第二章16話 『ズィルとアンゼ』
太陽も月明かりも刺さない遺跡の奥。すすり泣く声も止まった静寂な空間の中、気持ちが落ち着いたセレンは少し吹っ切れたような顔で口を開く。
「……ありがとな、ベル。少し、楽になった」
「お互い様でしょ? 感謝なんていらない」
そして、再びの沈黙。セレンの方を見ると、悩んでいるような苦しい表情を浮かべていた。きっと、セレンの過去を言うかどうかを迷っているのだろう……そして、意を決したように語り始める。
「……私がズィルって名乗ってる理由は知ってる?」
「知らない。けど……予想は出来るよ」
セレンは最初、ズィルと呼ばせようとしていた。そして、セレンって呼び方をやけに嫌がっていた。最初は恥ずかしがってるとか思っていたけど、セレン自身の部下にすらズィルと単体で呼ばせるのは少しおかしい。ズィルって名前なら後ろに敬称が付くはずなのに……部下にすら呼び捨てなのは、ある可能性を浮かび上がらせる。それは――、
「ズィルって、セレンが昔所属していた部隊か何かなんでしょ? そして、そこでセレンと呼ばれていた……違う?」
「……正解だよ。私はズィルって盗賊の集団に拾われた捨て子なんだ。親の名前も、生まれた町も知らない……覚えている最初の記憶から、もうズィルだった」
盗賊団。緑の国でも一定数存在した、今の国の有り方に抗う集団。訴え方は決して褒められたものじゃ無いが、アシュレイに言われた『誰が悪なのか誰にも分からない』。そして、この集団の根底にあるのはここにしか居場所が無かったという感情。そしてこういう時、決まって腐らせる存在は一番上……よりも真ん中の人間。
「盗賊団の事は全く分からない。けど、拾われたって事は……一番上のリーダーに何かさせられた?」
「……子供の頃から教育という名の殺人をやらされた。殺しで心を動かさないように……何度も、何度も、男も女も関係無しに……殺した」
これは、思った以上の闇が出てきた。きっと、ズィル盗賊団の狙いは人殺しという行為に罪を感じない兵士の育成。加えて子供なら油断も生まれるし、相手が妻子持ちなら効果も高くなる。仮に死んだとしても、凶器さえ隠せば被害者の顔が出来る。誰も、子供が殺すなんて考えないからこそ合理的な判断……最低の倫理観を除けば。
「それで、ズィルで殺人を繰り返した……でも、それならズィルを名乗る必要は無いんじゃない?」
「そこで済むなら、私もズィルを名乗らないよ。でも、名乗らないと――」
「部下である……ズィルの捨て子を守れなかった?」
「分かってるなら、聞かないでよ……」
「確証を持って言ってないよ? これでも予想」
そもそも疑問だった。アシュレイがズィルを、ずっと咎めなかった理由。セレンが部下と呼んでいた人は、大人数だと思っていた……だけど、今なら分かる。
この遺跡へ入った時、部下がいるなら――ここが根城なら妨害が入ると思っていたけど、それが無かった。つまりセレンの部下が小人数。それが全員ズィルの教育を受けた子達なら、セレンが先頭を切って守っている構図が生まれる。だから、アシュレイは咎めない。
「予想……ね。やっぱり、あんたが厄介なのは怪力よりも、その思考ね」
「セレンも似たような考え持ってるでしょ?」
「あんたみたいに、そこまで考えてないわよ」
「褒め言葉として受け取っておく。……それで、アンゼリーネ=オドネルは……ズィルを壊滅させた?」
「壊滅で済んだら良かったんだけどね」
壊滅以上の何かが起こった。セレンは1人の時に見ていた遺跡の壁を触りながら続ける。
「……アンゼと最初に出会ったのは暗殺の時で、その時はズィルの子供兵達を取り纏めるぐらいの立場だったの。でも、アンゼは魔術師で……当然、暗殺が失敗に終わった」
「魔術師……アンゼリーネから魔術を教わったのはそこから?」
「うん。暗殺が失敗しても、アンゼはケロっとしてて……私に色々教えてくれた恩師でもあるんだ。私が間違っているって教えてくれたのも彼女」
「恩師でも、ね」
壊滅させたのもアンゼリーネ=オドネルなら……きっと、
「2年ほどアンゼとの関係は隠していたんだけど、ある日……突然アンゼが全てを――ズィルを全部殺した」
