第二章10話 『研究施設』
風化した階段を登った先には、大広間へと続く部屋の一室だった。中央には噴水があり、その水からいくつかの植物を育てているような広間。明るさは3階の牢獄よりかは少し明るいが、植物を中心に当てられているので、明暗の差が激しい。私がいる部屋は扉の残骸が残り壁も天井もかなり崩れていたもので、この部屋だけが誰も使っていないのか補強もされずに放置されたような、そんな場所。
「流石に人はいるよね……」
残骸の中に身を隠し、崩された石の隙間から見える光景で脳内を補完していく。部屋は大広間から小さな入り口を扉で遮った8つ。その内1つはこの部屋だとすると……残り7つ。私が檻に入れられる際に降りていった、階段のある部屋は除外すると、探索するべきは5つ。だけど――、
「来た時はこんな残骸の部屋……見てないんだよね……」
牢獄へ降りる際も、顔を隠されずに連れて行かれている。なのに、この部屋を全く認知出来なかった。可能性は沢山ある上に詰められないから除けて……これの問題は、私はいつから様々な場所を認知出来なくなっていたかだ。
『どうせ、ここはバレない』
私を運んだ女性が言った言葉……バレない自信があったのはこれのせいか。そうなると、運んでる最中にはもう正常な認識を持っていなかった事になるが。
「地図や鍵は正常に認知出来ていたのよねぇ……」
あの女が来る以前の出来事は正常だった。そして――、
「あの牢屋も……あれが嘘とは思えない」
牢屋で起こった凄惨な数々。あれ自体を認知阻害の材料に、更に奥に何かあった……とは到底思えない。そうなると、
「あの首を刺してきた女が、何かしらを持っていた……?」
原因自体は分からない。だけど、あの女が何かしらをしていたのなら私の行動は……咄嗟に思い浮かぶあの女がいた状態で起こした1つの行動。それの確認――。
「やっぱり……」
手に握られるのは本来目印だったはずのシャード袋。そして中には私の冒険者カード……。同時に、無くなっていたのは私自身が使っていたシャード袋。これはつまり、
「あの女と一緒にいた部分は全て嘘という可能性が出たけど……どこまで認識を阻害出来ていたか分からないのよね」
この部屋の認識出来なかった事、シャード袋を間違える事。片方は眼に作用して、片方は手に作用する……少なくとも眼と感覚が嘘だとすると、この城を最初に見た時も阻害を受けている可能性が高い。魔力のもやも見えなかったが、私の魔力を感知出来る部位は眼……全身に作用するものだったら、このもやも阻害を受けている……? でも、少なくともこんな事が出来るのは魔術か魔法。それか、このネックレスのような魔術道具。
「これは、後でセレンに聞こう」
情報の取捨選択。今、頭に入れるべきは認識が出来なかった事実。ここを降りる際の記憶は全部消して、再度頭に入れなければ――。
「まずは、見張りの確認……ってあれ?」
考え込んでいる内、最初に見た際にいた人達がいなくなっている……。1人や2人なら分かるが、20人程度いた人が全員いなくなるのは、何か起こったか。でも、足音さえ立てなければ好都合。
「探索開始っと」
始めはこの崩れた部屋の左隣にある空間。天井はあるが、物音は聞こえない。扉をほんの少し開き、中の様子を見ても人がいない。あの人達すら、嘘として見えていたかのようだった……。
「……おじゃましまーす」
中に入るといくつかの紙が散乱しており、テーブルの上にはまだ暖かい飲み物が残っている。まるで、人だけが急に消えたような部屋。あまり理解が出来ない機材は研究に使っているだろうし、一部には植物の欠片が残っている。中央の噴水で育てた物を研究素材としてしているのか……そう思って、散乱していた紙の一部を拾い読む。
「これ……」
一目見て分かる研究資料。
『研究素体A この薬を投与後、即座に苦しみだして吐血。記憶の混濁、痛覚の消失から暫く後に眼や耳から出血、死亡――』
次々と連なる報告。そのどれもが最後に死亡と書かれている。この研究資料が経過報告なら、この紙のどれかにこの薬が何なのかが――、
「――誰だ!」
扉の先が開かれ突然現れる男、それを皮切りにこちらの部屋に視線が集まって行く。油断は全くしていなかったはずなのに、足音も物音も突然沸いて出てきた。
「大人しく――」
「せいっ!」
大声で戦闘態勢を取り始めた男に、奇襲をかますように研究資料ごと机でぶん殴る。そのまま、手に持っていた資料を鷲掴みにした状態のまま扉の外へ出た――。
「よく見て――走るっ!」
外へ行くと、扉の中に入ろうとした研究員らしき人達が、私へ視線を向けつつ驚き戸惑っている。既にバレてしまった以上、ここにいるのは不利。内容は見ていないが、研究資料も手に入れたし、メルキアデスも発見出来た。予定は達成したから……後は、ここを出る。研究員が扉を開けていく中で2つだけ、開けられていない所がある……この人達が突然沸いたのであれば、研究する為の部屋に行くはず。つまり、開けられないどっちかが階段。
「地下に幽閉された女が逃げだした――」
そして、地図。階段近くまでしか移動してなかったが、この地下2階と照らし合わせれば登りの階段は、
「こっち!」
走りながら決めた扉を開き、登り階段を駆け上がる。だが、騒ぎを聞きつけた人が立ち塞がった。
「こっちは急いでるの!」
幸いにも地下1階は狭い通路が一直線に続いている。左右には扉があり、本来ならこっちを探索するが、これなら壁を蹴って上を通れる――。
「通さないっ!」
左右に壁を蹴りながら上を進む中、通路の奥から飛ぶ声と7本の矢。狙いは正確で、矢を放った本人は闇に紛れている。
「思い出せ――」
あの時みたセレンの動き。最小限で最大限の攻撃を受け流すあの動きを――!
短剣の抜刀と共に、左手で矢の飛んでくる位置に置く。抜刀した短剣で矢を叩き落として、これで2本。
空中で制御せずの抜刀はバランスを崩す原因だが、その勢いを利用して後方に回転。そのまま、
「天井走り!」
半身を捻って正面へ向き直しながら、天井に足を付けて走る。足を伸ばせば落ちてしまうが、出口方向へ勢いがあるので、足を天井に軽く埋め込んで踏み抜く。
「嘘っ!」
矢は左右の壁蹴りを見越して放ったもので、残りの矢は私を抜けて後ろまで飛んで行く。勢いはつけた――後は、そのまま闇に飛び込む。
正面には弓を構えた兵が至近距離の一撃を狙って弓を引いている。だけど、
「ハァッ!」
「ちょ――」
勢いを全く殺さない状態で、身体を再度捻り――かかと落としを全力で繰り出す。矢をある程度食らうのは上等。矢を食らうのを恐れるより、階段を塞がずに走って挟みうちになるのが一番危険。
「馬鹿力が過ぎる……」
弓兵はそのかかと落としを避けるが、初めから狙いは階段。思いっきり振りぬいたそれは、階段を崩しきるには十分過ぎる威力だ。
私ごと巻き込んだ一撃によって崩れた階段……その上で、かかと落としを放った足とは異なる足を地面に触れさせ、斜め上に勢いを移す。上から瓦礫が落ちてくるが、それよりも早く階段を飛び越えた私の身体は、階段の先で転がる。
「いてて、全く……未だに着地が課題点だなぁ」
後ろに目線を落とすと崩れきった天井が道を塞ぎ、追っ手が来ない事を自覚させる。
「でも、私の事は既に伝わってるはず、急がないと」
こうして、再度走る。今度は脱出の為に――




