断章 『コンビ』
朝の暑さが路地裏を満たし、人質であるベルを渡した後も蒸されたような熱が残る。片手に持ったシャードと共に、その場でベルを追いかければいいんだけど……。
「まぁ、やっぱり考えている事は同じかぁ……」
背後から現れる殺意を持った5人組……建物の窓からも、敵は弓を引いて私を狙っている。敵陣に乗り込んだからには百も承知と思っていたが、少し予想より敵が多い。これは、骨が折れそうだ――。
「あんたら、私を消しに来た?」
返答は無し。顔を仮面で隠し無言を貫く、暗殺者らしい奴らだ。
「こっちは先を急いでるんだ……容赦はしない――」
喋っている途中で放たれる、左後方の上からの矢。それを背中に背負っていた剣の柄で弾き、眼前の相手に飛ばす。
「――よっ!」
弾かれた矢が開戦の合図となって、お互いに突撃。そして走りながらも大剣を鞘から引き抜き、先頭に立っていた男へ鞘から抜いた勢いのまま横になぎ払う。
「――!」
「一撃入れても動じない、隠していても根っこは染み付いてるね!」
剣の軌道は男のお腹辺りを掠め、鮮血が滲みだす。剣の先端にも相手の血が付着しており、決して浅くない傷であるが……男の動きは止まらない。暗殺者でもこのダメージには少しリアクションがあるもの、だがここまで動じないのは流石に暗殺者のフリをしたジェフの一味。そうなると、少し戦い方を変えなきゃ……こんな場所で自爆なんてされたら困る。
「……集中」
先頭の男から振り下ろされる斧を軽く左へ避けながら、時間稼ぎの為に敵陣の奥まで突っ込んでいく。
ジェフに壊された人達は、基本ジェフの命令通りに危なくなったら自爆を始める。雇われた冒険者や研究員等は人材として確保されているらしいが、こういった暗殺には基本こういった奴ら――証拠を消せる素人を出す。
「威力を調整して……」
2人目と3人目が、私の顔と胴体へ同時に一突き。素人ながらにこういう筋の良い人間がいるのが少し厄介。ただ2人で攻撃を合わせてしまった為に、タイミングを合わせる予備動作が丸見えだ。
「――よし」
大剣を地面に突き刺し、身体を持ち上げて2本の槍を躱す。ジャンプで躱すのはベルが浮かんで少し気に入らないけど、あの身体の使い方は参考になる。威力の調整も完了したので――
「一気に吹っ飛ばす!」
着地と同時に、地面へ両手を合わせる。轟く轟音と迸る光――自身の手から走る雷撃が地面を伝って5人組を一気に気絶まで追い込んだ。本来はこの5人を殺せる程の威力を出せるが、最悪持っているだろう火薬に引火してこの路地裏が瓦礫の山になるので、威力調整と効果範囲を決めるのに時間がかかってしまった。
「ズィル! こっちも終わりました!」
窓から顔を出す私の部下。それは、窓から覗いていた弓兵を倒した目印。
「ベルを追っかけた奴らは?」
「……謎の人物に全て殺されています」
「謎の人物?」
「目撃情報が無いんです。ただ、そこにあった死体は鎧ごと真っ二つにされてました……」
「――は?」
到底信じられない技に少し耳を疑う。私も一応魔術を使えば出来なくは無いが、それだと絶対に切り傷以外の跡も残ってしまう。
「魔術反応は無かったの?」
「……全くありませんでした。魔力の残滓も、残された痕跡も無いんです」
「それはつまり、ただの技術と筋力だけで鎧ごと叩き切ったって事かい?」
「そういう事になります。私も信じられませんが……死体を見たらそうとしか」
死体を見たと言ったこの部下の眼を信じないとは言わないが、あまりに規格が違う。そして、私を狙ったこいつらと合わせると浮かぶ一人の人物……。
「……あんたらはこの地面に転がっている奴らをお願い」
「ズィルはどうするんです?」
「早急に追っかけなきゃいけない事情が出来た」
もし、死体を作った人物がジェフ本人なら――ベルが危ない。
「追っかけなきゃならない事情? ってちょっとズィル! どこに――」
全力でベルを追っかけないと、まさか本人が今ここにいるなんて思わなかった私の誤算――!