「……唐突過ぎない? アンゼリーネは何を考えて――」
「元々、ズィルは動きが派手すぎて……目を付けられていたの。だけど、本拠地が見つからない状態で逃れていた。それが、私のせいで……場所がバレて掃討作戦が開始された」
「……だから、恩師でもあり、復讐相手でもあるのね」
「昨日まで話していた人が、本当は殺しなんてやりたくないって嘆いていた人が、目の前で死んでいくの。私を残して」
アシュレイの忠告は、この事も含まれていたのか。セレンにとって、ズィルは命を救ってくれた場所。人殺しという倫理観を除けば、正義と呼べる場所だったかもしれない。それを全て壊したアンゼリーネ。色々教えてくれたからこそ、自分の殺人が根底から間違っていると指摘されて、セレンに罪悪感が生まれた。そんな中で起きた掃討作戦で、彼女は――
「それで、残りを守る為に……ズィルのリーダーをこの遺跡で殺した?」
「最悪皆殺しにするって、アンゼは言ったの。欠片でも残ったらまた、同じような事の繰り返しになるから……保護出来ない人は殺すしかないって。だから、指示を出していたリーダーを私は殺して、ズィルを継いだ。それでも、教育によって止まらなかった子達は……危険因子として殺された」
「そして、残った人がセレンの部下になった……」
「……これが、私とアンゼの因縁。アンゼを責める気持ちが無いって言ったら嘘になる。でも、これがアンゼの言う欠片なら、これを膨らませたらいけないのも分かるんだ」
過去という逃れられない因縁を話してくれた。でも、アンゼリーネという人物が何で今ここに来た理由が分からない。
「セレンの過去は分かったんだけど、何でアンゼリーネが今現れたのか……」
「それは私にも分からない。だから、ジェフの足取りを掴む」
「今ある情報は、魔術本の流通だけ。1つ1つ潰していかないとね」
心を新たに2人で目標を決めなおしながら、アシュレイから貰った地図を広げる。
「この地図によると……流通拠点は4つ。1つ目は……何ここ?」
「そこは道具屋だね。回復薬や消耗品は大体ここにあって……珍しい物も取り扱ってる」
1つ目はお店。流通ルートとしては良くある場所で、違和感は全く無い。行ってみない事には分からないが、多分ここは知らない可能性の方が高い。
「2つ目は……えーっと……」
「あーもう! 貸して! あんたこの国詳しく無いんだから、私が教える!」
地図を奪われた上で、1つ1つ場所の詳細を教わる。
「2つ目のここは……旅商人が集う露店だね。不特定だけど、大体集まるのはこの辺り」
「ここも、あまり違和感は無い……露店から先は分からないし」
ここも、仕入れ先としては違和感の無い場所。流通ルートとしては先が不透明過ぎて、道具屋より情報が無いかもしれない。
「3つ目は……防具屋。と言っても革防具専門だけど、ここは?」
「うーん……あの魔術本の表紙が革装飾な以上、一応違和感はないかな」
紙自体は違和感として残るが、最終工程として本の表紙を任されているなら……ここから流通するのは分かる。
「4つ目は……うわぁ、路地裏だ」
「あからさまに怪しいわね……ここ。でも、違和感は無い」
4つ目は、路地裏にあるお店。だが、何を売っているのかも分からない謎のお店。怪しさと言えばここが一番なのだが……違和感ではない。何故かと言うと、裏で流通する道具も絶対に存在するから。無論違法な物もあるだろうが、表で生きられないような人が通う店の可能性もある。そうなった場合……シャードを効率よく稼げる先として酒場と手を組むのは理屈に合う。
「それで、ベル。どこから行く?」
「可能性の低い所から順番に潰す……かな」
「可能性の高い所からじゃないの?」
「高い所から潰したら、裏で繋がってるか否かが分からなくなるのよ。だから、先にこういう所から話を聞いて矛盾点を作る。示し合わせるような隠蔽って実は難しいのよ。それに、もし白なら協力体制も作れるかもしれないし」
「なるほどね……やっぱり、あんたの武器は怪力よりその思考だわ」
若干褒めているか分からない軽口と共に、遺跡を出る。今度こそジェフの足を掴む、リベンジ作戦だ。




