第三章3話 『雪の朝』
どれくらいの時間が過ぎただろうか。柔らかく包み込まれた寝具から身体を持ち上げると、既に扉の外からは少し賑わった声が聞こえる。
「……すごく寝てしまった」
まだ少し残る眠気が誘惑となって身体を引き戻そうとするが、一応約束もある。起きないと――。
「まぶしっ!」
目を覚ます為にカーテンを開け外を確認すると、既に登った太陽の光と雪が反射して少し眩しく感じる程の白が広がって行く。それは街という絵を全て塗りつぶしたような、雪を見た事なかった私には十分過ぎる光景だった。
「綺麗……って言ってる場合じゃない」
若干見惚れていたが、既に朝からは少し時間が経っている。急いで装備を整え、少し慌てながらも扉を開く。情報収集の為にも、時間は待ってくれないから。
「遅かったねルーちゃん。疲れてたの?」
「……みたいです」
酒場では、小さな身体の成人女性が私の事を待っていた。少し頬を膨らませながら。
「馬車の長旅は辛いからね。分かるよ」
腕を組んで頷きながら、自問自答をするレイ。その仕草も子供っぽいが、やっぱり何か嘘くさい。
「それで、話の続きって何なんです?」
「その前に、私に敬語はいらない! 後、レイって呼んで!」
腕を組んだそのままで、私に対しての要求。周りの冒険者も、見飽きたようなリアクションで各々が歩いていく。……今まで酒場のマスターはある程度フランクで良いと言われても、強者のオーラのような雰囲気があったが、ここに来ての落差。
「分かった。でも良いの? マスターって立場的には威厳とかあった方が――」
「私にそんな物あると思う?」
「……んー……」
「そこで唸らないでよ!」
でも、表情がコロコロ変わる彼女に親近感が沸く。こういった所で支持を集めているのだろう。まとめ役には不向きそうだが。
「それで、話があるんでしょ?」
「うん。ここからは真面目な話。少し、中で話そう」
真面目なトーンと顔に変わり、マスターらしい雰囲気をまとうレイ。普通に威厳がある……と言うより、さっきまでが演技か。
そのレイに案内され1つの部屋に到着すると、大量の紙が丁寧に1枚ずつ並べられてあった。内容は全て私に関する事。
「ごめんね? こんな事は私もしたくなかったんだけど、今はそうも言ってられない。だから、ルーちゃんの事、調べさせて貰ったよ」
「……だから、初めから私に視線が向いていた」
「私が力不足だから、こういう事しか出来ないの。だから、正直に話して」
「――眷属の事?」
「やっぱり、知ってた」
書かれている資料の内容は全部事実だったし、ここで隠す理由もない。そして、情報提供者がアシュレイなら、悪い事を書かれている訳じゃないと思うし。
「率直に聞くわ。ルーちゃん、この事件に眷属は関わってると思う?」
「……可能性としては高い部類と思う。そして不本意だけど、私も眷属であるジェフを取り逃している。相手にとっては私という存在はどう転ぶか分からない異分子」
「だから、次の狙いはルーちゃん……。全く、アーちゃんの言う通りね。『ベル=ウェンライトは思考力と戦闘力が高い。その上、こちらで起こった事件にも尽力した。だから、少なくとも冒険者狩りじゃない』って、ルーちゃんが部屋に戻った後に、アーちゃんから資料が来てびっくりしちゃった」
やっぱり、アシュレイからの背中押しがあったようだ。そして、この後も予測出来る。他の国からお墨付きを貰った無実の冒険者。そのフラットな視点があるなら、
「それで、冒険者狩りを探してほしいって依頼を?」
「話が早いね。それはそれで助かっちゃうんだけど、ルーちゃんが危険な目に遭う可能性も――」
「危険な目に遭うのが怖くて、冒険者なんてやってないよ?」
「真っ直ぐ突っ込んでいくような子ね、ルーちゃん。分かったわ、ルーちゃんに託す。冒険者狩りを探して、あわよくば撃破、捕獲をして欲しい。お願い出来る?」
「えぇ、もし眷属が相手なら、どうせ私が狙われるだろうし」
気持ちは最初から決まっている。どうせ障害になるなら協力を仰いだ方が良いし、変に放置してまた街が壊れるような事は見たくない。
「よし! 依頼成立っと」
「それで、冒険者狩りの特徴とかはあるの?」
「それがまた不明で、姿は分からないけど男かもしれないっていう説が多いかな」
「男である理由は?」
「殺された冒険者の周囲が、衝撃でかなり壊れているの。あんな威力私にも出せないから、多分男かなって。殺された人はぺしゃんこに潰れちゃって……あまり思い出したくないね……」
特徴は怪力……でも、男かもしれない線は消す。現に私という存在で否定されるから。まぁ自動人形が2体もいる訳無いだろうけど。
「他には?」
「後は、殺される音なのか知らないけど妙な風切りの音を聞いた人もいたっけ。そしてその風切り音が出た現場には、さっきの衝撃で壊された現場と違って、鋭い物で抉れたような傷が現場に残されているの」
「抉れた傷……剣で切ったような傷?」
「うーん、一応そんな感じなんだけど……あそこまで大きい傷を付けられる剣なら、すぐバレちゃうかなぁ……殺された人はその抉れに合わせたように真っ二つだけどね」
風切り音と抉れ傷。風切り音は何かを飛ばしたような音と予測出来るが、抉れるような威力……何だろうか。後、建物がある箇所で殺されたって事は、
「そもそも、冒険者狩りってもう街の中に入ってたり?」
「あまりマスターとしては認めたく無いけど、そうだよ」
既に新入済みなら、また更に厄介だ。赤の国での防具屋のように、馴染まれたら探すのが困難になってくる。
「情報はそれだけ?」
「可能な限り集めてはいるんだけど……街の内部に入りきってるせいで、私も段々信用されなくなって、情報が集まらないの」
そう言いながら、少し悔しそうな涙目になるレイ。私を最初に疑ってかかったのも、酒場のマスターとしての重圧があったのかもしれない。
「情報が無いなら、1から情報を集めるかな」
「へ?」
「殺された現場ってどこか分かる? 見落としが無いか確認する」
「――えーっと、一応20箇所ほどあるけど……」
「じゃあ、一番最近に殺された2箇所を教えてほしい」
殺された時期にもよるが、魔力の残滓がまだ残っているなら……少し分かる事もある。
「分かりやすいようにマークを付けるね」
手元にあった小型の持ち運べる地図にマークを付け、レイは説明を続ける。
「こことここ。殺された時刻は、昨日」
「ん、十分よ。ありがとう」
情報は十分揃った。後は、現場に行って確認しないと――
「――ルーちゃんは私を疑わないし責めないんだね」
……守るべき存在に段々疑われ、どんどんと疲弊していったのだろう。深夜にも寝ないで酒場に1人いた理由も、多分責任を感じていた。
レイは聞こえないよう呟いた声色のつもりでも、私の耳は拾ってしまう。泣きそうに潤ませた緑の瞳も、私の目は拾ってしまう。目的は曲げないけど……少し、より道ぐらいは出来そうだ。




