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第二章26話 『魔物の存在』

 いきなり告げられた真実を飲み込むまで、私には時間が掛かってしまうたった2人の無音空間。いつもは鍛冶の音が響き渡るこの街も、今日だけはこの静けさを後押しした。その静けさは、私の心の黒をどんどん大きくする。迫り来る不安感と後悔。私は、私は――


「私は、沢山の人間を――」

「切り分けて考えろ。あいつらはもう、記憶も何もかも無くなって暴れるだけの魔物だ。人と数えるな」

「でも――」

「魔物化は、死ぬよりも苦しい事だ。俺も味わったから分かる。心も身体も壊されて、死体を作り変えて出来た存在。だから言える――あれは人じゃない」


 心の闇に囚われそうになったが、オーバンの言葉で少し頭が冷えた。


「……ごめん。少し、取り乱した。それで、魔物化って……そもそも何なの?」

「人間が魔物になる現象。原因は不明だが、症状がいくつか存在する」

「……記憶の混濁と、痛覚の消失?」

「それは少し先だな。と言うより、何でそれを?」

「ジェフの研究施設で盗み見た資料に書いてあった」


 あの資料、そもそもの前提を履き違えていた。私は最初、あれを見て人を魔物に変える改造か何かと思っていたが、実際は違う。魔物化という現象を促す為の薬……。


「最初は体温の上昇と、妙な高揚感から始まる。少し熱はあるけど寧ろ元気になる感じだ。原因は、元々の身体のエネルギーを使い切ろうと、無理やり元気にさせた際の熱が生まれる。だが、周囲の人間も本人も、最初は分からない」


 本人にも分からない症状……つまり、自覚症状が無い人が街中まで行き、いきなり魔物化が起こる可能性が生まれる。それを、領主や国を治める側の人達が知らない訳が無い。ルールーさんやリナ姉、アシュレイも確実に知っている。


「それで、その後はどうなるの?」

「そこから記憶の消失、そして高揚感が過ぎての焦燥感。原因は、魔物化の際にいらない記憶を身体が消し始めて、気分の高まりと相反して失われる記憶に焦りが生まれてこうなる。特徴的なのは、ボケとは違い、新しい物は普通に覚えられる点と、活動として失ってはいけない記憶はまだ残っている点だ」

「つまり、記憶に突然穴が開いただけの一般人って事ね?」

「そういう事になる。突然、ある記憶だけが無くなるんだ……焦りもする」


 やっぱり、あの研究資料と症状が合致する。でも――


「ねぇ。痛覚の消失は存在しないの?」

「痛みは当然あるぞ。多分それは、効率よく魔物化を促す為に付け加えられた症状だろうな」

「じゃあ、貴方は……」

「その辺りも兼ねて、話を続けようか」


 そう言ってオーバンは緑の飲み物をお湯でつぎなおし、話を続ける。


「そして更に症状が進むと、精神異常を起こす。自分の顔すら認識出来ないほど、穴だらけになった記憶に自我が耐えられないんだ。最悪の場合、ここで人として死ぬ。精神を完全に壊してな」

「……オーバンの場合は?」

「俺の場合は、と言うよりここで亜人と魔物で症状が変わる。多少の記憶が無くなる事はあるが、重要な記憶や自身の顔等を俺らは忘れられなかった。だから、精神異常を起こさずそのままで次の症状が起こる」


 まだ、続きがある。でも……多分それは、亜人にとって一番苦しい記憶。痛みによって気を失うまで、もがき苦しまないといけない。


「次は、魔物になるの?」

「あぁ。人間として身体のエネルギーを使わせて記憶を消し、最後には身体自体を作り変える作業が起こる」

「……でも、亜人には失う精神が無いから、身体の変化がダイレクトに伝わる」

「記憶が残ってる以上、俺は俺だからな。人が人じゃなくなる痛みを全部受け止めないといけない。それに、どれだけ痛くても、意識を失えないんだ」

「――え?」

「正確には、意識を失うように出来ていた魔物化に対して、俺達亜人は抵抗を持っている。その結果、意識を失うという症状が逆転して、意識が失えなくなっていたんだ。口から、人間だった頃の内臓がはみ出て、内臓が変わっていく感覚。それは、内側から身体をグチャグチャにされ続ける痛み。それでも、意識を失えなかった」


