第二章22話 『相手の実力』
半壊した部屋へ咲く凶刃の火花、それは金属音と共に衝撃となって響き渡る。剣が空を切り、一歩間違えれば死を招く緊張感。その空間を、崩れた天井から月明かりが照らしていた。
「エウちゃん。こいつらやるねぇ」
「全く、面倒だ」
相手は全く息を切らさず、戦う前の場所まで戻って、対面し直す。それに対して――、
「ハァ……ハァ……」
私の相方はその剣を地面に突き刺し、杖のように身体を支えながら苦しそうな息を上げ、口元からは赤色が再度滲み出している。体力温存で運んだとは言え、ダメージは蓄積されたまま……長くは戦えない。
「ベル。ちゃんと、私を、戦力に、数えなさい」
その言葉とは裏腹に既に立てなくなり始めたのか、座りこんだ。それでも、その瞳にはまだ熱を宿している。
「分かってる。だから、私の背中をお願い」
現状セレンの体力が無くなっている以上、私側が攻めてあの2人をひきつけないと。確実に今狙われる対象はセレンだ。
「作戦は決まったかい?」
考えが纏まる前に、革の仮面はセレンの方向へ突っ込んで行く。戦う前の一悶着から見て――この革男は少し壊されている。緑の国で見た、変装した男と似たような感覚。そうなると、
「赤色を見せてくれよぉ!」
守ろうと間に入った私に飛んでくる首筋への斬撃。最初の攻撃と全く同じ軌道、速さも全く同じで、このままだったら簡単に防げるものだが――
「世話が焼ける!」
後方から少し見えた反射の光。細剣がコートの隙間から、斬撃よりも早く飛んでくる。斬撃と同時に防御できない絶妙な場所、腹部の中心部を狙って。避けてしまえばこの攻撃が、そのまま後ろへ飛ぶ。なら、
「片方だけ! セレン!」
食らっても機械の身体として耐えられる斬撃を手甲で防御し、万が一の致命傷がある刺突は後ろに流す。自動人形とはいえ、自分の身体を分解なんてした事ないから……最悪一撃で機能停止するかもしれない。全身に鎧を常備しているような私に、刺突は天敵だ。
「はい、よ!」
座っているセレンの顔面に飛ぶ細剣。それを剣の腹を使い、慣れた手つきで防御しながら剣を運び手の女の足元に差しこんで、持ち上げる。セレンと戦った時に見た、防御しながら体勢を崩す技。これは好機――手甲で止まったままの剣に対して、手の平を反して下に弾く。そのまま、下に落ちた手を構え、あの細剣使いに一発撃つ。
「チィッ! ヴィード!」
「はいはいー」
体勢を崩す細剣使いの前に立ち塞がる革の男。それでも関係無い、相手が変わろうが掌底を撃ち込む。硬い感触と鈍い音、完璧に胸元へ入ったと同時に吹き飛ぶ男……だが、
「痛いなぁ。俺、こんな趣味は持ってないんだけど」
何事も無く平然と立ち上がってくる。急遽だったから力は込め切れなかったけど、それでも完璧に入ったはず。なのに、軽く痛がる素振りだけで、ダメージが全く入っていない。胸の骨が折れた感触も、音も聞こえたはずなのに……
「多分、あの男、痛みを、失ってる」
後ろから聞こえる解答。横目から見ていた私より、対面していたセレンの方が何か掴んでいそうだ。
「どういう事?」
「あのクソ趣味革野郎に、ダメージを与えても、平然な顔して、また攻撃してくる。多分、痛みに慣れているとか、そういう類じゃない。痛みの感覚を壊されてる」
息を切らしながらも、説明を続けるセレン。それにしても痛みを感じない身体……それが本当なら、かなり厄介だ。普通の人間なら痛みによって相手の行動に制限を掛けられるが、それが無くなる。その上で、壊されているとなると……あれは、死ぬまで止まらない獣。
だけど、それだけならセレンはここまで息を切らさないはず。あの魔術でダメージが入っているとはいえ、あの細剣使いを崩した技のような事を続ければ、体力をそこまで消費しない。
「他には?」
「あの革野郎の本体は、剣じゃない所。これが要所要所で飛んでく――」
「ヴィード! 相談時間を与えるな!」
「はいはいー」
相談途中に、再度飛び込んでくる革の男。話を遮られつつもセレンから投げられた本体を受け取り、2回戦目。
