断章 『現れる本物』
「――さて、と」
機械仕掛けの友達と別れを告げ、元いた酒場へと戻る。後処理として、まだ色々残っているから。
「本当に良いんですか? ズィル」
「良いんだよ。ここの復興まだ済んでないからな」
心配そうに見に来た私の部下。心残りが無いと言えば嘘になるが、それよりもやるべき事をやらないといけない。それに、私には――
「ねぇそこのあなた。少し、話出来るかしら?」
私の考えを遮るような女性の声。何処かで聞いた事あるような声だが、何かで塞がれたような篭った声で聞こえ辛い。何か、顔を隠しているのだろうか。
「誰かは分からないけど、何か用?」
振り向いてその声の主を見ると、顔を全て覆う鎧の兜のような仮面をつけ、服装もフワっとしたロングスカートと、前にベルが付けていた網目の鎧。やたらと肌が見える服を2枚重ねとマントとポンチョで隠しているが……あの服装、どこかで見たような。
「色んな人から話をお聞きしましたら、どうやら貴方が当事者の1人と聞きまして。少し、お話をお聞かせ願えませんか?」
「丁寧な言葉の割に、やたら物騒な装備をしてるね」
「これには深い事情がありまして……」
会話の中で、どうにかこの女の記憶を引き出す。あそこまで特徴的な服装、見間違いで覚えている訳が無い。だから、確実に私はこの人を知っている。でも、思い出せない……。
「……分かった。話の内容は?」
「それも、詳しくは言えません。なので――」
「怪し過ぎでしょう。そんなの乗る必要無いですよ! ズィル!」
「――ズィル?」
その単語を聞いた途端に、女の方から一瞬殺意が滲み出た。決して恨まれてないと言えば嘘になるが、あの事件も……8年前だ。流石に覚えている人も少ないと思うが。
「少し黙ってな。それで、人通りの少ない場所は……路地裏辺りになるが、本当にそれで良いのかい?」
「……えぇ。構いませんわ」
「悪い。少し、あいつらの事頼む」
部下の静止を振り切り、この女と2人で人の少ない場所に赴く。きっと無茶ばっかするベルなら、同じ事をしている。私はリスク管理は出来ている方なんだけど、変に影響されたかなぁ……。
「それで、話は?」
路地裏の奥、魔物発生装置があった中心地。多数の魔物の死体が熱を生み出し、巨大なクレーターが出来た場所だが、2週間も立てば一応地面ぐらいは作れる。建物が無い今はただの平地と化しているが。
「純粋に聞きたいんです。ここで何があったのか」
「それは別に他の人からも聞いただろ? ここにジェフ達が現れて――」
「そうじゃなくて、詳細が知りたいのです。主に、偽物のアンゼリーネ=オドネルについて」
「……なんでそこを知りたいと思うんだ?」
「ズィルと名乗るなら、分かるでしょう? アンゼリーネ=オドネルという存在を」
話が微妙に噛みあってない。どういう理由なのか聞いてるのに、存在を問われても……。でも、この感覚……昔あったような……。
「アンゼリーネ=オドネル自体は知ってるけど、だから何でそれが気になるのかを――」
話の途中で飛んでくる巨大な楕円系の板。
「ちょ、話を聞いてよ!」
「問答無用!」
巨大な板は意思を持ったかのように、私へ飛んでくる。女の方を見ると、小さく細い棒を動かしており、それに連動した形で板が動いているのは見てとれる。そして、こんな事が出来るのは魔術師。
「私そんな、喧嘩売ったつもり無いよ!?」
「ズィルと言う名前だけで、十分喧嘩売ってるわよ!」
でも、この人はやたらとズィルを敵視している。何で――
「セレンおねーちゃん? 何してるの?」
「マズ――」
楕円の板を防ぎながら話を聞こうとした途端、孤児として引き取っていた子供の1人が顔を出す。しかも、板を避けた先に――。
「……あれ?」
「セレン……」
必死で身体を反転させて子供の盾になろうとしたが、あの女の操っていた板は私の眼前で止まった。
「……どうして、止めたの」
「あんた……セレンだったのね」
私の名前を聞き、目の前で被っていた仮面を脱ぎ始める女。でも、その顔は……ひどく懐かしいが、今はあまり見たくない顔だった。
「――アンゼ」
「やっぱり、あたしの事……覚えてた」
その一人称で確信する。このアンゼは本物だ――
「久しぶりだね――って、凄い嫌そうな顔するのね」
「だって、ちょっと前に偽物と会ったのに警戒しない訳ないでしょ」
だけど、まだ確定とまでは行かない。またジェフが化けているかもしれないし、この再会に私はどんな顔をしたらいいか分からない。だから、嫌な顔。
「やっぱり、あたしの名前を借りた偽物だったか」
「いや、それ以外何があるの。まさか、それだけの為に帰ってきたの?」
「当たり前じゃない! 不届き物は成敗よ!」
「……また、面倒臭いのが――」
「何か言った!?」
この人は、やけに勝ち気で……悪く言えば猪突猛進。頭も切れるし優秀なのだが……どこか頼ったら負けのような人だ。アンゼに会いたくなかった理由でもある。
「セレンおねーちゃん? この人は?」
「あぁ、この人は――」
「セレン。あんた子供産んだの?」
「んな訳ないでしょ!?」
やっぱり、こうなる。この人がいると、色々と面倒くさい……。
「それで、何があったの? あたしが本物なら、言える事情もあるでしょ?」
