第一章4話 『特別授業』
――見慣れた天井と外の日差しで目が醒める。
少しの眠気と共に寝具から身を降ろし、起きる為の支度をこなす。
「……結局1本も取れなかったなぁ」
流水で身体を洗いながら、昨日の事を鮮明に頭の中で映像化する。1本も取れないどころか、ほとんど動かれてすらいない。アリアさん側からは攻撃もしていないし、防御という防御をさせたのも2回程度、それくらい高い壁だ。
でも、そこに啖呵を切ったのだからしっかりしないと。そう心の中で唱えながら私の姿を映す壁を水色の瞳で睨み付け、私自身の頬を両手で叩く。
「――ッ! よし!」
姿写しの私は頬を少し赤く刺し、その痛みは私の頭を覚醒させ、水が滴った栗色の髪を柔らかな布で乾かしつつ、その足で台所へ向かう。
自前で朝の料理を作るのは、リナ姉から教わった事だ。予め寝かせておいた生地を焼きながら、いつものように野菜を切り、一人用の小さな鍋に入れて煮込む。
「こう言う事はリナ姉から教わったのよね……」
リナ姉の父親特製のソーセージを焼き、一人考え込む。思えば私は色んな事を教わってばかりいる。料理も、戦闘も、そして今日の事も。
少し香ばしい香りが漂い、それがちょうど良い焼き加減だと告げてくる。それと同じく油の跳ねる音とグツグツ軽く煮えた音は朝食の合図を指し示した。
焼き上がったソーセージとパンをテーブルの上に並べ、野菜のスープを付けて、完成だ。
「いただきます……っと」
焼き立てのパンを口に運び、麦の味を噛みしめる……いつもの味だ。
最初に作った物はとても食えた物じゃ無かったが、今では美味しいと思える味には成長している。それでも、リナ姉には敵わない。
身体が弱いからいつも自室にいた結果、料理という趣味が出来るのは自明の理だった。そして何処からか取り出した秘蔵の料理本を見てから、腕前が街一番になっている。日頃の鬱憤を晴らしているとリナ姉は言うけど。
続いて野菜のスープとソーセージを口へ運ぶ。これも美味しい、いつもの味。
野菜はこの土地柄なのか、良く成長した物がいつも採れる。木も良く成長し、この国には林道も多い。理由は分からないが、この国の名産品にもなり、木と野菜は貿易にも使う、とリナ姉に聞かされたっけ。
ソーセージはどう言うわけか、リナ姉の父親が毎週送ってくる。味は様々で基本美味しいのだが、何でソーセージなのかは、リナ姉も知らない。そして一人じゃ食べ切れない量なので、私も一部貰って朝食にしている。
「ごちそうさまでした」
作った物を全て食べ終え、空になった食器を台所へ持っていく。
「一体何者なんだろう……リナ姉の父親……」
食器を洗いながら、考えてしまう。ソーセージを毎週送る時点で変人奇人の類なのだろうけど。どうして有能な人はこう、癖がある人ばかりなのだろうか。
「いってきます」
食器を片付け急いで外への扉に手をかける際、誰もいない部屋に向かって呪文のようにポツリと呟く。
癖で出てくるそれは、今でも私の親を思って出る物なのか、私でもよく分からない。親と楽しくしたという思い出はあっても、これといって親との記憶が無い。ただ楽しかったという気持ちが残るだけだから――
扉を開いたその足が向いたのは宿屋、時間にはまだ余裕があるし聞きたい事も出来た。寄り道するには丁度良いけど、果たしてウィルは起きているのか。
「よぉ、ベル。奇遇だな」
宿屋へと近づいた時に丁度外へ出るウィルの姿。私に気付いたウィルがこちらへ身体を向けて手を軽く振る。私は時間には余裕があるが、一応用事があるので手短に済ませようとさっさと用件を言う。
「ウィル、会ってすぐに悪いんだけど、少し質問があるの」
「必要なら呼んでくれ、っては言ったけども昨日の今日で何かあったのか?」
少し真面目な口調にウィルも応えるように真面目な顔をする。まぁ、アリアさんの体調不良が起きた理由を聞きたいだけなんだけど――。
「アリアさんが、ウィルと戦った後に体調不良を起こしてて……原因が分かったりしない?」
「うーん……多分だが、『魔力酔い』だなそれ」
魔力酔い……また聞かない単語が出てきてしまった。でも、酔いという事は多分、
「魔力酔いって……馬車酔いと似たような物?」
「お、良く分かったな。大体同じだ。直接的な原因は違うんだけどな」
そう言って、ウィルは説明を続ける。
「魔力酔いってのは、簡単に言えば魔力に酔った状態だ。じゃあ何で酔うかって言うと、魔法や魔術を使った後に残る通称『魔力の残滓』が原因って言える」
「魔力の残滓? 魔力が残るって事?」
「そういう事。魔法や魔術を使う際に魔力を集めないといけないのは前に言ったろ? あれから術式を展開をして魔法や魔術を放つんだが、どうしてもちょっと変換できない魔力がそこに残ってしまうんだ。それを『魔力の残滓』って言うんだよ」
