第二章17話 『緊急事態』
太陽が登りきり、料理のいい匂いが漂い始めるお昼頃。私は大通りにあるちょっとした広間、旅商人が集う場所……を遠くから監視できる場所まで足を運ばせた。
『ベルー。なんであんただけ遠くから監視してるの?』
「理由は来る途中に話したでしょ? 望遠鏡を合わせるからちょっと待って」
セレン1人を旅商人の広間に向かわせて、望遠鏡の距離を合わせる。
『と言うより、この距離で弓は大丈夫なの? ちゃんと当たる?』
「一応は……大丈夫」
弓は不得意なのだが、折れかけの短剣と1発しか放てない拳よりマシだ。それに、バンジャマンとの戦闘で、思ったより狙いを引き絞り過ぎなくても当たる事が分かった。あの時は夢中で分からなかったけど、今なら多分……当てられる。
「セレン。逆にそっちは大丈夫なの?」
『今の所は普通だよ。あんたの眼もあるし』
私は一度ジェフと対峙している。だから今私があそこへ向かった際に、起こりうるリスクが高い。そしてこの魔力の視える眼。これを人混みが凄いあの場所で確認しようにも、人に阻まれて視えない場合がある。魔術師の魔力までは視えないとしても、魔法使いなら判別可能……無論、あの魔力容量を持つジェフも。
「にしても……凄いねこれ」
『私の自信作! 遠距離からでも会話出来る装置! って言っても、酒場にあった魔術本を読んで、その通りに作っただけなんだけど』
「こんなのが載ってる魔術本って大分貴重なんじゃ?」
『読むだけだから、多分セーフよ』
ピアスのような魔術道具を付けた者同士、離れていても会話が可能な物。正確にはメインとなる本体と、それに連なる部品のような物だが……私が付けているのは部品で、会話を飛ばせる本体はセレンが付けている。言ってしまえば、セレンの本体が壊れたら会話が途絶えてしまう。
「セレン。魔術本を仕入れてる人は見つかった?」
『……今日は来てないし、他にも本を売ってる人はいなさそうかな』
「そっか。これ以上粘ってもあまり得にはならないかな」
『了解。じゃあ、次の所に行くよ』
このまま合流をせずに、次のポイントまで向かう。合流すれば、セレンも関わっている事がバレてしまうので、出会う事は出来ない。
今のターゲットは間違いなくセレンより私……その私が1人というリスクはあるが、リスクが全く無い作戦は存在しない以上、誰かが帳尻でリスクを背負わないといけない。といっても、アシュレイの遺跡や宿屋で起きた事がジェフ側にバレていない前提の話だが。
「次のポイントに着いたよ。セレンはどこ?」
『もうちょっと待ってて、今来客中だから!』
その声の向こうから、男のうめき声が聞こえる。まさか――、
「セレン、もしかして襲われてる?」
『少しだけね。そっちも気をつけて、周りから見えないような場所で襲われたから……多分ベルの事にも気付かれてる。場所は分かってないと思うけど』
「いや……バレたかな、これ」
「何を話してんだ。お前」
次の場所――道具屋を狙える、路地裏近くで廃棄された建物の屋上。その背後から聞こえる男の声……どうやら、私の場所もバレたみたいだ。周囲を見渡しても強い魔力が視えない事から、あの化け物は今この辺りにいないみたいだ。
「セレン、こっちにはジェフがいない。注意して」
『了解。終わったらまた連絡する』
切れる魔力と共に、声が聞こえなくなる。それと同時に背後にいる男達へ体を向けた。
「ここは貴方達の場所?」
「どうだっていいだろ! てめぇは目立ち過ぎてるんだ!」
相手の数は2人。そしてこの言い方から察するに、多分、
「私は貴方達と敵対するつもりは無い。ジェフという存在に苦悩しているのは貴方達もでしょう?」
「うるせぇ! 俺達だって、あんな奴と組むつもりはなかった! でも、てめぇが手を出して……あの事故が起きた!」
男が言う事故は多分、ジェフとの戦闘で起きた瓦礫による被害。私の名前もジェフの名前も伏せられて事故として処理されているとは思ったが、流石に近くにいた人間にはごまかせない。
「それは……私の力不足だった。ごめんなさい」
頭を下げた私の謝罪に飛んでくる刃。頭を叩き割ろうとした斧の一撃を中に躱しつつ、相手の鳩尾に掌底を撃ちこむ。
