第二章11話 『敵は突然に』
「――どけぇ!」
暗がりと明るみを繰り返す空間。外からの明かりを通してくれるはずの窓が無く、人工的な光が影を黒く染め、その明暗に塞がる敵を倒しながら駆け抜けていく。閉ざされた道筋から出口を求める為にただひたすら――。
「行かせるかぁ!」
「邪魔!」
1階は細い通路と部屋があるのだが、頭の中で作り上げた簡易的な地図的に……中央に大広間と入り口があるはず。あそこまで辿りつければ……。
「――通すと思った?」
後ろから唐突に聞こえる見知らぬ女性の声。私を運んだ女とは違うが、後ろを振り向いた先には魔力のもやで空間が陽炎のように歪む。明らかに異質な雰囲気に確実に挑んではいけない相手と肌身で感じつつ、全力で逃げるが、
「逃がさないよ」
背筋が凍る程冷たい声。それと同時に通路を灯していた魔力の光から伸びた影から、多数の武器が吹き出してくる。私の道を塞いでいた兵や、追っていた兵ごと纏めて串刺しの凶刃。だけど、
「――ギリギリッ! 見えてて助かった」
武器が出てくる位置に黒い魔力のもやが掛かっていたのに気付き、安全地帯まで一気に加速した事で攻撃範囲から脱出。そのまま大広間への扉を開けるが――、
「やっぱり、ちゃんと躱せたんだ。えらいえらい」
後ろにいたはずの女性が、唯一の脱出口の前に佇んでいた。周囲が歪む程の魔力容量、一瞬で移動出来る何か、そして自身の味方ですら皆殺しにして眉一つ動かさない異常性……一つしか心当たりしか無かった。
「……貴方がジェフ?」
「さぁ? どうかしら?」
「貴方を殺したら、全部終わる――」
「なら、終わらせてみなさい」
そして黒い影に魔力が浮かび、空間が歪んで飛び出す大量の武器。だけど、最初の攻撃で分かった事がある。それは――、
「攻撃を出した後は曲げられない!」
「……へぇ?」
私へ狙いを引き絞ったタイミングを見計らって地面を蹴りぬく。飛び込んだ瞬間に背後で大量の武器が砕ける音。だけど、見計らったかのようにジェフらしき女も左手に武器を取り出しつつ、飛び込んだ勢いのまま出した一突きを足元から出した魔力の槍で弾く。
「私がその速度に対応出来ないとでも?」
弾かれた剣から伝わる衝撃――短剣を握っていた右手は軽くしびれ、私の加速も一気に殺される。ここまで強い威力で槍の穂は壊れるが、短剣は火花を散らせながらもその形を保つ。これでも壊れないのは上質な証拠だ。
「まだ――」
「そこは、影だよ?」
弾かれた勢いで後方に一回転して体勢を整えようとするが、相手は立ち位置をいつの間にか調整して私の着地地点に影を作った。
「不味――っ!」
「残念だけど、その程度じゃ傷も付けられないねぇ」
私の足元から作られた魔力のもやは、ルールーさんの放った弾丸と同じような速さで槍を現出させる。
「――危なかった……」
「これも避けるんだ。少し気に入らないね」
足元から魔力が見えた瞬間に顔を後方に引き、次の攻撃を事前に避け始める。下から吹き抜ける槍が私の鼻先をほんの少し掠め、槍の勢いで前髪が上に持ちあがったが、これ以上の攻撃はなかった。そして再度構え直す間に頭の中をジェフの情報で敷き詰める。
一応、何とか魔力の見える眼で出現前の位置を察知して避ける事は可能。だけど、これがいつまでも持たないのは明白。それに、本気を出している様子も無ければ左手に取り出した武器もまだ振るっていない……。これは――
「考える隙を与えるとでも思った?」
思考をしながら相手をこの眼で見ていたはず……それなのに背後から突然声が聞こえ、後ろを振り向くと左手の武器を右手に持ちかえ、抜刀術と思わしき構えを取ったジェフが立っていた。
そのまま、放たれた一閃。鞘から引き抜かれたそれは、影すら作らない速度で私を襲う。抜刀術を使う兵士との一戦を通して出来た予測――首筋に向かう線に手甲を置いた事で、辛うじてその斬撃から免れた。
「――っうぁ……ぁっ……」
だが威力を殺す事は出来ず、吹き飛ばされた身体は大広間の壁にめり込む形で衝撃を産む。衝撃の余波だけで大広間を半壊させ、斬撃を放った剣は跡形も無く砕け散っている。そして、痛みを感じない身体がこの一撃で悲鳴を上げ、手先の感覚は威力で痺れて動かせなくなっていた。
「結構本気で撃ったんだけど、身体が残ってるなんて……お前も人間じゃないねぇ」
左手から再度同じ武器を産み出しながら、平然と笑うジェフらしき女。これでも、まだ全力じゃない――その事実に恐怖が身体を支配し始める。
「どうしたの? 抵抗してみなよ」
――ここまで、格上。技術としての格上は相手にした、魔術という格上にも相手が出来たのに、それすらも歯牙にかけないぐらいの格上。抵抗する手も動かない今……勝ち目は――、
「――抵抗する気なんて、無いけどっ!」
「おっと」
勝ち目なんて無いのは分かってる。でも、ただでは殺されない。手が動かなければ足を動かせ! 手が取れた訳じゃない。痺れが取れたら逃げる確率は上がる。
「立ち上がる勇気は褒めてあげるよ」
反りの付いた鞘を右手に持ち直し、再度抜刀術を構える。眼に影すら残さない速度なら、見て止める事も受け流す事も出来ない。なら――、
「でも、もう一度食らって生き残れるかなぁ?」
相手の動きを先に読み解く。思い出せ、アリアさんがやった動きの予測を。
まずは、相手の行動の制限。姿勢を低く保って、斬撃の位置を固定化させる。そして、タイミング。相手の動きと手を見た時点で切られてるなら……それよりも前を読む。最後に瞬間的に出せる速度の限界を出す。それで……避けられるはず。
「終わりだ――」
「ここっ!」
姿勢をまずは限界まで低く保つ。地面スレスレまで胴体が付き、その体勢のまま相手へ突撃。目的は攻撃の前の予備動作。細部の細部まで絶対に目視、どんな違和感にも眼を離さない――。
「――よっ!」
ほんの少し足を踏み込ませる為に左足をずらしたジェフ。私がそこを見ているなんて、まだジェフは知らないなら……これがタイミング――!
「ハァッ!」
足を身体に入れて斜めに飛ぶ。斬撃を調整されないよう相手の鞘側へ向かって――。
「――たぁっ!」
私の背後から大広間が砕け散る音が聞こえながら、空中で少し体勢を回転。壁へ勢い良く跳んでいった身体は反転して、壁に足を付ける。そのまま、再度ジェフに向かって飛び込む。
「これを、忘れてないかい!?」
瓦礫が作った地面の影から多数伸びる武器。弾丸のように吹き上げるそれを、
「全部――見るっ!」
魔力のもやを全て確認しつつ、足に近い武器に向かって思いっきり足を蹴りぬく。飛んできた武器を踏み抜いた身体は更に加速して、ジェフの身体へ飛ぶ――。
「クソッ!」
咄嗟に防御として手を上に構えるジェフ。その上から足を振りおろし、勢いが付いた身体ごと大広間を吹き飛ばす。それと同時に大量の瓦礫が上から降り注ぎ、私の身体を埋めていった。
「これで、引き分け……」
埋まっていく身体と失っていく意識の中、
「ベル!ベ――」
聞きなれた事が少しむかつく、同世代の少女の声が聞こえた――




