第二章14話 『結果報告』
月が沈み、赤の国が明るく照らされ始めた頃。夜通しで革部分を直す事は出来たが……。
「……どうしよう、金属は専門外……」
残された手甲と刃こぼれした短剣は手を付けられずに、そのままの形を保っていた。
「こういうのは鍛冶の人に頼みたいけど……」
少し気まずい億劫さを感じる心。赤の国で知り合いの鍛冶は、オーバンしか知らない。だけど、あの人にはあまり良い思い出が無い。
「セレンはオーバンを知ってるのかな」
セレンが持っている大剣を見つめながら、そんな事を思ってしまう。あの時、雷撃を放つ際に拳に付けた小さな刃が回転していたあの技……魔術を武器へ移せるのは、少なくとも武器側に仕掛けがある事実を浮かび上がらせる。そしてそれは、魔術の心得がある人間が装備を作った事を意味する。この国でそんな人物は、今の所オーバンしかいない……。
「……とりあえず、今ある分で補おう」
短剣はどうしようも無い。だけど、手甲はまだ少し弄れば何とかなるかもしれない――
赤の国から少しずつ賑わいが戻り、朝の日差しが窓から刺す。セレンもその黒い髪を揺らし始め、眠りから目覚めていく。
「これくらいで、大丈夫かな」
失った左手の手甲。流石に素手だと少し支障をきたすので、新しく革の手袋を作った。そして、ボロボロになった部品を取り除きながら、中に革を詰める事で何とか作り直した手甲。形は以前より小さくなり、仕込み槍も使えない。更に、以前までは全て金属で作った複雑な作りを、中に革手袋を直接詰める事で簡略化した。代償として耐久力を失い、次に全力を出せば……手甲ごと壊れる。応急処置にしかならないが、無いよりはマシ程度には落ち着いたか。
奥のベッドで寝ていたセレンも欠伸をしつつ目を覚ましたようで、軽く背伸びをしながら私を確認する。
「おはよーベルー」
まだ完全には目が覚め切ってなく、そのままフラフラと寝惚け眼で黒い髪を揺らしながら顔を洗いに行った。黒い髪の内側に白い髪の束が見え隠れするのに気付かないまま。
あの髪は一体……? と思いながらも、こちらも朝の支度を整える為に台所へ立つ。
「どうしたの? ベル」
目を完全に覚ましたセレンは、少し濡れた顔をこちらへ向ける。髪への視線を感じ取ったのだろう。
「髪が何か白いなーって」
「あー、これね。これは、昨日言った属性の話の延長線上にあるものよ」
顔を柔らかな布で拭きながら、足を私のいる台所に運ぶ。そして、調理前の食材をつまみながら話を続ける。
「この髪は、属性の単一化って物で起こる副作用」
「単一化?」
「そう。私の魔力は水と光を持っていた。それは昨日言ったよね? それを、どちらか片方の属性のみにするのが属性の単一化。と言っても完全に無くなるまでやった訳じゃないんだけど」
属性の単一化が仮に可能なら、それを完全に施した方が強いはずだ。なのに、不十分のまま終わらせている……何かリスクがあるのか。
「完全にやらない理由は?」
「方法が、かなり原始的なのよ。単純にその属性の魔力を身体に一定数取り込み続けて、身体にある別属性の魔力を追い出す。強くやれば身体が弾けるので、ゆっくり慣らしていく……んだけど、一般人にこんな事したら、魔力そのもので身体が死んじゃうから私は不完全のままってわけ。魔法使いなんかはほとんど全員やってるらしいんだけど、代償で髪の色が魔力と同じ色に染まるのよ」
そう言いながら自身の髪の毛を弄るセレン。思えばマルクの髪色……あの鮮やかな水色はこの単一化が原因か。でもジェフの髪色は、魔力が視え過ぎてよく見えなかったな……。オーバンも一応魔に通じる者だが、あの人には髪が無い……。と言うより、セレンにオーバンの話をしないと。そう思って出来た朝食をテーブルに並べながら、早朝に思ったオーバンについてセレンに聞く。
「セレン。その武器って……オーバンが作ったもの?」
「うん。そうだけど? そういえば、私を助ける前にオーバンと一緒にいたわね。何かあったの?」
「あー……あの時は私も焦っていて……強い事言っちゃったの」
「……その身体の関連?」
「うん……」
既にバレてしまっているセレンには話せる内容。朝食をお互いに食べながら、オーバンの事を話して行く――。
「――なるほどね、まぁあのハゲ頭は自分の事を話さないからねー」
「ハゲ頭……」
「まぁ、私は知ってるんだけど……色んな人に怒られちゃうから、私もあまり言えないのよ」