「でも、命を捧げるつもりは無いよ。私もやる事はあるから」
苦しむ声をあげて、倒れ込む男。それを抱えながら、もう1人いた男へ警告を与える。
「私だって、犠牲を極力出したくない。でも、貴方達がやるなら……命の保障はしないよ」
「……くそっ」
私が最大限出した本気の殺気に撃ち負けたのか、抱え込んだ男を渡すとそのまま背負って帰っていった。私だって今殺されたくは無い……でも、あの事故を起こしたのは――
『ベルー。終わったー?』
「……こっちは終わった。そっちは?」
『とっくの昔に終わって、あんたの邪魔しないように黙ってた』
望遠鏡を取り出して道具屋のある方向へ覗くと、既に戦闘が終わっていたセレンが道具屋の前で待機している。それにしても、今不必要で余計な事を考えてしまった。
「こっちも確認できた。入っていいよ」
『分かった』
一応私も周りを警戒しつつ、セレンの行く末を見守る。流石に道具屋へ弓は……窓ぐらいしか通す場所が無い。その窓も、お客さんとしてのセレンが見えるだけで、店主は見えない。
『なぁおやっさん! この本って何処から取ってるの?』
『それは――』
セレンの声は聞こえるものの、店主の声は遠すぎて聞こえ辛い。これを判別するのは無理だ……。途切れ途切れの声とセレンの声が、情報元の無い耳鳴りとなって頭を反響する。
「セレン。少しの間、これ切って」
『あぁもう! 何で分かんないのかなおや――』
私の声が届いたのか、途中でブツ切りとなるセレンの声。窓から覗くセレンの姿から察するに、難航しているようだった。
――そこから突如として見える、私を狙った魔力の線。
「ちょ――っ!」
油断した私へ飛んでくる赤い魔力の矢。早めに視て後ろに飛んだ事で矢から逃れる事は出来たが、追尾が付いていた矢は屋上の縁に刺さり、爆発した。
「これは不味い」
突如として起こった急襲――これは多分、私の位置を特定する為の一撃。それなら次は、殺すための魔術が飛んでくるはず。
「うわっ、何あの魔力」
殺すための攻撃が飛んでくるのは予想出来たが、集まった魔力で空間が揺らめく程の威力は聞いてない――
『ベル! 聞こえる!?』
「セレン。そこから逃げて。今私もヤバいから」
『でしょうね! 私からも見えるわよ! あんた何やらかしたの!』
「私に言わないでよ! あんな魔力――」
『自分に任せろ』
突如として割り込んで聞こえる、別の人の声。しかも、この声には覚えがある。
「お前達。少々この国で派手にやり過ぎたようだな!」
魔術道具を通さなくても聞こえる男の大声。その人物によって魔力の狙いが私から男へ変わる。
『セレスティア=ズィル、ベル=ウェンライトよ。たった今正式に依頼が出た。内容はアンゼリーネ=オドネルの救出、そして……今起こっている事件の元凶、ジェフ達の撃退だ。出来るか?』
「当然」
『当たり前よ。それより、そっちは任せていいの? アシュレイ』
『あぁ。今回は自分も動けるが、注意しろ。この魔力はスクロールで、置いた本人は別に逃げた。その意味は分かるだろう?』
それは、私達を殺しにジェフ達が本格的に動き始めた事を意味している。
『アシュレイ! ジェフ達の居場所は?』
『残念だが不明だ。そちらで探してくれ』
「元より初めから、潰すつもりでいた」
『威勢が良いな、ベル=ウェンライトよ。では、頼むぞ』
こうして、急速に動き出す事態。ジェフ達が居る根城まで走り出す私は、アシュレイ達の様子を最後まで見る。建物で視線が塞がれる直前に見えた光景、魔力の揺れは大量の魔物を生み出し、大通りはある種のパニック状態に変わっていった。
『でもベル! どっちに向かうの!』
「……もう1択まで絞られてる。革防具屋まで行くよ」
『……分かった。考えがあるなら、乗るよ』
あの襲ってきた暗部の人達で確信に変わった。あの路地裏の道具屋が黒なら、襲う人間は確実にジェフの息がかかった人間になる。なのに、あの人達は私を殺さずに下がった挙句、話も通じるタイプだった。つまり、残されたあそこが……黒。
そして、走る眼前にも魔力の揺れ。急がなければ、とんでもない事態になりそうだ――!




