第二章7話 『赤の酒場』
崩された入り口で佇む影。檻を作り上げたその影は、高い身長の全てがコートで覆われており、そこから膨らむ人体ではあり得ないトゲのような突起物は、コートの下に鎧を着込んでいる事が見えなくても理解は出来る。
「はぁ……面倒な奴が来た」
「面倒とは何だセレスティア=ズィルよ」
この男の背後には人が1人通れる分だけ、瓦礫が2つに割れている。これを、私達の戦闘中に行ったのか……。いずれあの瓦礫は撤去されて増援が来るかもしれないと耳を張っていた私に気付かれず、たった一人でこれを……。
「アシュレイ! これは私とこいつの戦いだ! 横やりには何か理由があるんだろうね!」
「用事が無かったら自分が此処へ出向く事はないだろう……」
視線を私に向けながら、アシュレイは続ける。
「ベル=ウェンライトよ。この度の非礼、酒場を代表して私が謝罪しよう。すまなかった」
「――へ?」
そして、唐突に謝られる……あまりの突然に私も間抜けな声が出てしまった。
「えーっと? 何がどうなって私は謝られてるんです?」
「……説明も兼ねて、酒場までご同行願いたい。セレスティア=ズィル、君もだ」
「へーい……」
観念したかのような声を上げるズィル。という事は、あの旧酒場で襲われたアレは……ズィルの独断か?。ある程度の疑問が残りつつも、隣ですっかり大人しくなったズィルと共に酒場へ向かう。その最中、明らかに見張りをしていた松明持ちの一部が近づく。
「あ、ボス! 終わったんですか?」
「あぁ、無事にベル=ウェンライトとセレスティア=ズィル、両名を確保している」
「あ! アシュレイ! あんた、私の部下に何人か自分の人間を入れたな!」
「当たり前だろう……。君は色々と事件を起こしすぎだ。逆に監視ぐらいで済んでいると思え」
あぁ、私があの完成度がまるで低い声で騙せてたのはこういう――、
「ベル=ウェンライトよ、心配しなくとも既に君が落とした男は回収済みだ」
「ちょ、ちょっと待ってください。私がここに来るのが分かってたんですか?」
「いや? 自分の部下からここにいると伝えられて来ただけだ」
初めからアシュレイが知っていた説はなくなった。という事は、
「って事は、私に用があったんですか?」
「そういう事になる。セレスティア=ズィルの処分も含めて目的が全員此処に居ると伝えられて、足を運ばせたら明らかに壊された跡があってな……それを撤去したら丁度君達が争っていただけだ」
「やっぱりそういう事ですか……」
案の定の答え。私に用事があって接触しようと近づいたら、私が事件に巻き込まれたのか……。アシュレイの目的が分からないが一旦話が一段落付いた時に、ズィルが不満そうな顔で呟く。
「アシュレイ。私を呼んだって事は私への用事もあるんでしょ? じゃあこの……ベルって子に話すのは危ないんじゃないの?」
「それは大丈夫だ。緑の国のマスターからお墨付きを貰っている。『煮るなり焼くなり好きにしていいけど、一定の信頼は置いていいよ。でも、もし殺したりしたら……分かってるよね?』だ、そうだ」
「あの何考えているか分からない堅物女マスターからそんな事言われてるの? 何というか、凄いねあんた」
「逆にルールーさんを見てそんな印象を抱いている貴方が凄いよ……」
何を考えているか分からないのは何となく分かるが、あの人がそこまで堅物とはあんまり思えない。ただ、このズィルって人が色々やらかしてルールーさんが怒っている様は容易に想像出来る……。
歩きながら話を進めていると、遺跡の洞窟から外の景色が見える。月明かりの青い光が洞窟に差し込み、暗がりに慣れた目をほぐしていく。もう、夜になっていたようだ――。
