第一章3話 『変人』
少し太陽が落ちて周りが赤に染まり出した帰り道、その中で未だに私は呆れきっている。
頭の良い人は変人とは良く言うが、まさか情報が欲しい相手に喧嘩を吹っかけるとは……もう頭が痛い。
「はぁ……本当あんた何をやってるの!」
「いやいやいや、敵意を向けただけで、攻撃はしてないって!」
必死に攻撃はしていない事を示すが、そもそも敵意を向けるのが失礼だって事を全く分かってない。現にアリアさんはあまり表情や態度では示していないが、結構怒っていたし。
「攻撃してないって、じゃない! そもそも敵意向けた時点でダメなのよ!」
「そうなのか? アリアは戦闘慣れしていると思ったから興味半分でやっただけだが……」
あまりのズレに愕然とする。いままでどういう環境で育ってきたのかが気になるぐらいだ。興味半分で知り合いの知り合いにいきなり戦闘を仕掛ける環境をあまり考えたくは無いが。
「まぁとりあえず、敵意を向けた事自体はもう不問にするわ……もう何かこれ以上追求しても私が疲れる……。それで、敵意を向けた結果、何でアリアが『魔法使い』の存在を知らないって事に繋がるのか教えて?」
「えーっと、単純に魔術を使ったんだよ。首飾りをあえて出した状態で、な。だけど、その光に何の疑問も思わず、首飾りを全く狙わなかったんだよ」
――ん? さっきは敵意を向けただけって言ったのに、首飾りを狙う狙わない……あれ?――
「それで、最終的にわざと俺が組み伏せられた際にも首飾りを狙わなかったから、アリアは知らないだろうなって――」
「待って、攻撃はしていないって言ったよね? でもウィルの話を聞く限り、思いっきり攻撃していない?」
「当てる気は無いから、攻撃じゃないぞ?」
もう……色々とダメだこの人……。もうウィルはこういう人なんだと心の中で区切った上で、切り替えて話を進める。
「でも、単に『魔術道具』を知らなかっただけかもしれないのに、どうしてそう言い切れるの?」
「それは簡単だ。『魔術道具』を作ったのが、その『魔法使い』だから」
当たり前だが、明確な理由。だけど、それでも確証としては足りない――、
「それと、リナの薬を『魔法使い』が作っている可能性が高い事、そして……いや、これは違うな」
少し言い淀み、また難しい顔をしたウィルに私は首を傾げる。そして少しの間、静寂が訪れた。その静寂を消す様に森が風で音色を奏で、ふと気がついたウィルが話を続け出す。
「ともかく、リナの薬の出所が分かっていたら、確実に『魔法使い』を知っている。でも、アリアは知らなかった。そして首飾りを狙わなかった事も合わせて、アリアは知らない。寧ろ――」
「全てを知っているのはリナ姉なのね」
何となくだが分かっていた――。
リナ姉は領主の仕事を一人でこなす。それはこういった存在や極秘の情報を周囲に知らさない為なのだろう。現に、『スクロール』の事をリナ姉に教えてもらったし、『魔術師』の事も最初はリナ姉からだった。やっぱり、リナ姉の目に移る私はか弱い存在なのだろうか……。
その上で思う、私はまだ頼られるほど強い存在じゃない、――強くならなきゃ。力でも頭でも何でも良い、漠然とした目標だけど、強くなってリナ姉を助けたい。
あのままだったらきっと、リナ姉は壊れてしまう、そう感じてしまうから。
少し静かな時間が流れ、会話が止まる。少し気になり横を見ると、考え込む私に空気を読んでいるのかウィルは黙り込んだまま、何かに集中していた。あれも何かの修行か何か、そう考え私も声をかけ無いように無言のまま二人歩を進め、その静かな空間に風だけは鳴いていた。
……日が更に沈み、世界が暗くなり始めた頃。ウィルの泊まっていた『ナーシサス』の宿屋に着き、無言だった空間に終わりが訪れる
「まさか、送り迎えをしてくれるとはな」
「帰り道が一緒だっただけよ」
「……暫くはここを拠点にスヴァン……スーの情報を探そうと思ってる」
そういえば、ウィルの目的は人探しだった。でも、情報をまだ探すという事は、アリアさんの所でも情報が得られなかった事を示している。ウィルは少し考えながら、決心したかのように話を続ける。
「あー……もし、何か必要があったら、俺を呼んでくれ。借りを返すぐらいはする」
「借りって……そんな作ってたっけ?」
「スーがここには居ないっていう情報だけで十分な借りだよ」
乾いた笑いを浮かべながら、ウィルは宿屋へ足を運んで行く。その姿を最後まで眺め、誰もいなくなった後にとある場所へ足を向かわせる。
その場所は、私達が作った秘密基地の更にその奥――木々の間に隠された地下への階段、そしてそこに広がる空間だ。
ここは大昔からあるらしい地下への階段で、本来はこの地下の奥も存在するのだが、劣化によって崩れ、小規模な空間と様変わりしたらしい。
ちょっと前に大きな木の下にある秘密基地から周囲を散策した際に見つけた。以後、ここで私は強くなる努力をしている。
陽光が無くなり月光が影を作る頃、歩いていた地面が土から石へと変わり、階段を降る音が空間へと繋がる道に反響する。
この道には『スクロール』によって人工の光が照らされているので、真っ暗な闇を進むような危なさは無い。だが光を通した事で、光の当たらなかった影が強調され、少しの薄気味悪さを感じる通り道だ。
「ここ、また少し崩れている……」
この地下空間は私が本での知識で補強はしているのだが、それでも崩れる部分は存在する。なので、ここを使う際には毎回こうやって点検をして、異常が無いかを確認しないといけない。ここを使う際の日課だ。