「……ジェフ達が現れた。ねぇアンゼ、ジェフが魔物だった事は知ってたの?」
「えぇ、知っていたけど。変身能力があるのは知らないわよ」
「そっか。じゃあ、大丈夫かな」
もしアンゼが全部知っていたのなら、必然的にもっと早く異変を察知して来れたはず。なのに来なかったアンゼに少し、嫌な感情を覚えていたかもしれない。
「……あんたが大丈夫って言うなら、もう良いわ」
「深く追求しないんだね」
「嘘ついてるように見えないからね。それに、先にこの子を何としないといけないんじゃ?」
「あぁ、そうだ。君は?」
ぱっと見て助けたけど、良く見るとこの子は見かけない子供だった。この一件で孤児も沢山現れて、それを保護して回っていたけど……こんな子は見た事無い。修道服だけを着た、子供なんて――
「……あ、の」
子供へ注目を向けた途端、押し黙ってしまう。ダボダボの修道服、きっと親に借りたものだろうか。そんな服で裸足、その上で良く見ると服に血も付いており、ただならない事は明白だった。
「――今、一番行きたい場所はどこ?」
そんな子供へ向けて、アンゼは優しく声を掛ける。どこか、私を保護した昔を思い出すような声色で。
「……あっち」
指をさした先には少しボロくはなったが生き残った建物があり、その姿から察するに教会……のような外見。神様なんて信じてはいないが、黄の国にはそんな文化があったな。
「セレン、この子をお願い。予想通りなら、建物の中をこの子に見せちゃダメ」
いつも以上に真面目な口調と目線。修道服の血から察する限り、多分あの中は――
「大丈夫だから、ね?」
「……うん」
アンゼを1人向かわせ、私はこの男の子を保護しないと。でも、何で私の名前を知っていたのだろうか。
「ねぇ君、名前は?」
「……分からない」
「分からない? 親から付けて貰った名前も?」
「分からない」
分からないと言った子の顔は今にも泣き出しそうで、それを必死に我慢しているようだった。
「……セレン。その子は、色々と爆弾だったよ」
「アンゼ、中はどうだった?」
「親が殺されていた。で済めば良いんだが、……セレンと同じ境遇って言ったら伝わる?」
私と同じ、まさか。
「この子……捨て子?」
「あぁ。何なら、裏を牛耳ってる『暗部』の、子供だ」
「――教育は受けてるの?」
「多分、ばっちり洗脳済み。内容は、同じ年齢の子供を虐殺。多分この子を避難所に送って、弱った酒場に追撃をいれようとしたクソ共の考えだ」
アンゼの言葉から怒りが見える。私の時も、こうやって怒ってくれたっけ。
「そうなると、避難所には置けない」
「最初にセレンの名前を知っていたのも、あんたが避難所で子供を預かってるから。合ってる?」
「だろうね。だから、それ以外の何も分からない。いつぞやの私みたいに」
だけど、そうなると謎が一つ残る。
「じゃあ、その暗部を襲ったのは誰?」
「無残に全員が殺されていたんだが、身体の部位がいくつか無い死体が多くてな。それに、白い糸のようなものがあった」
白い糸……そんな物に見覚えが無い。それにこれが第三者なら、殺す理由があまりにも見つからない。
「それよりも問題は、その子の今後よ」
「……避難所に預けられない以上、アンゼに引き取ってもらうように――」
「それで良いんですか? ズィル」
「あんた、そこまで来ると変質者だよ?」
後ろから付いてきたであろう私の部下が、いても立ってもいられずに話しかけてくる。でも、こいつの言いたい事は分かる。
「ズィルは良くやってます。だから、もうズィル――あんた無しでも俺らはやっていける!」
「それは、でも――」
「あんたは、俺らの為に色々やって……俺らの立場を作ってくれた。でも、その分あんたはやりたい事を我慢していた。だから、今度は俺らの番です。行ってください」
「復興がまだ残ってるでしょ? ならまだ――」
「それは、自分が何とかしようセレスティア=ズィルよ」
「……げ、嫌な顔が見えた」
部下が連れてきたであろうアシュレイが現れ、アンゼはかなり嫌な顔をしている。まぁ、あの2人は犬猿の仲だから、仕方無いが……でも、私は。
「復興を手伝いたいのは本心よ?」
「知っている。だが、あの時本当はついて行きたかったのも本心だろう?」
「でも――」
「お前は一度、自分自身を知る為に旅をしてきた。それを、今度はその子に教える番だ」
私なんていなくても、旅は出来ると思うのに……。
「ねぇ君。君はどうしたい?」
アンゼは子供に問いかける。教育された子供なら、そこから出る答えは1つだけなのに。
「……セレンおねーちゃんといたい」
「そういう風に教育されてるから、そう言うでしょ」
「でも、そういったあんたをあたしは引き取って常識を教えたよ?」
ぐうの音も出ない正論。もう――
「あーもう! 分かったよ。一緒に行くよ!」
「本心では嬉しいくせに」
「殴るよ?」
「刃の付いたパンチは勘弁して?」
こうして、私とアンゼの旅は強制的に始まったけど、
「それで、その子の名前は?」
「……ズィルはどう?」
「良いんじゃない? 君はどう思う?」
「……ズィルが良い」
「じゃあ決まり、君の名前はズィルだ」
私達が出会った場所の名前、そして殺されない為に受け継いだ名前。それを、今度は彼に引き渡して。