 意識を失えず痛みに耐え続けるのは、どこまでも酷だ。逃げる事が許されなず、人が何度も死ぬような痛みに耐えるしか出来ない。それは、


「オーバン。そんな痛みに耐えたって事は、代償として何かあるんじゃ?」

「……俺の場合は色が見えない。白黒以外の色が、俺には見えないんだ」


 やっぱり、耐えられないストレスで身体の感覚である箇所のどこかが壊れる。


「でも、貴方は私の一撃を止められる程、強くもなってる」

「魔物の一部を引き継いでいるからな。そりゃ強くもなるさ。……でも、亜人となっても魔物化は侵食していく。そもそもの原因を取り除けた訳じゃないから、魔物の特性を使えば使うほど身体が魔物に寄って行く。最終的に行きつく先は――」

「魔物と変わらない、のね」


 身体の体質で、魔物化が中途半端に止まっただけで……魔物化自体は身体を蝕んでいるのか。


「それに対して保護を行っているのが、魔法使い『ソフィ=アルダン』。今の赤の国を作った1人だ」

「……その人物は?」

「亜人を保護している魔法使い。魔物化の根絶を目指す際に亜人に目を付けて、研究って本人は言ってるけど……実際は世話好きの保護者みたいな人だ。実力や知識は本物なんだけどな」

「何というか……色々と凄そうな人だね」


 ソフィ=アルダンについて話すオーバンは色々と複雑そうな顔をしており、少なくとも何かしら大変な目に合っているような、呆れたような言い方だった。


「まぁ感謝はしているんだがな。『お主みたいに姿が人に寄った亜人は良いが、魔物に寄った亜人はどうしても姿で迫害を受ける。じゃから、魔術道具(マジックアイテム)じゃよ』と言って、姿を誤認させるアクセサリーを作ったり、『お主らが怪我しないように』って言って、身体の負荷を軽くする物を作ったり、色々面倒見は良いんだ」

「それで、そのソフィ=アルダンは今何処へ?」

「ベルがこの国へ来る前に、緑の国へ行ったよ。何やら別件で暫く戻らないとか言ってたが、どうする?」


 私の目的は製作者を知る事。その為の魔法使いへの手掛かりだが……そもそも、オーバンに私の身体についての情報を聞いていない。まずは先に聞かなければ。


「えーっと話は変わるんだけど、オーバンは『自動人形』について知ってる?」

「聞いた事はあるが、内容は全く知らない。マリオネット関連は専門外でな」

「そう――」

「だが、マリオネットの街については知っている。そこへ行くのはどうだ?」


 マリオネットの街。何やら気になる単語が耳に入るが、オーバンはそのまま説明する。


「『ボルダラック連邦』にある街『サバード』。そこに、魔術師や魔法使いが沢山いる。マリオネットも多数あるから、あそこなら情報もあるんじゃないか?」

「……そうね。でも、私が知りたいのは私自身の身体じゃなくて、製作者」

「なら、ソフィが帰ってくるまで待つか? あの変人、いつ帰ってくるか分からないけど」


 色々と道筋は出来たが、どうするかは取捨選択。でも、まずは――


「うーん……じゃあ、オーバン。私の装備を作ってくれる?」

「いきなりだな。別に構わないが、それがどうした?」

「作るまでの期間は、ソフィ=アルダンを待つ。この街を壊した原因の1人でもあるし復興を手伝いたい。でも、何より……セレンが心配な中で次へ進めないから」


 私が巻き込んだ結果かもしれないから、手伝う。許されようと思って動く訳じゃない。手伝う事で、被害の重さを、私が背負うべき物を確認するために、手伝う。アシュレイから見たら私のこの行動は甘えかもしれないけど、それを飲み込んだ上で私が正しいと思える為に、私はこの気持ちを捨てない。


「そうか。作る期間は……ベルだと大体2週間ぐらいか。それで、大丈夫か?」

「構わない。私の事について、何も言わないんだね」

「ベルが決めた道だ、とやかく言うつもりは無い」


 目的は変わらない。でも、その為に何でも捨てる訳じゃない。時間はあるから今は一歩ずつ、ゆっくり進みたい。急いで進んで何かを取りこぼしかけるなら、ゆっくり進んで守りたい。それが、今の私の気持ちだ。

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