建物の影でどんどん暗くなっていく路地裏の中を疾走していく。私の仮説が合っているなら今一番危ないのはベル。ジェフが私達全員を殺しに来ないのは、多分興味が無いから……通り道にたまたま私の部下がいたから切っただけ。そうじゃないなら真っ先に私を狙うはずなのに、5人組の中にはジェフがいなかった。それが証明――
「息が――」
全力疾走で息が切れ、もつれる足。自分の下半身が言う事を聞かず、自らの足に引っかかり地面へ身体が転がって突っ伏してしまう。
「いそ、がない、と」
整わない息の中、ベルに渡した魔力探知を行おうとするが、
「何で、反応が、無いの!」
ネックレスの対となった羅針盤は狂ったように回転を続け、位置が分からない。そして、
「シャード、袋も、何で、こっちなの!」
倒れた先で偶然見つけたシャード袋。私の方は、盗み対策で私自身の魔力のみを探知し反応する一種の魔術道具……でもこっちは、ベルのシャード袋。
「位置が、分からないと、見つけられない」
少しずつ息を整えつつ、思考を巡らせる。ベルは多分こんな初歩的なヘマは起こさないタイプ。それは、あの戦闘の時も作戦を伝える時も感じていた。気に入らないけど、戦術も考えも認めているからこそ分かる。
「あの運び人が何かやってるな、これ……」
こういう時に魔力が視えていたら、事前に警戒も出来たのに。これで、手掛かりを完全に見失な――
「――きゃあ!」
唐突に鳴り響く爆発のような衝撃と地響き。まるで坑道を爆発物で掘り進める際の音のようだが、音が小さい反面大きすぎる衝撃で変な悲鳴が出てしまった。
「この衝撃は……もしかして」
近くに坑道は無く、ジェフの一味による自爆ならもっと音が大きいはず――つまり、爆発物でも無い。そうなると、こんな衝撃を出せる物は限られてくる……。ベルはあの柱を壊して入り口を塞げるだけの怪力を持っている。なら、
「可能性は低いけど、無いよりマシだ」
息を整え直し、衝撃があった中心部まで再度走り出す。ジェフより先に辿り着かないとベルが殺される。
日の光は既に届かないような奥地まで走りぬけ、その先にあった一つの大きな建物。蜘蛛の巣のように建物同士が横に繋がりあった見た目の建物は、到着と同時に再び大きな音と衝撃を放ち半壊する。
「ちょ――何が起こってるの!?」
いきなりの事で頭が少し混乱する。だが半壊した建物からは沢山の武器の残骸と、四肢がバラバラになった死体が飛び散り、この建物で起こっている事の重大さを再確認。
「――中々ひどい光景」
そして建物の中から出てきた沢山の人は、蜘蛛の子を散らすように逃げ惑いながら、建物から離れるように避難し始め、詰まった避難者と逃げようと狂気と化した避難者の阿鼻叫喚がこの場所へ響く。
「中がヤバい事になってるのは確か……だけど」
避難者の波から逃げるように近場の建物、その屋上へ登る。
人が詰まっているこの場所を逆走して、目的の建物まで走れる自信は無い。これは、この状態が緩和するまで待つしか策は――
「――え」
3度目の爆発音。それと共に目の前の建物が崩れて行く――下には避難もまだ終わっていない人の塊、その上から降り注ぐ瓦礫。
「……嘘……でしょ?」
瓦礫は踏み潰した物で真っ赤に染まり、人がなす術もなく潰れていく。最悪な事にその中心部――建物の中に見知った少女の影が見えてしまった。
「ベルー! ベールー!」
たった一人で建物の中心に立ちすくんで瓦礫に埋もれていくベルに、私はただ呼びかけるだけで何も出来なかった……。
建物同士が増築で横に繋がっていた事が功を奏し、崩れた所が一部分のみだった瓦礫跡。大まかに崩壊が収まった瞬間に中心地へ足を運び、瓦礫を手でどけていく。
「ベル! 返事をして! ベル!」
これほどまでに私の魔術を恨んだ事は無い。人を傷つける為にしか使えない魔術の代償がこれか――。
「ベル! べ――っ!」
手で瓦礫を除けていった先に現れた、金属の腕。その先を掘り進めると――、
「……ベル」
意識を失った機械の少女が、そこには存在していた。そして、残された人間の部分から彼女がベルだと自覚させる。
「――全く、世話が焼ける!」
居場所さえ分かれば、大剣で周囲をえぐり取れる。魔術を剣に宿し、ベルがいた瓦礫の周囲を削るように振るう。大量の土煙をわざと上げるように。
「こんな身体してるから、重いのよ」
瓦礫を取り除き、ベルを引っ張り上げて背中に担ぐ。大剣は鞘ごと杖の変わりをさせながら、土煙が収まるまでに手頃な布を探し、背負ったベルの上にかけた。
「……コンビを組んで無かったら今頃あんたを見捨ててるよ」
そんな独り言を呟きながら、機械仕掛けの身体を隠して歩く。一度宿屋まで戻ってベルを安静にさせないと……そんな思いを抱いて。




