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第二章9話 『地下の牢獄にて』

 日の刺さない地下空間の中、魔術の織り成す人工的な光が辛うじて私の視界を作りだす。目の前には鉄の檻が私の移動を阻み、左右は石の積み立てられた壁で覆われている。ここは牢獄……逃げだす場所が本来無い場所。


『――ベルが最初に連れて行かれる場所は牢獄、地下3階の場所。多分、逃げ道はなさそうだから……監視役から鍵を奪うしか方法は無いかな』

『壁の一部が壊れやすかったりする?』

『それは行ってみないと分からない』


 まずは手当たり次第に場所の確認。監視員である人の足音は上から少しずつ近づいて来ているので、手早く済ませる――。


「……錆びてない、か……」


 鉄格子の檻はどこを触っても、錆のように荒れた感覚が無い。壁も、風化したような跡も無ければ、光が漏れて照らされている部分から新品である事を伺わせる。


「補強済み……私対策か?」


 対する私とは向かいの檻は、見ただけで錆が見えて壁も少し崩れたボロボロの状態。ここを補強したら、たまたま私が捕まった……は流石に偶然が過ぎる。私を捕まえるためにこの檻だけを補強したと考えるのが妥当か。


「全く……暗いのは怖いんだよなぁ……」


 階段を降り始める音と男の声。その音で咄嗟に壁から手をのけ、後ろ手に組んで拘束具を付けなおす。最初に怪しまれると今後がやり辛くなる……


「へぇ……かなりの上玉じゃねぇか」

「ゲスな声ね」

「さらに威勢も良い……楽しめそうだなぁ」


 舌なめずりする男の声と品定めするような目線……これは、典型的に下っ端のような人だ。でも、この人物が何か知っているなら、最大限情報を引き出させないと。


「貴方達の目的は何? ()()()()()()が連れて来いって言ったの?」

「それは言えねえなぁ……でも、俺らの後ろについている人物がいるのは忘れるなよぉ?」


 ……こいつは何も知らない可能性が高い。後ろにいる人物が本当に存在するなら、人物名を間違えないはず。なのに、ジェフとは違うバンジャマンという名を出しても、この人物は含み笑いをするだけで何も言わない。少ない可能性として、嘘を付いているのもあるが……そこは何か確定情報を――


「私にも後ろには()()()がついている。手を出したら何が起こるか分からないわよ?」

()()()()()()()()()()。俺が知らない奴を出してもビビらねぇぞ?」


 確定情報、こいつはジェフを知らない。酒場では禁忌として触れられない情報から察するに、ジェフという名前はそこまで知れ渡っていない。つまり、この人物は名前を偽装されたか知らない状態で雇われた下っ端……ここから情報を引き出すのは無理だ。


「知らない奴、ねぇ? 本当に危ない人は情報を隠すものよ?」

「相変わらず威勢が良いが、そろそろ五月蝿いから身体に聞いてやるよぉ!」


 私の煽りに乗って、牢屋の鍵を開けた男。そして私に飛びかかろうと足を踏み入れた男に、組んでいた後ろ手を外して無防備な腹へ拳を捻り入れる。


「――!?」


 いきなりの出来事と痛みで声を出せずに倒れ込む男。その隙に牢屋の鍵を奪い、首を絞めて気絶させる。


「……これでよし、と」


 気絶した男を後ろ手に組ませ、使っていた拘束具を装着。牢屋も鍵をかけて閉じれば、気絶から回復しても暫く騒ぎにはならない。時間が作れたなら――、


『ベル。一応これを持っていって』

『……白紙の紙?』

『これは、そのネックレスと合わせて使う物で、場所を繋げて紙に現在地を示すもの。私も外観しか見てなくて、地下の牢獄も建物の構造を見ただけで……改造とかされてるともう検討がつかないの。だから、私もあんたもこの紙を持てば、現時点でのあんたの場所をお互いに知れる上に……ネックレスの放つ魔力の反射で地図も作られる。一石二鳥でしょ?』

『でも、どこに隠すの?』

『胸当ての裏で良いんじゃない? そして、鍵はベルの胸元――』


 胸当ての裏に仕込んだ地図を広げ、まずは地下3階の牢獄を探索する。来た道を戻って階段を登っても、警備の人間がいたら簡単にバレてしまう。なので、もし同じ階層に別の階段があれば危険性が下がる。同時に、私には気付かない点を()()()()()()()()()なら気付ける部分が出来るはず。まだ裏側の全てを知らない私が考えるんじゃなくて、私は情報の橋渡し役――。


「――にしても、これは……」


 牢屋の道を着き進めば進むほど見える凄惨な光景。ある部屋では、足掻こうと壁に大量の引っかき傷を残して倒れている死体があり、またある部屋では全身の骨が明らかに曲がらない角度で曲がった白骨死体。中でも――


「何……これ……」


 部屋一面が赤く染まった部屋。いわずもがな、これは全て血……。しかも、この部屋の最悪な点は、


「まだ、乾ききっていない……」


 それは、最近起きた事を示唆する一つの真実。部屋の中には肉塊として切り刻まれた死体があり、残された形から辛うじて人体と分かる程、ぐちゃぐちゃにされていた。


「……狂ってる……」


 その先の牢屋にも、壁に拘束されて大量の刺し傷が残された死体。全力で檻を殴った跡と殴り続けて手先が血だらけになった男の死体、外には腸を引きずり出されて苦悶の表情を浮かべていた女性の死体。真っ赤に染まった部屋と同じように切り刻まれた死体に乾ききって黒く染まった部屋。一つ一つを見ただけで、何が起こったかが容易に想像出来る。出来てしまうからこそ過去に言われたウォーレンさんの言葉『異常性』の意味が、身に染みて分かってしまう。


「気が滅入りそう……」


 全ての牢屋に死体と物語を綴る傷跡が残され、それを見るたびに吐き気が促される。それでも、足を進めていくと――


「この顔は……メルキアデスさん……」


 見覚えのある人物が牢屋にいた。だけど裸にされた上で上半身の皮膚は剥がされ、左手は黒こげになるまで焼かれ、右手は人から発せられない緑色に変色、両足は溶かされて骨が見えていた。こんな状態で生きているわけも無く、息もしていない……。


「……捕まって、こうなったの……」


 これは、私の責任だ。私が巻き込んで起きた事故……悪いのはジェフなのは分かるが、それでも守ると決めた上で守れなかった犠牲は重い。


「……これは、背負わないと」


 この死体を心に刻みながら、もう犠牲は出さないと誓う。夢物語かもしれないが、犠牲をしょうがないと心に落としこむ事は出来ない。でも、後悔はしない……これを引き摺っても次に狙われている人は救えないから――。


「今出来る事を最大限に、その上でこの狂った組織を止める」


 メルキアデスの近くには、上に登る階段が残されている。誰も使っていないが為にかなり風化した段差。それは、少なくとも登った先に人がいない事の証明にもなる。今は先に進まないと――。

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