第二章23話 『大切な』
「さて、マルクの情報を話してくれる?」
奥の方で戦っていたであろうアシュレイを軽く投げ飛ばし、こちらへ詰め寄ってくる3人。どう動く……どう動けば、助けられる。
「まだ抵抗する気でいるの?」
私の目を見ながら、アンゼリーネは挑発的な表情で私を煽る。あの女がどれくらいの実力なのか分からない以上、変に動けば詰み。まぁ今も詰みみたいなものだが、抵抗出来る分マシだ。
「まだ、私が倒れてない」
「そう。じゃあ、貴方を倒せば教えてくれる?」
煽るだけ煽って1対1を持ち込まれた。私にとっては人質という枷が無くなる事で、立ち回りやすくなるが……そこまでの自信があるのか。
「えぇ、あの2人へ手を出さずに私を倒せば、教えてあげる」
「分かった。戦闘中には、手を出さない。それで良い?」
「……異論はありません」
あの強情そうな運び手の女が従った。どういう事だ……? 思考的には毒をばら撒く効率さを持っているのに、ここで引き下がる意味が無い。3人で襲えば、確実に私を倒せるはずなのに――そこまで、情報の優先順位が高いのか。
「じゃあ、戦おうか」
そう言って、アンゼリーネは素手で構える。何の変哲も無い、普通の構え。だからこそ、最大限の警戒だ。仮にも酒場のマスターである人間を倒せる人物、油断は絶対にしない。
短剣を構え、即座に首へ速攻。あの男がやった首筋の一撃をまず、起こす。
「へぇ? 人を真似るのが随分と得意なんだね」
首をひっこめギリギリで躱されるが、元より当てるつもりは無い。
「真似事で悪かったわね!」
本命は足元への蹴り。上に視線を振って下に撃ち込む古典的な一蹴。
「真似事が悪いとは思わないよ?」
それすらも、ギリギリで躱される。本来なら見えていない上に、上半身は反応すら出来てなかったのに、まるで私に合わせて身体が曲がっているような動き。
「でも貴方は、真似事には向いてないかな」
そう言いながら、腹部への衝撃。腕が動いていないはずのアンゼリーネから、突然打ち込まれる。その初動も、影も、全く見えなかった。
「……ぅあぁ……」
そのまま後方へ身体が浮き上がり、瓦礫の中に身体が埋まる。ただの打撃でこの威力。頭が霞み、視界も歪む。痛みがないはずの身体は軋み、悲鳴を上げていた。
「あれ? これで沈めるつもりだったんだけど」
軽い笑顔で近づいてくるアンゼリーネ。この感覚は前にも感じた――ジェフと対峙した時の感覚。これは、まさか……。
「でも、これで終わりだよ」
意識の外、後頭部からの衝撃。私の後ろには誰もおらず、仕掛けが分からずじまい。それでも、初撃と同格のダメージ。考えていた頭の思考が衝撃で消し飛び、視界が一瞬黒く落ちた。
「ぁぅ……」
首元をやられたのか身体全体が痺れ、腕も足も力が入らない。動くのは口元だけ。一瞬黒くなった視界も、ぼやけてアンゼリーネ達が二重に見える。
「さて、私が勝った事だし……マルクの事、話してもらえるかな?」
今話せば……必要なくなった私達を殺すはずだ。
「嫌……だ……!」
「負けたら教える約束でしょ?」
「どうせ……殺すでしょ……」
「うん! いらなくなったら処分するでしょ?」
平然と言ってのけるアンゼリーネ。もう、抵抗する手段は無いが……私の身を犠牲にしても、時間を稼がないと。今死ぬか、後で死ぬかなら……セレンを逃す為に今、命をかける。
「ふざけんじゃ、ないわよ!」
「あれ? こっちもまだ生きてたんだ」
霞む視線のまま横を見ると、セレンが血を吐き出しながらもその両足で立ち上がっていた。
「セレン……やめて……」
「うるさい! あんたが、勝たないと、意味無いでしょ!」
血まみれの口元、ふらつきまともに立っていられないはずの足。それなのに、アンゼリーネ達に剣を向けるセレン。
