第二章12話 『情報のすり合わせ』
――意識を手放してからどれほどの時間が経ったのだろうか。深い意識の闇から目を覚ました視界に映ったのは、身知った宿屋の天井と柄にも無く心配そうな顔をしている相方の姿だった。
「――ここ、は」
「ベル! やっと気が付いた!」
目が覚めた顔を見て少し安堵の表情に変わるセレン。窓から覗かせた暗闇の空は、私がどれだけの間倒れていたかを自覚させられる。
「……夜まで倒れてた、か」
「運ぶの大変だったんだから、感謝しなさい!」
徐々に思考は戻ってきて、鮮明に倒れるまでの前後を思い出していく。たしかあの時、セレンの声が――
「……セレン。貴方、建物が崩れていく際にいた?」
「いたわ。本当1人でただ崩れて行くのを待っていたから何かと思った」
……1人でいた。あの場にはジェフがいて、少なくとも崩れた直後を見たなら近くにいたはずなのに。
「セレン。あの場に私以外の誰かを見かけたりした?」
「え? あんただけしか居なかった……けど……」
「分かった。セレンを信じるけど……あの場にジェフと思われる人がいた」
「……まさか、あんたジェフとやりあったの!?」
「やりあったと言うより、そうせざるを得なかったというか……」
そう言いながら起き上がろうと手をベッドの縁に置こうとする。が、少し手の軽さを感じて私自身の掌を見直す。そこには、手甲が存在しない生身の手が存在していた。
「――セレン。私が倒れていた時、どんな姿をしてた?」
いきなりの質問に、セレンはほんの少し困惑した表情を見せた。すぐに隠そうとセレンは取り繕って表情を戻したが、その僅かな変化を見逃せなかった。
「やっぱり、あの衝撃で……色々見えちゃうよね」
「――ああもう! どんな姿だろうがベルはベルでしょ! 少し隠そうとした私が馬鹿だった!」
「……拒絶しないんだね」
「コンビ組んでなかったら関わらないよ! でも、組んだ以上何があっても見捨てない。それに、あんたが例え機械でも、いままでの出来事とあんたの言葉は変わらないでしょ。それが、正体が分かったからって嘘だとも思わない」
「気持ち悪いと思わないの?」
「別に? これ以上にひどい現場や存在を知ってるもの。今更あんたが機械だからって、何も変わらない」
こんな自動人形の私を、初めて受け入れてくれた。セレンという所だけは府に落ちないが、それでも……受け入れてくれる人に会えた。
「……ありがとね、セレン」
「感謝される筋合いは無いよ! 柄にもなく恥ずかしい事言ったじゃない! それよりも、潜入した時の話が先!」
顔を赤らめてジタバタするセレン。今までは気に食わない人と思ったけど、ほんの少しだけ好きになれた。受け入れるのも気に入らないからほんの少しだけ、だけど。
「とりあえず、まずは運び手である女について……何か分かった事はある? ベル」
「――あの人は多分、認知をさせない魔術道具を持ってる」
「認知をさせない……ねぇ。シャード袋を間違えたのもそれのせい?」
「多分。私は、あの運び手に触った瞬間から離れる時まで嘘を見せられていた……と思う」
テーブルの上にある2つのシャード袋を見ながら、運ばれるまでの道を思い出す。そして、建物や道筋の答え合わせ――
「セレン。あの場にいた貴方に聞きたいんだけど……私が捕まっていた建物はどんな形だった?」
「うーん……あんまり言葉で表せないような感じだった。いくつかの建物が繋がって蜘蛛の巣みたいな……とにかく、複数の物が1個に纏まった建物」
私が見たあの根城は、特に変哲の無い普通の家だった。違和感が全く無かったからこそ記憶に薄い感じ……でも現実はセレンの言ったような、良く分からない違和感だらけの建物。
「認知が出来なかったり、阻害されたりするまでは分かったんだけど……」
「その原因と根本が分からないって言いたいのね。私はあの運び手の事を全く知らないんだけど、魔術師にはあまり見えなかった」
「私も、飛ばされる直前にあの人を見たけど……魔力が視えなかった」
「魔力が視えるって……何かもうツッコまないわ……」
