第二章15話 『忘れたい過去、忘れられない過去』
「おい! どういう事だアシュレイ!」
部屋に響くセレンの怒号。人物の名前すら知らない私は少し、置いていかれたように感じた。
「落ち着けセレスティア=ズィルよ。ベル=ウェンライトが困惑している」
「あ……ごめん」
「……『アンゼリーネ=オドネル』って誰なんですか?」
率直な疑問を投げかける。誰かが分からなければ、重大さに気付けない。
「あー……ベル。あんたは前酒場のマスターが腐ってたって話は知ってるか?」
「馬車の――メルキアデスさんから聞いたよ」
「その前マスターの娘が『アンゼリーネ=オドネル』だ。ベル=ウェンライトよ」
前マスターの娘、それだけで現マスターであるアシュレイとの確執が見て取れる。
「……その人物がなぜ、今になってこの国に?」
「それは分からない。今になって彼女がここに来る理由が無い……だが、目撃情報も多数ある。事実と見ても差し支えは無い」
「――何で、アンゼが……」
私の隣で狼狽えるセレン。アシュレイにも因縁があるだろうけど……セレンの方が根深い問題を抱えている……?。
「セレン。その、アンゼって人と何があったの?」
だが、その言葉にセレンは答えを出さない。動揺で言葉が出ない彼女の代わりに、見かねたアシュレイが答えだす。
「……セレスティア=ズィルが、ただのセレスティアだった頃の話」
「――やめてくれ! 頼むから……やめて」
悲痛な声が聞こえ、隣に視線を移すと……そこには、泣きそうな顔をしたセレンがいた。まるで、隠された過去という傷口を抉られて、痛みを必死に我慢しながら耐えている子供のような、見た事無い表情で私の心も締め付けられる。
「セレン――」
「……ごめん。1人にさせて」
そう言って、部屋から外に出るセレン。引き留めようと声を掛けたかったが、どうしても泣きそうだったあの顔が思い浮かび、言葉が何も思い浮かばなかった。
「私は……なんて言葉を掛ければ良かったの」
「――ベル=ウェンライトよ。追いかけないのか?」
「追いかけたとしても、セレンに何があったのか知らないから、何も言えません……」
「そういう物なのか? 何も分からなくても出せる言葉はあるだろう」
出せる言葉……セレンが私の秘密を知った時、何も知らなかったのに運んでくれた。そして、
『――組んだ以上何があっても見捨てない。それに、あんたが例え機械でも、いままでの出来事とあんたの言葉は変わらないでしょ』
私は――、
「すみません! 用事を思い出しました!」
「そうか。なら、忠告ついでにベル=ウェンライトへ言葉を2つほど送ろう」
「――へ?」
「優しさは戦闘の時に甘えとなって足を引き摺る。……実はあの瓦礫跡からも生存者が見つかってな。そのどれも、殴られたり気絶された痕が残っているが生きていた。そして探索隊を1人、殺した」
これは忠告なんかじゃない……私への警告だ。人を殺さない事が他の人を傷つけた事実を、緑の国で人を殺して以降殺さないようにしていた私の事を、アシュレイは甘えと切って捨てたようだった。
「誰かを助けたい優しさ、人を殺したくない優しさを持つのは良い。だが、過ぎれば甘えだ。殺さない優しさも、過ぎればいずれ誰かを傷つける刃になる。誰かを助けたい優しさも、過ぎれば周りを巻き込み犠牲が増える。ベル=ウェンライトよ、君は少し優しすぎる。殺す事で別の誰かを救えてる優しさも覚えよ」
「でも、更正出来る人が、いるかもしれないじゃないですか!」
「誰が更正出来て、誰が出来ないのか――正しくて誰が悪かなんて、誰にも分からない。現にジェフは大量殺人を犯しているとはいえ、部下も従えている。その部下からしたら、ジェフは正義と言えるのではないか?」
「それは……」
「自分だって、自分が悪だと思える存在を殺してきた。それが国にとってプラスなのかマイナスなのか、誰にも分からない。もしかしたら、暗部がいない事で多大な損失を受けるかもしれない。だから、自分にとって正しい行動を取れ、ベル=ウェンライトよ。そこに、正義なんてものは無い。勝った者が正義を背負って、敗者を悪者と罵る権利を得る。戦いとはそういう物だ……だからこそ、自分が正しいと思う行動を取るんだ」
自分が正しいと思う行動……そして甘え。でも、バンジャマンの時も路地裏を救いたいという気持ちも、全て甘えというのは心に植えつけられる。
「次に2つ。ベル=ウェンライト、君の闘いは聞いたよ……基礎は出来ているが、圧倒的に足りないものがある」
「……それは?」
「相手の動きに対応しようとしすぎるあまり、腕と足が別に動いている点だ。同じ目的で別に動かすなら問題ないのだが、君の場合……持ち前の怪力が過ぎて上半身だけで対応出来てしまった。だからこそ、君は全身を1つに纏める動きが出来ていないんだよ。その結果、遠距離や魔力を持つ存在に苦戦する。本来なら一瞬で詰められる怪力を使いきれてないから」
全身を纏める動き……確かに、相手の攻撃を流して上半身だけで撃ちこんだり、近づく際も足だけで詰めている事が多かった。
「本来の君なら、基礎も出来て攻撃を流す事も出来る。君は強いんだよ……地下の敵を蹴散らせるぐらいにはね」
「……私への評価が高いんですね」
「そうだな。……つまらない事で呼び止めて悪かった。セレスティア=ズィルを――あの子を助けてやってくれ」
「当たり前です。コンビを組んだ以上、見捨てないので」
最後の言葉を置いて、部屋を出る。一つだけ心当たりのある居場所へ足を向かわせて――。
「……どうして」
「何となく、ここにいると思って」
始めて戦った遺跡。入り口は修繕をしようと木の足場が組みあがっている。その奥で、セレンが1人……たった1人で遺跡の一部を見つめていた。
「1人にしてって言ったでしょ」
「……私は、貴方みたいな人には逆の事をするって決めてるの」
「……うざ」
そう言いながらも、近づく私をセレンは否定しなかった。
「……ねぇセレン。私、この身体だと気付かれてから……他の人に『化け物』だって嫌われたの」
「だろうね」
「私も、この身体だと自覚してから……この身体が嫌で嫌でしょうがなかった」
「……そうだろうね」
私の身に起こった思い出したくもない過去、その言葉を1つ1つ伝えて行く。そして、セレンの隣へ座り……私の本心を話す。
「昔の記憶も、感情も、性格も、……全部が嘘だと突き付けられたみたいで、自分の身体を恨んだ。1回は死のうとも思った。でも、私の作られた意味も知らないまま死ぬのは、製作者の一人勝ちのように見えて、こんな苦しい思いをして何も知らずに死ぬのが嫌になって、それで生きるって決めた。勿論、私の身体を隠してね?」
「……そっか。でも、1人で立ち直れる事は……強いね、ベル」
「まぁ、その間に色々あって、……原因である人を怒りに任せて殺したけどね。そんな中で、セレンにバレた。私はまた街を追放されるんだろうなって、思ったよ。でも、私の事を受け入れてくれた。それが、すごく嬉しかったんだよ」
あの時、私の身体を否定しなかった。それで、私は救われたように感じた……だからこそ今、ここにいる。
「……私はセレンにどんな過去があっても否定しないよ? コンビは見捨てないって、セレンも言ったでしょ?」
「うん……うんっ――」
横から聞こえる、すすり泣く声。それに対して何も言わない……セレンが泣き止むまで隣に居続けた。セレンの涙が枯れるまで、ずっと――