「うーん、2人もいらないし、どっちか殺しちゃおっか!」
――ダメだ。私へとターゲットを変えた以上、あいつらは私が情報を持っていると確信している。つまり、殺すのは私よりも……セレン。
「殺せるなら、殺して、みなさい」
――セレンもそれを分かってる。私の身体の事も、何もかも知って……知った上でセレンは命を、私達を守る為に散らそうとしている。
「ふーん。良い度胸じゃないセレン?」
アンゼリーネは満足に動けないセレンの首元を片手で掴み、持ち上げて絞め始めた。
「あ、が――」
私の視界は鮮明になっていき、その様子の細部が……残酷に死を告げていく。全く動かなくなったアシュレイ、首を絞められもがき苦しむセレン。そして全身が軋み、瓦礫とダメージで動かせなくなってる私。それでも、セレンの瞳には諦めではなく、何かを決意した瞳だった。
「どうする? このまま、貴方が喋らなければ、この子は死ぬよ?」
「あーあ、終わっちゃった。つまんないね? エウちゃん」
「……あの人にかかれば造作も無い」
そして、見える魔力の線。それは白色で微弱ながらも紋様を描き、震えながらも魔力が動く。まるで、今ある命を燃やして描いているような――
「ねぇ? 口はまだ聞けるんでしょ? どうするの?」
――動いて、私の身体。
「もう諦めちゃったのかな?」
――セレンが描いた最後の魔術までに、動いて。
「ねぇエウちゃん。この男を切り刻んでも良い?」
――私の大事な、相方を。
「あぁ、良いぞ。オレ達が欲しいのはこの女2人で、男は関係ないからな」
――私の身体を拒絶しなかった人を。
「そんな、余裕を、かましていいの、かしら? アンゼ」
――私に出来た大切な友達を。
「――守らせてよっ!」
瞬間、身体への力が開放されていく。まるで、身体にかかった制限が外れていくように、身体へと感覚が戻る。瓦礫から突如として立ち上がった私に、相手も自分自身も、この現象に頭が追いついていない。だけど、今やるべき事は分かる。
――大事な友達を、死なせない。
「――っ! ヴィード! エウラリア!」
「やらせない。アンゼ、いや……ジェフ!」
細剣使いと仮面の男の静止。それを無視し、最後の魔術によって崩れ落ちるセレンと、それによって身体が液状に溶けるアンゼリーネの元へ飛ぶ。戻ってきた力は、とてつもない怪力で周りを吹き飛ばし、視界と身体は一瞬でセレンと液体の間へ割って入る。
「セレン! ねぇ、セレン!」
「うるさい、起きてるわよ、馬鹿」
ボロボロの身体を抱え込み、持ち運んだ時と同じような状態で、その場から離れもう一人の重傷者の元へ飛ぶ。
「セレスティア=ズィルを渡せ。ベル=ウェンライト」
意識を飛ばしていたアシュレイも、既に意識を取り戻し、どうにかしようと気を伺っていたようだった。
「何をするつもりですか?」
「解毒薬なら、ある。その2人も、元々悪さをしていたからな……それでも、生きるか否かは本人次第だ。かなり毒が回っているから、な」
「……なら、そのままセレンをお願い出来ますか?」
解毒剤を取りだすアシュレイにセレンを渡し、背後にいた3名へ向けて、壊れていた瓦礫を蹴って吹き飛ばす。なるべく、遠くへ飛ぶように。
「1人で、終わらせるのか。ベル=ウェンライトよ」
その飛ばされた場所へ足を運ぼうとした私へ、アシュレイは話かける。あの人達を残しておいたら、また同じ悲劇が出てしまう。そういう建前があるけど、本音はただの怒りだ。セレンが死にかけた事に対する。ただの怒り。
「……私は、あの人達を許せそうにない」
人ではない化け物が残虐に殺す様を、他の人には見せたくないから、たった一人で赴く。吹き飛ばした先にある、あの遺跡へ。