説明口調で喋っていたウィルが、朝食であろうリンゴを取り出し、少しかじった。朝食それだけでいいのかと心の中で思いながらも、それは抑えて話を振る。
「それで、その魔力の残滓がどう悪さしてるの?」
ウィルはかじったリンゴを少しあわてたように飲み込み、その話に答えた。
「その魔力の残滓は大気中の魔力と違って濃いんだ。俺達魔術師や魔法使いは魔力に慣れているから大丈夫なんだが、慣れていない人だと気持ち悪さが出る。詳しい事は俺も専門外だから分からないが、魔力に慣れていない人がなる生理現象で害は無いし、慣れたら平気にもなる。心配は無いさ」
アリアさんが病気にかかった訳ではなく、ただの酔い。そんなに影響も出ない事に一安心した私の顔を見て、ウィルは少し得意気に胸を張りながら続ける。
「他に聞きたい事はあるか?」
「今はこれだけで大丈夫。でも今後も何か魔法や魔術で聞く可能性があるかも」
「ん、分かった。じゃあ俺はスーの情報を探すから、またな」
そう告げて、すこしかじり跡が付いた果物を再度食べながら、街の外へ歩き出すウィル。その後姿を少し眺めた後に、本来の用事に向けて歩き出す。少し遅れたかもしれないし、早足で――。
少し急ぎ足で歩いている私へ、同じ目的地へ向かう子供はトコトコ歩きながら、無邪気な顔で挨拶を交わしてくる。
「おはよーせんせー」
「はい、おはよう」
今日は月に2回ある、子供達へ勉強を学ばせる日だ。そして、私はそこで先生をしている、リナ姉達と一緒に。
この施設は昔、病気を治そうとリナ姉は世界を旅していた。その際に小さな子供が、何も出来ずボロボロの状態だった街があり、それを見てリナ姉が子供達に知恵という武器を教える為にこの施設を作らせた。私との出会いの場所でもあり、今では先生の一人としてリナ姉達とこの施設を運用している。
こうして子供達と一緒の場所へ向かうと、そこにはリナ姉とアリアさん、そして見知らぬ少年が私を待っていた。
その少年は少し人とかけ離れたような淡い水色の髪色をしており、旅商人や冒険者を見てきた私でも特に異質な人のように思えた。服装から見て冒険者とは思うが、髪色と同じく青い雰囲気というか、青いもやが少年の全身を覆っているような、それがひどく現実とかけ離れた感じに見えた。
「あれ、リナ姉とアリアさん? まだ約束の時間には早いけどどうしたの?」
「ベル、あなたを待っていたの。あなたに用事があって――」
「良い、続きは我が話す。ベル=ウェンライトよ、お前は父親の事を覚えているか?」
唐突に聞かれた私の両親の事。父親がどういう人なのかは私は何も知らず、また見た目的に10歳ぐらいの少年が何故父親を知っているのだろうか。それに、かなり高圧的な口調が私に疑心を生み出させる。
「……誰か分からない人に答える義理は無いです」
「ベル! この人は――」
「我の態度がそぐわないのであれば謝ろう。悪かった。だが、我のこれはもう癖でな、直そうと思っても中々直らんのだ、許してくれ」
やたら流暢に語彙力高く謝る見た目10歳ぐらいの青髪少年。そのあまりにちぐはぐな存在に思わず頭を傾げる。この子、一体何歳なのか……。
「えーっと、とりあえず名前から名乗ってもらっても良いです?」
この少年に気圧されて、つい口調がおかしくなってしまう。その喋り方で少年との間に張り詰めた圧力が嘘のように消え、少年は高笑していた。
「ハッハッハ、いや名乗ってなかったな。我の名前は『マルク=パルヴィス』マルクで良い。それで、再度聞き直す、ベル、お前の父親は記憶の何処かにいるか?」
マルクと名乗った少年は、毅然とした態度を崩さず、再度父親の事を問う。だけど、私には――、
「ごめんなさい。私には、両親の顔や記憶が何も無いんです。思い出や一緒にいた頃の気持ちは覚えているのに……」
「そうか……無理に思い出さなくても良い。ベルに記憶が無いなら、それも……」
マルクは少し言い淀む。その顔と雰囲気は何処か悲しそうで、未練があるような悔しさが滲んでるものだった。
少し重い空気が流れ、その中で私の両親に付いて知っている事聞こうとした言葉を遮るように、
「せんせー! もう少ししたら時間だよー?」
遠くから私達を呼ぶ幼い声が聞こえ、マルクが少し背伸びをしつつ日陰に歩を進めていく。
「行ってくると良い、我は逃げぬよ」
そう告げたマルクは建物の日陰に腰掛け、私達を払うかのような手振りで背中を押した。そんなマルクに軽く一礼をし、早足で子供達――生徒の元へ赴く。
「はい、じゃあ授業を始めるよー」
この言葉と共に市場が活発になる朝の鐘が鳴った。




