第二章24話 『化け物』
洞窟の奥、様々な思い出がある遺跡。蹴りの風圧であそこへ吹き飛ばした所までは見えたが、その先は見えてない。入り口を崩すように瓦礫も飛ばしたから、逃げられはしないけど。
「逃がすつもりも、ないけど」
小言を呟きながら、入り口を塞いだ瓦礫を短剣で叩き切る。技術も何も無い力技で短剣は砕けるが、もう関係ない事だ。
中へ進むと、吹き飛ばされた勢いのまま壁にぶつかったであろう血痕が1つと、少しへこんだ岩が残されていた。血痕は奥の暗闇まで続き、逃げていない事は分かる。だが、
「もし予想通りなら、ジェフは今頃……逃げてる」
この結論に至ったきっかけは、ジェフの目撃情報。男や女等に偽装出来たという点で、最初は変装上手なのかと思ったが、あの身体は変装上手どころの騒ぎじゃなかった。
「多分、あれが眷属……か」
セレンの魔術で見えた液状の身体。私も人の事を言えないけど、魔物としか言いようが無いあの身体に、理性のある頭。相反するこの2つを掛け合わせた存在が、多分眷属なのだろう。そうなると、色々と説明もつく。
「それよりも、まずは2人を……殺す」
逃げている可能性がある存在より、残った2人をまず始末しないと……考える事は歩きながらでも出来る。足元の微かな血痕を見ながら、洞窟の奥へ進む。灯りが無くても、不自然なぐらいに見えてしまう私の瞳を頼りにして。
「ますます、人から離れた存在になってきた」
身体の制限という鍵が開けられて以降、色々と人とは思えない機能が芽生えた。人知を越えた怪力の部分もそうだが、特に変わったのは私の瞳。前は見えなかった大気の魔力や、人の肌身にうっすらと纏う魔力すら見えるようになった。他にも相手の体温を感知したり、暗闇の中ですら物が見えたり……他にも試せば見つかりそうだが、とにかく完全に私は人じゃない存在になってしまった。
「それでも、守れるなら……化け物にだってなってやる」
もう、手に届く人間が傷ついたり、死んだりするのは見たくない。
洞窟を抜け遺跡までたどり着くと、生き残りの魔物と共に、背中と2人を発見した。魔物を下が得られるという事は、何かしらの魔術道具を持っている。そして、その魔力はもう見える……細剣使いの女が付けた首飾りの裏、ほんの少し色の違う魔力が漂うそこが、仕掛けか。
「全く、貴様の怪力は恐ろしいな」
細剣使いは傷ついておらず、反面革男からは血が滲み出して倒れている。どうやら、血痕の数から革仮面の男を盾にしたようだ。
「それで? ここからどうするの?」
「まずは、貴様を殺してから考える」
「そっか。じゃあ、その願いは叶えられないね」
「何が言いたい」
「もう、容赦しないから」
相手の構える前に、一瞬で詰める。でも、ここでこの女を殺しても、指揮を失った魔物が暴れだすから――まずは、魔物から。
「――は?」
細剣使いの女が信じられないものを見たかのように驚いているが、私も正直ここまで早くなったとは思わなかった。力を込めた一瞬で、魔物の間を通り抜けるような視界と共に――2足歩行の魔物へ体当たりをかましていた。
その一瞬の後にまき起こる衝撃と風圧。風化した遺跡の残骸を砂嵐として散らしながら、ぶつかった魔物は勢い良く吹き飛び、岩の壁へ身体を沈ませる。
「やばっ」
ただ、威力が高すぎたせいで、遺跡全体が揺れて崩れ始める。また似たような事だが、この身体に慣れないと。
「何……なんだ、貴様は……」
「私? ただの化け物よ」
私の対して恐怖の感情を抱いている細剣使いの女。まぁここまで人から外れれば、流石に化け物としか言えない。
