫なの? 錆びない?」
「大丈夫。洗っても問題ないって言ってた」
髪についた赤色を洗い落とし、脱いだ防具は一旦血を軽く水で落とす。少し数が多いので、レイに手伝ってもらいながら。
「全く、宿屋の入り口で凄い騒ぎが起きてたから向かったら、真っ赤なルーちゃんがいてびっくりしたんだよ?」
「でも、依頼をこなせたでしょ?」
「ルーちゃんが倒したの、ほとんど依頼外の魔物なんだけどね……」
倒した証として、素材として活用しやすい魔物の一部を剥ぎ取って、倒した証拠として素材を提出するのだが……私が倒していた2足歩行の獣は依頼外の魔物で、数が多くなった中で紛れ込んでいた腕が羽根になった魔物が本命だった。
「ほら、終わったよ」
「ありがとう、レイ。後は、自分の部屋で細かい所を洗う」
身体を柔らかい布で拭き、レイに取ってきて貰った変えの服へと着替える。もしもの時に備えて前に作ったあまり物の簡易的な服だが、裸を見せるよりマシだ。
「うん、分かった。じゃあまた明日ね?」
明日に備えて部屋に戻る私に向け、相変わらず手を振るレイ。その挨拶を返しながら、自分の部屋に戻った。
「……明日、か」
ただの探索を私に依頼する赤の国、それだけで嫌な予感が物凄くする。
「冒険者狩りが私でも、狙うなら明日以降だしなぁ」
冒険者狩りの目的は不明だが、眷属なら情報を細かく持っている私が邪魔だから、多分狙ってくる。だから、今日私に会ってどんな奴か確認する。最初は友好的に、色々と確認しながら――計画を立てた上で殺しにいく。遠くから見ても良いが、結局一度殺す対象には確認を行うはずだから……もし私が冒険者狩りなら一度、殺す対象に声を掛ける。
「それで、明日は冒険者で探索する絶好の殺しやすい場所。どこまで情報を持っているかまでは分からないけど……もし、私の情報が知れ渡っていたら、狙う」
つまり、明日を殺す為に動く。そうなると――
「……めぼしいのは4人ぐらいかな」
一人目は馬車の主、サミュエル。
二人目はそのサミュエルについていってる、名前の知らない気だるそうな女性。
三人目はあの道具屋の女性、クリスティアナ。
四人目は……あまり考えたくは無いが、酒場のマスター、レイ。
「他にも可能性があるから、一概には言えないけど……注意だけはしていかないと」
まだ少し赤く染まった防具を、専用の道具で洗いながら夜は更けていった――