セレンは呆れながら、私の意識が戻る前に作っていたであろういい匂いのした飲み物を片手に、シャード袋があったテーブルの椅子に座る。ベッドの横には同じ飲み物がもう一つ。
「でも、魔術師の魔力は一般人に毛が生えた程度よ? 視えないのは当たり前なんじゃない?」
「魔術道具がもし、魔術師用だったら魔力を集める際に視えるし光らない?」
「そういう事。確かに私の使っている物も含めて光るよ……普通の人が使えるのはどちらかと言うとスクロール。そっちの可能性をみた方が良いんじゃない?」
「でも、スクロールって威力とかを抑えられているものじゃ――」
「威力ぐらい調整出来るよ。でも、スクロールのせいで変な事件が起こったら、私達のせいになるからね。それを防ぐ為に、わざと威力を調整した上でこれが上限って銘打ってるの」
理由に少し納得。魔術の事はセレンの方が上なので、こういう時は頼りにする。そうなると、あの運び手の背後には魔術師か魔法使いがいる事になるが……
「そうなると……ジェフがそのスクロールを作った……?」
「味方も駒としか考えてないような輩がそんな事――まさか、直属の部下」
「どういう事?」
「本来、ジェフは人を信じないの。だからこそ味方にする際は、雇うか心を壊して支配下に置くかの2択。そして、雇う際にも支配下に置いた人間を何名か潜ませて自爆。そこに巻き込んで殺す……すると、ジェフのみが生き残ったー、みたいに毎回事を起こすのよ」
片手に握った飲み物を息継ぎに飲みながら、セレンは話を続ける。
「だから、部下なんていないと思っていたんだけど……あの運び手は見た感じ心を壊された訳でもないし……もしかすると、直属の部下という存在がいるのかもしれない」
「……そうなると、あの人は中々に重要な人物だった?」
「もし、私達が生きているって知ったら、再び接触するかもしれない」
再び相まみえる可能性……それは、あの化け物と再度戦う可能性も出てくる。あれだけは、早急に対策を立てなければ。
「セレンはジェフと戦った事はある?」
「無いわよ。でも、私の部下が良く殺されたって報告は聞く」
「……とんでもない抜刀術と影から武器を取りだす魔法を使っていたから、ジェフは魔法使いだと思う」
「うーん、魔力容量を見てなら、少し違うんじゃない? あんたがジェフと戦ってるのを信じても、あの場にはベルしか居なかった。少なくとも、魔術でも魔法でも一瞬で姿を消すなんて物、無いわよ」
色々と可能性が潰れたが、それのおかげで見えて来る物もある。あの魔力容量で魔法使いでは無い……そうすると、バンジャマンのような存在が近いか。
「魔法使いじゃない、止まりかぁ……他にも情報があれば良いんだけど」
「そもそも、私達はメルキアデス=レーネルを探しているんじゃなかったの?」
「……メルキアデスは死んでいたよ」
「あー……何となくそうとは思っていたけど、捕まって拷問を受けていたのね」
地下牢での記憶……その前後。情報になり得る物が何か無いかを頭の中の引き出しを開けていく。あの凄惨な死体の数々、そしてメルキアデス。その後は――、
「そういえば、私の手甲! もう片方は残ってる!?」
「いきなり大声出さないでよベル。一応、残っているよ。持ち帰るの大変だったんだから」
台所近くに置かれていた手甲を持ってくるセレン。その手甲はひどくボロボロの状態で、装甲もかなりはがれていた物だが……開かれた手甲の手に握られていた紙は一部だけ残っていた。
「これは、何かの資料?」
「研究施設があったのを思い出したの。その際、適当に資料を掴んだままだったから、もしかしたらと思って」
「まぁ、これは……かなりボロボロだから修復しないとね」
破れ切った紙を1つ1つ並べて、研究資料である紙を修復。と言っても、既に紛失した部分が大多数なので、ほんの一部の単語しか出てこないが……それでも、収穫となる可能性もある。
「……『魔物を作りだす方法。それは――』『人を化け物に変えれば、ジェフが――』『全ては、マルク=パルヴィスへの復讐――』『他の眷属にも対抗する――』『全てはジェフ様の為に――』」
「――何これ」
復元した研究書類の残骸に記されていたのは、断片的だが確かな情報の鍵となり得る単語だった。