また、飛んで来る首筋への攻撃。まさか、この男……速度だけで技という技を教えられていない……? 最初の不意討ちも、次の攻撃も、全て最初に首筋を狙っている。しかも、防いで分かった事だが、狙いが首というより首を掠めるような軌道だった。一体何が狙いだろうか。
『――赤く染めてあげるよぉ!』
この男の思考は、血液か? でも、同じ攻撃で同じ軌道を描くなら簡単に防げる。
「これで終わ――っ!」
容易に防御出来るなら反撃も仕掛けやすい、そう思っていた。殴った際に一瞬見えた革コートの中身を完全に理解するまでは。
革の黒コートから伸びる一筋の線。それは明確に私の無警戒だった足元へ飛び、金属の隙間を貫いて動きを阻害させられる。私も痛みは無いので、首筋の一撃を止める事は出来た。が、突き刺さったものは左足から地面まで貫通し、横への動きを封じられる。
そこへ飛んでくる、細剣使いの刺突――左胸を狙った一撃は、殺すための一閃。横へ躱そうにも針のせいで一瞬遅れてしまうので、間に合わない。
「それなら、こう!」
咄嗟に持った短剣の鞘で、相手の一閃を右にずらす。そのまま右足を軸に横へ勢いを付け、鞘を左にもち変える。この攻撃をするのは始めてだが、受けた際のイメージをそのまま、
「抜刀術!」
右手で鞘から抜いて、回転の勢いそのままのカウンター。既に刃こぼれの多い短剣で、この勢いだと折れる可能性もあるが、四の五の言ってられない。このまま切ろうと思ったが、突如として現れる液状の壁。その壁は短剣の勢いを殺し、それでも残った衝撃で細剣使いは少しだけ吹っ飛ぶ。
「全く、これを使うハメになるとはな……使い捨てなのだが」
突然の異常性に危険を感じ、後ろに飛びのく。下がったのと同じぐらいのタイミングで、液状の壁は私の攻撃を弾き返すかのように、トゲのようにな形に変えて私の眼前を掠める。
「ほう? 躱すとは」
トゲへと変化した液体は、そのまま形を失い地面へ消失。そして三度構えなおす。
「あれも、スクロールよ。他にもあるだろうし、何が出るか、分からないし、気を付けて」
息切れを続けながらも、セレンが説明をするが……様子がおかしい。休憩をしているなら、少しばかり息切れも治るはずなのに、見た感じだとむしろひどくなっているような。
「ベル、気にしな――」
そう言いながら咳き込むセレン。そして……咳と同時に吐かれる鮮血。それを見て、疑惑から確信に変わった。これは、確実に何かが起こっている。
「セレン! 大丈夫なの!?」
「大丈夫、よ」
そう言うセレンの声は弱々しく、顔色も悪い。魔術の影響にしては、明らかに遅いダメージ。それに、裂けるような傷も無い。これは――
「貴方達の毒ね」
「貴様に答える義理は無い」
細剣使いか、革仮面の男……どっちかの毒。そして、セレンはどっちの攻撃も受けていない。という事は多分、この空間へ既にばら撒かれている。だが、無作為にばら撒かれた毒ならあの2人も食らっているはず。つまり、解毒剤があるという証明へと繋がる。
「……あまり時間をかけていられない」
「ねぇエウちゃん。俺達、舐められてない?」
「この状況で、まだ勝つ算段を立てるか。醜いな、貴様」
吐血なんて状態を促す毒……早い段階であの2人を倒さないと、セレンは毒で死ぬ。解毒剤自体はあると思うが、今現在あの2人が持っているかは不明。抱えて逃げるのもありだが、今度はアシュレイに負担が掛かる。それに、逃げたとしても毒が抜ける保証も無い。それでも、今私が諦めたらダメだ。
――だが、現実は容赦なく突き刺さる。
「あれ? まだやってたの?」
後ろから現れるオッドアイの女。アンゼリーネがアシュレイを抱えて歩いてくる。
「――逃げ、ろ。ベル=ウェンラ――」
「敗者は黙って大人しくしてろ」
既に力無く引き摺られるままのアシュレイの腹部へ、容赦ないトドメの一撃。
「残ったのは、君だけか」
絶体絶命。それでも、まだ……心が折れたらダメだ。絶対に、助けないと――