点検をしながら空間に出ると、そこには見慣れた先客が私を待つように身体を軽く動かしていた。
「お待ちしておりました、ベル様」
左腕の袖が長い非対称、左手を隠すような手袋、いつも見るメイド服のアリアさんがそこにいた。ただ一つ違う点があるとすれば、その左手に頑丈な木の棒を握っている点。
だが、今日だけは少し気まずい。謝らないと――
「あの……その……ごめんなさい!」
「え? いきなり何を謝られているのでしょうか?」
――あれ? 怒っていると思って気を引き締めていたのに、緊張の糸が切れる。
「あれ? あの時は怒っていたんじゃ――」
「怒っておりませんよ? 怒る理由もございませんもの」
怒る理由が無い。それなのに怒っているような雰囲気だから怖く感じていた。そこにウィルが喧嘩を売った後乗せで、喧嘩を売られた事に怒っていると勘違いしていたけど……
「でも、雰囲気的に機嫌が悪そうだったから――」
「お恥ずかしながら、あの時は急に吐き気や軽い目眩で体調が崩れておりまして……」
「体調不良って……もう大丈夫なの?」
「えぇ、ウィル様が私に挑まれた後だけ急に起きたものなので、今は大丈夫でごさいます」
その言葉に心がホッとする。まさか、ただの体調不良とは。でも、ウィルが喧嘩を売った後にこんな事が起こるなんて……後でウィルに確認を取ろう。
そう心で決めながら、私も木の棒を拾って構える。
「体調が万全なら、遠慮しなくても良いよね」
「そういった言葉は、私から一度でも一本をお取りになってから仰ってください」
そう言いながら、アリアさんも軽く構えをとる。それが開戦の合図――。
一気に体勢を低く構えながら走り、距離を詰める。狙いは足と見せかけた首、アリアさんに組み技で絶対に勝てない以上、速攻を仕掛けるしか無い。だけど、それを見透かしたかのように半歩だけ、アリアさんは右足を詰め、私の右肩口にその右足を置く。
「――ッ!」
「詰みです、ベル様」
木の棒を振り上げて攻撃するにしても、足を攻撃するにしても一歩のタイミングがある。その1歩を的確、そして一瞬の間にずらされ、木の棒を振る前にアリアさんの足に体当たりをしてしまう形になってしまう。そしてそのまま、受け流すように足を滑らせ、体勢を崩した私は転がるように倒れる。
「……私に組まれないように攻めるまでは、及第点を上げます。ですが、初動から攻撃までの動作が大きすぎます。これでは、どこから何処を狙ってどう剣を振るうか、丸わかりでございます。攻撃はコンパクトに、小さくても充分なのです」
倒れていた私を起こすよう手を差し伸べながら厳しい意見を言うアリアさん。頭では分かっているけど、それが出来るなら苦労はしないよね……とちょっと思ってしまう。
アリアさんの実力は圧倒的で、並大抵の人では触れもしないぐらいの強さを持っている。少し前に、私がちょっとした依頼ですぐ近くにある森へ赴いた際にほんの小さな怪我をして帰ってきてしまって、とある魔物を呼んでしまった時にもアリアさんが一人で全て倒していた。そしてこの出来事が、私が私自身を鍛える理由でもある。
とある魔物は4足歩行の獣のような姿で、血の匂いを追ってどこまでも来る魔物らしく、私の小さな怪我で血の匂いを覚えて街まで付いてきたらしい。他の人は無視して私だけを襲ってくる魔物を街の兵士さんは必死で守ってくれた。魔物の抵抗によって多数の傷を受けても、私を守ってくれた。そして、そんな中、私は何も出来なかった無力感で一杯だった。
この一件が終わった後、私が強ければ兵士さんは怪我をしなかった、そう強く思って一人、秘密基地をがむしゃらに走っていたらこの空間を見つけた。そしてそのまま木で作った人形を作って自分を鍛えていた。強くなるために――
「――ベル様、考え事でございますか?」
少し心配そうな顔をして私の顔を覗きこむアリアさん。その瞳の赤と、左目にある涙のような黒点につい見惚れそうになるが、まだ訓練の途中だ。
「ううん、ちょっとこの場所を見つけた頃を思い出して……」
「私がベル様をこの場所でお見かけする前の……」
最初は一人で木の人形相手に試行錯誤していた。何が強くなれるか分からず、本を片手に様々な事をした――。
「でもアリアさんに見つかって、『あまりに非効率です、ベル様』って言われちゃったよね……」
「失礼ながら、流石に奇怪な動きを繰り返すベル様をお見かけして、一言物申させていただきました」
側から見たら、不思議な踊りにしか見えなかったみたいだ。一応、ガイド通りの動きのはずなんだけど。
「本を見てちゃんとやっていたはずなんだけど……」
「戦闘経験皆無なベル様が、初めから全てをこなせるわけ無いでしょう……」
でも、それからアリアさんは気にかけてくれるようになり、今では組み手が出来るまでには鍛えられた。1本も取れてないけど。
「だけど、本当に私は強くなってるのかな――」
「ちゃんと身についております。私が保証いたしますので、そんなお顔はおやめください。私めから見たら、まだ改善の余地もございますが」
一言余計だが、私の焦りを見通していたみたいだ。どう取り繕っても絶対に見抜いてくるアリアさんは、歳の離れたもう一人の姉の様で、何処まで行ってもアリアさんには敵わない。だから――、
「いつかアリアさんから一本取ってみせる!」
「えぇ、期待しております。ベル様」
そう言って私もアリアさんも再度手に持った棒を構える。
そして地下空間に響く激しい足音は、夜深くまで続いていった。