夜明かりの大通りは人があまり出歩いておらず、家の中からは焼けた金属を叩く音が響く。一方外を出歩く人は、それぞれが暗い雰囲気を持つような人達。昼の賑やかさとは反対の、それでいて建物の窓から覗かせる熱源の赤が青の道筋を照らす幻想的な光景……。
「……ここの掃除も随分進んでるじゃんアシュレイ」
「当たり前だ。ゴミ掃除が酒場の仕事だからな」
その会話で以前の光景が想像出来る。そして、ゴミ掃除という言葉も容易に……想像出来てしまう。
「着いたぞ。ここが今の酒場だ」
大通りに沿う形で立っている建物。そこは、緑の国とは変わらない机とイスの量、そして緑の国とは違う金属製の盾みたいな壁。印象としては酒場というより要塞のような、厳重な装備が整った酒場だ。おおよそ、この装備の理由は分かるが……。
「さて、ベル=ウェンライト。君は『メルキアデス=レーネル』は知っているか?」
「……誰です?」
「あの男名乗っていなかったか……君の乗っていた馬車の主だ」
あの親切な馬車の主、メルキアデス=レーネル。そして、この聞き方は――
「その人物は知っています」
「そうか……。ベル=ウェンライト、君を乗せて馬車宿へ向かった彼の動向が未だに分かっていない。そして、残された荷物には出血痕が残っている。何か知っている事は?」
やっぱり、殺されたか行方不明かの状態だった。そして、その理由も知っている。
「……ジェフのターゲットらしいです、私」
「は? どういう事だよ! ジェフは――」
「セレスティア=ズィル! 落ち着け」
ジェフという言葉でそれぞれの反応を見せる。理由はまだはっきりとしていないので、ここは何も言わない方が良い。
「なるほど。……では、ベル=ウェンライトよ。早速だが酒場からの依頼だ」
依頼書の無い依頼……危険性や重要度は十分に把握しているが、問題は内容だ――。そのまま、頭の中で思考を続ける私にアシュレイは続けた。
「セレスティア=ズィルとコンビを組んで、メルキアデス=レーネルの行方を追って欲しい」
「――え?」
「――はい?」
あまりに突拍子の無い依頼に私とズィルはお互いの顔を見合わせる。そして、ズィルの顔が段々と怒りに変わり、アシュレイへ向けられる。
「ちょっと待てアシュレイ! いきなりコンビを組めって何だよ!」
「どうもこうも、そのままの意味だ、セレスティア=ズィルよ」
「でも――」
「ベル=ウェンライトも狙われているなら、これが最善なのは君にだって分かるだろう」
「……あぁ、クソッ!」
迫真に迫るアシュレイの黒い瞳に真剣さが伺える。その眼光に屈したように、キレながらも事態を飲み込むズィル。
「セレスティア=ズィルは承諾したが、ベル=ウェンライト、君は?」
「異論は無いです」
「はぁ……全く、組むのはいいんだけど……よりにもよってあんたと組むなんて……」
かなり呆れられているが、一応大丈夫なようだ。
「……セレスティア=ズィル、19歳。あんたの事、なんて呼べば良い?」
「ベル=ウェンライト、18……ベルって呼んで」
「そっか。じゃあベル、先にいうけど……私はあんたの事、好きじゃないから」
「奇遇ね。私もセレンの事、あんまり好きじゃないよ?」
「ズィルだ! セレンって呼ぶな!」
ズィルとは呼び辛いから付けたあだ名。大層気に入らないようで、ズィルと呼ぶように訂正される。だけど――、
「はいはい、分かったよセレン?」
「絶対分かってないだろあんた! 1回殴らせろ!」
「いーやーでーすー!」
殴りかかろうとしてくるセレンから逃げるように、酒場内を走り回る。その姿を呆れる様子で見ながら、アシュレイが軽く注意。
「仲が良い事は結構だが、依頼の事を忘れるなよ君達」
「「仲良く無い!」」
今までは年上の知り合いばかりだった中で出来た、始めての同世代の知り合い。それがなんだか楽しくてつい、いたずらをしようとしてしまう。嫌いな人間の言葉には逆を突けば良い、今後もセレンと呼ぼう――。