オーバンの一件を話し終える頃には朝食を食べ終えており、皿の片付けと準備を整えていく。
「まぁ、本人に聞くのが一番かもね」
「オーバンは怒られないの?」
「えーっと……言える事があるとすれば、あのハゲ頭の過去に関連がある。だから、当事者であるオーバンは怒られる訳じゃない。って所かな」
「……そっか」
朝の支度が終わり、宿屋を出て酒場へ向かう。一度アシュレイへの報告も兼ねつつ、装備を何とかする為に。
「随分と早いな、セレスティア=ズィル、ベル=ウェンライトよ」
「そう言いながら、騒ぎの内容ぐらいは知ってるでしょ」
酒場に着くと受付の人達から個室へ案内され、そこにアシュレイが私達をまっていたかのように鎮座していた。その顔とアシュレイの態度にセレンは早速悪態を吐いていく。
「ある程度は把握している。だが、内部は当事者にしか分からない。そうだろう?」
「どちらかと言えば当事者はベル!」
「セレンにも話したでしょ? まぁ良いけど。……まずは目的であるメルキアデス=レーネルは死亡していました」
「そうか。その理由はジェフで間違いないか?」
「はい。ジェフで間違いありません。そして、あの騒ぎでジェフは逃走。応戦をした結果……」
「あの家倒壊の騒ぎが起きた、と」
簡潔に情報をアシュレイへ渡していく。そして、次の目的も――
「はい。ですが、ジェフがとある研究をしていた事が判明しました」
「研究……内容は?」
「人を魔物に変える研究。目的は復讐」
一気に雰囲気が張り詰める。でも、その顔はジェフの真相を掴んだというより……知られてはいけない真実がバレたような、私達に向けた敵意のようなものが少し滲んでいる。表情や視線からは分からないが、コートの下に着込んでいる鎧――そこに蔓延る魔力が少し、揺らいだ。
「――そうか。それで他にも用事があるのだろう? ベル=ウェンライトよ」
「研究の内容、その全貌は分かりません。ですが、似たような現象に私は遭遇しています。その時にあったのが、1冊の魔術本」
「魔術本……。その流通を教えろと?」
「はい。そうすれば、ジェフの足が掴めるかもしれません」
報告を出す中で、私はアシュレイに対して最大限の警戒をする。あの一瞬見えた揺らぎ、あれが動揺なら……この人物は何かしら知っている。だけど、不用意な発言は確実に敵対を促してしまう。ルールーさんの時はこちらに好意が向いていたのもあって、ある程度自由が利いたが……アシュレイの場合は明らかにさっきの発言以降、警戒心が芽生えている。だから、動揺と動きで察しなければ。
「話は分かったが……確定ではない以上、私自身が動く事は出来ないぞ?」
「分かっています。酒場は常に中立で公平。証拠が無い限りは動けない」
「……堅苦しい。あんた個人ではどうなのよ。アシュレイ」
「個人で言えば、悪は徹底的に潰す。それだけだ」
そう言って、赤の国の地図にいくつかの線を書き始める。
「……これが、流通の箇所だ。教えられるのはここまで、後は2人で探してくれ」
「ちょっと待ってください。……研究の書類は2つありまして、もう片方は少し分からないので、その報告も」
「ほう? もう1つとな?」
「はい。――アシュレイさん。眷属って存在は知っていますか?」
その瞬間にアシュレイへ全てを向ける。視線も、仕草も、魔力も絶対に見逃さない。
「……知らないな。そんな存在」
平然とした顔で答えるアシュレイ。だけど、再度……魔力が揺らいだ。
「――そうですか。報告は以上です」
報告が済み、部屋を出ようとした私達を呼び止めるアシュレイ。
「ふむ、ではこちらも少しばかり報告が2つほどある」
「何? 良い知らせ? 悪い知らせ?」
「そう焦るなセレスティア=ズィルよ。と言っても……良い報告と悪い報告が1つずつあるのだがな」
テーブルに置いてあった妙な飲み物を飲み干して、アシュレイは報告を続ける。
「まずは良い報告だ。あの騒動が起きた後、混乱に乗じてジェフの所から逃げ出した人が数名見つかった。元々、行方不明となっていた人だ。かなり疲弊して精神も壊れかけているが、命に別状は無い。安定し始めれば少し、情報が拾えるかもしれない」
「……悪い報告は?」
「逃げた情報元を取り戻そうと、また何名か行方不明となった。その中に『アンゼリーネ=オドネル』も含まれている」
「――は?」
アンゼリーネ=オドネル。その人物名を聞いて、ひどく動揺したセレンの顔が瞳に焼き付いた。




