第三章1話 『胡散臭さ』
ゆっくりとした馬車に揺られながら少しずつ空気が冷えていくのを感じ取り、来ていた布切れも厚くなっていく。次第に水の結晶が宙を漂い、吐く息も白くなる。アシュレイから聞いていたので、ある程度予想は出来ていたが――。
「寒い……」
暑い国から急に寒い国へ向かった温度差で体調が悪くなりそうだが、身体に熱が篭らない……。私的には暑い所より寒い所の方が好きかもしれない。
「それにしても、凄い……」
雪と氷の結晶は目に見えない小さな粒となって月光を反射し、まるで星空の中に入ったかのような幻想的な光景を周囲に映す。
「でも、何と言うか……街が少ない」
「そりゃ、ここが『ソノラ地方』だからな。『アブドゥーグ地方』になると、もっと何も無いぞ」
「そうなんですか?」
「というより、お嬢ちゃん……旅をしたばかりか?」
寒さと氷を滑る音。幻想的だが殺風景の中で馬車の主は、始めての国の説明を始める。前にもあったような光景だが……1つ違うのは、この主。何となくだが、隙が無い。警戒しすぎのせいかもしれないが、それでもどこか私に向けて注意を向けているような、そんな感覚を覚えた。
「はい……この国は初めてで」
「なら、この国の成り立ちをおじさんが教えてあげよう。綺麗な風景だけど、映像が変わらなきゃ飽きるからね」
「えーっと……お願いします」
一応、教えてもらう事にはしたが……警戒は怠らない。前回巻き込んだ事もあって、今度は異変を見逃さないように。
「この国は、見ての通り雪国だ。まぁ、国と言ってもいくつかの場所がくっついて1つの国になったような物だが」
「いくつかの場所?」
「そう。1つ目は『ソノラ地方』。元々ここが昔のボルダラックと言える場所で、そこに酒場の人間が付いた事で生まれた地方。国境近くってのもあって、積極的な貿易を行う箇所だな。まぁ、国の顔って所だ」
「にしては、街が少なくないです?」
「そりゃ、魔物の影響だな。この国全体に言える事だが、月に1回程度吹雪が起こるんだ。目の前すら見えなくなる程の激しいものが。でも、魔物はそんな事関係無しに襲ってくる。それを危惧した王様が、いくつかの街を捨てて統合。だから、周囲に街が無いんだ」
合理的な理由だが、村の反発もあったはず。それを統率出来るカリスマ性なのか、それとも無理やり退かせた武力なのか、どちらにせよ……少し現実主義な王だ。
「次は『アブドゥーグ地方』。ここは元々氷山が多くて人がいなかった場所だ。そこに、元々人が多くて出来なかった威力の高い装備や研究、それを司る人間が研究所を多数立てて生まれた地方。まぁ、あそこは特に街という街は首都近くにしかない。周りは氷山と研究所の妙な建物だらけ」
嫌そうに馬車の主は言うが、私には行くなと念を押しているように聞こえる。何かを隠しているような、そんな印象。まぁ、あまり関係無さそうだから頭に少し入れておく程度にしておこう。
「最後は『ツァリーヌ地方』。ここは……何と言ったら良いのか分からんが、はぐれ者達が集った結果できた地方って言ったらいいか。まぁ、アブドゥーグ地方と同じような場所だな。違いは研究者と技術者の違いって感じか。アブドゥーグは研究だが、ツァリーヌは実際に作る技術みたいな、そんな地方。あそこはあそこで賑わってるから一度行ってみても良い」
「……首都はその3つの中心に?」
「あぁ、どこの地方にも関われるように、中心に作られた大きな街。研究と技術を存分に使った首都『シャンディ』だよ」
説明の中にサバードの情報は無く、実質何も情報を得られなかった。ただ、只者では無いこの人物が知っている可能性は高そうだ。
「それで、君は何の目的でこの国へ?」
「……旅をしていて、国を見て回っているんです」
「そんなか弱い女の子1人で旅を?」
急にこちらへ振り向いてくる主。キメ顔を決めたつもりなのか凛としているのだが、物凄い胡散臭さしか感じない。
「……口説いているつもりです?」
「それ以外、どう見えているのかい?」
「胡散臭さ全開の振り向き顔が見えてます」
「おぉ……おじさんに容赦無い」
そう言うが、本気で言ってる感じが全く無い。視線も私の目を見るというより、私の仕草を見て何かを読みとろうとしていたし、本当何者なのだろうか。
「じゃあ口説くにしても、名前を教えてくれません?」
これで、偽名かどうかをしっかり見極める。もし偽名を言うならこの人物を信用しない。逆に、偽名じゃなければその名前を頭に入れて動ける。まぁこんな胡散臭い人物が偽名を使わないわけ無いとは思うが、本名ならまず変人だ。
「おじさんは『サミュエル=アレグラス』だ。……名前を覚えてくれるなんて、少し脈あり?」
「全くありません」
「またきつい一言、おじさんは辛いよ?」
「知りません」
まさか、全く動揺を起こしていない。私の事を知らないなら、魔力に動揺が視えると思ったはずなのに、それすらも無い。……まさか、本当に本名か? そう思いながら、馬車は気付くと首都の入り口まで走っていた。
「全く、お嬢さん。着きましたよ?」
「あれ、まだ入り口――」
「今は情勢が情勢だから、冒険者と荷物は個別で検査を受けるんだ。まぁ、犯人が捕まればいいんだけど」
「……冒険者が多数殺されている事件です?」
「良く知ってるねぇ。まぁ、旅する際に国の情報を集める事は当然か」
きっと、冒険者達を守る為の検査。冒険者が狙われるなら、犯人が潜りこんでいるかもしれない。その疑いを晴らす為のものか。
「……終わった」
簡易的な検査が終わった頃にはサミュエルの乗っていた馬車は無く、残されていたのは検査をしていた兵の1人。
「貴方が、あの馬車に乗っていた人ですね?」
「えーっと……何ですか?」
「アレグさんは一足先に荷物を纏めると言って、馬宿に行きましたよ」
「その場所は?」
「この通りを真っ直ぐ行けば、看板があるので分かりやす――」
荷物を持ち逃げされると思って、兵士の説明から逃げるように走り出す。短剣も修理用の素材も全部あそこにあるのに――
「何をそんなに急いでるんだい、お嬢さん?」
と思っていたが、馬宿の近くで普通に荷物を纏めていたサミュエルがいた。
「……何してるんです?」
「お嬢さん用の荷物と、元々運ぶ用の荷物を取り分けていたんだよ。今、馬宿も少し検査が厳しくてね。少し列が出来てしまうから一足先に」
「荷物を持って逃げるのかと思ってましたよ……」
「そんな事するつもり無いんだけど、おじさんそんなに信用無い?」
「全く無いです」
前方を見るとサミュエルの言った通りに少し待機列が出来ており、他の馬車も荷物を今の内に纏めてるようだった。
「……少し早いけど、君は君でやる事があるんだろう? じゃあ、ここでお別れだ」
私用の荷物を手渡された後、サミュエルはそのまま運んでいた荷物を纏めつつ続ける。
「宿はもうちょっと先にある場所だ。この国は宿を1箇所に纏めているから、手続きもしやすい。迷子になる事はないぞ」
「あの、色々とありがとうございます」
「こう言うのを、飴と鞭って言うんだねぇ」
「感謝を取り消します」
「やっぱり酷い! おじさん泣いちゃう!」
全くもってとんでもない変人と出会ったが、この国での情報集めを開始しないと。でも、やっぱりあの人、胡散臭さに紛れているけど、名前しか情報を貰ってないような……