「クソッ! 行け!」
魔物はあの女の言葉に反応して、一斉に敵対心を向けてくる。ある魔物は火を貯め、またある魔物は球体になり、ある魔物は火を纏って、ある魔物は高熱の角を奮わせる。でも、もう――
「負ける気がしない」
火を纏った狼のような魔物と虫の魔物は同時に突撃を始めるが、その熱量も、威力も、早さも見た。後は、基礎通りに――
「貫く」
手を細く立て、その切っ先で飛んでくる虫の魔物を貫く。1つ1つを確認して、衝撃で遺跡を崩さないよう丁寧に。
狼の魔物はその間に私の手へ噛み付くが、その口へ手を突っ込んで縦に裂く。中から溢れ出た熱を浴びて、皮膚の焼ける音と共に防具も焦げる。だけど、もう――人として偽る理由が無い。
「何なんだ……何なんだ貴様は!」
「言ったでしょ? ただの化け物だって」
魔物を蹴散らしながら女へ詰め寄るが、魔物が放った傷で私の身体は正体を現していく。
「その、身体――」
「何度も言わせないで。化け物って言ったでしょ?」
既に遺跡の一部が埋まり始め、熱を帯びた魔物の残骸はこの遺跡に明るさという名の現実を照らす。多数の傷と火傷で身体は赤黒く染まり、その奥からは金属の反射。
「貴方は、多数を傷つけて、多数を殺した。生かしておく理由が無いの、だから――死んでくれる?」
「ひ――」
相手の返答を出す前に、腹部へ掌底。最初の私の動きを全く目で追えてなかった時点で、もうこの女に勝てる要素がない。それに、負けてあげる理由もない。腹部を抉っている相手からは、私への抵抗なのか粉のようなものを振りかけてくる。
「あ、ぅあ……」
「あいにくだけど、毒は効かない身体なの」
この女が、毒を振りまいた犯人。セレンを、傷つけた――実行犯。
「き、さま……」
「まだ、喋れたの。でも、抵抗するって事は……まだやる気なのね?」
「嫌――」
恐怖の顔をした女の顔面へ膝を入れる。頭を撒き散らさないように加減した蹴りでも、相手の身体は多数のすり傷を付けながら飛び、皮肉な事に革仮面の男の死体がクッションとなりその勢いを止めた。
「――最後まで、盾になってくれたわね?」
「嫌……たす……けて……」
「助けて、か」
近づいてくる私に対して、泣きながら懇願してくる彼女。でも、遅すぎた。既に許せる範疇を越えている。
「そうやって、助けてって声を踏みにじって、地下牢にいた人達を殺したんでしょう?」
「ぇ……ぁ……」
私から必死で逃げようと、這いつくばって腕を動かす細剣使い。そこに最初の面影は全くなく、自分が殺される側になった途端に逃げ出す様は、ただ醜い存在にしか思えなかった。
「だから、貴方も同じ」
「やだ……やだぁ……」
「泣き喚いても、許さない。それだけ、貴方は人を殺しすぎた」
全力で握られた拳が女の顔面へ飛び、赤いものを周囲へ撒き散らす。身体は一度痙攣を起こすが、少しの時間を置いて完全に沈黙した。やっぱり、簡単に人を殺せてしまう――その手に砕け散る頭の感覚を残して。
「これで、終わ――」
「赤い、赤いなぁ!」
既に半壊し始めた遺跡で、突然目覚める革仮面の男。だけど――
「赤い! 凄く真っ赤だぁ!」
その場で細剣使いの死体を切り刻み始める。既に死んでいるはずなのに、何度も……崩れた岩が足を砕いても、切り刻み続けている。
「楽しい! 赤色がいっぱいだ!」
「私も大概だけど……貴方が一番、壊れてるわね」
その言葉にも反応せずに身体を真っ赤に染めていく男。
「……もう、終わりね」
革の男を放置して、崩れ去る遺跡から外へ出る。岩が肉をすり潰す音すら拾う、良すぎた耳を呪いながら。




