第二章4話 『最後の一歩と初めの一歩』
話終えた頃には夕暮れの光が、木漏れ日のように窓から覗かせていた。
「――なるほど、それで俺の所に来たのか」
私の記憶が無い事。
そこに魔法使いが関わっている事。
そして、唯一の手掛かりがオーバンだった事を話した。だけど私の正体やカルラの事は内緒だ。私の正体は勿論の事、そもそもカルラの情報は色々と違反を黙認して得たものなので、ここで言ってしまえば面倒臭い事が起きてしまう。
「それで、魔法使いについて何か教えて欲しいの」
「……俺には魔法使いの事は分からないな。それと、何でベルが過去にこだわるのかも分からない」
「それでも、私は知りたい。私にはこれしか無いから」
「これしか無い……か」
そう言うと、オーバンは1枚の紙を取り出して何か地図を書き始める。そして、そのままその紙を私へ押しつけ、話を続けた。
「本当に過去を知るのが全てなのか?」
「どういう事?」
「忘れていた記憶、それが必ずしも思い出したい記憶とは限らないんだぞ?」
思い出したくない過去。それについて喋るオーバンの顔は少し強張り、この人に悲しい過去がある事は明白だった。それでも全てを嘘と突き付けられてしまった私には、過去に縋るしか無かった……。そして過去しかなかったから、その過去を捨てた上で何かを持っていたオーバンに少し、羨ましいと思ってしまった。
「だったら? 私にはこれしか無いって言ったでしょ?」
「それは少し早計だって――」
「だから、私にはそれしか無いの!」
羨ましいと思ったからこそ出てしまった怒鳴り声。一度不の感情が入ってしまった事で、どんどん黒くなる私の思考。得られない唯一の情報元に苛立ちを、焦りを隠せなかった。
「私だって、好きでこんな過去を求めてない! 私はずっと普通でいたかった! なのに、何で……何で!」
「――おねーちゃん?」
私の声に心配そうな顔を覗かせた子供、その顔で頭が切り替わる。目の前にはずっと黙っている大柄の男。眼帯で片方を隠したその黒い瞳は、急に大声を出した事による怒りでもなければ、同情による悲しみでもない、ただただ真っ直ぐ誠実な目線を私へ送っていた。
「……ごめんなさい」
「ベルの事情は分からない。でも、俺にも事情があるんだ。教えられない……その事は分かってくれ」
教えてもらえない事実と共に、自分の足でオーバンの工房から外へ出る。これ以上留まっても、黒い心が口から漏れ出てしまうから。頭を冷やすのも含めて、今はオーバンに会わないほうが良い。
「……私は」
緑の国ではおぼろげな目的だったけど、魔法使いやオーバンという情報が定まった事で私の中で焦りを生んでしまった。そして、焦りが苛立ちに変わってああなってしまった……。
でも、それよりももっと前から私は限界だったのかもしれない。生まれた理由を知れば、私は救われるかもしれない……。そんな、何も確証も無い逃げ道に縋るしかない時点で、限界だったんだろう。
「……リナ姉、アリアさん、ルールーさん。……皆、こういう時に何て言ってくれるかな」
既に目線を気にしなくなった路地裏の道、その中で考える。私が人間じゃない化け物だと知った時、皆はなんて言うだろう。
「……そんな事考えても意味は無いか」
でも、私から言わずに別れたんだ。逃げた私に何か言える資格はあまり無い。それに、受け入れてくれたとしても……きっとリナ姉達の立場を悪くするだけだ。そう思って最初に離れたのは自分自身……いまさら私の選択を後悔しても仕方ない。
「いっその事、このまま私の命を――」
「助けてっ!」
最悪の結末を頭に浮かべてしまった途端に聞こえてくる助けを求める女性の声。……だけどここは路地裏で、悪意の塊が住まう場所。これが罠という可能性も――。
『――私が後悔したくないから』
頭に反響するルールーさんの声……。救援の言葉そのものが罠かもしれない。でも……もう後悔はしたくない。だから、
「――っ!」
助けの声に向かって、走る。考えを振りほどくように、今だけは目的を忘れて走りぬける。甘えかもしれないこの感情を目印にして。
慣れない路地裏の壁を蹴り、荷物や崩れた屋根を足場にしながら、声を頼りに建物を飛び越えていく。
「ふざけんじゃねぇぞ!この女ァ!」
「ふざけてるのはあんたらじゃん!」
声の元へたどり着くと、6人の男が1人の女を取り囲んで武器を持っていた。一方女の方も応戦の構えを取っているが、武器は持っていない。あの声的には、助けを求めたのはあの囲まれた女の方だが、
「お前が盗ったって言わないなら、痛い目を見せてやる!」
「あぁもう!あんたらに構ってる暇ないんだけど!」
助けの声とは裏腹に、かなりの好戦的な性格だ。これは、やっぱり騙され――
「死ねぇ!」
囲んでいた男が手に持っていた様々な武器を女の方へ振りかざす。女の声で騙してあの男達が取り囲むものだと思っていたのだが、これは――。
「あぶなっ! か弱い女の子に男が取り囲んで攻撃するのは卑怯じゃない!?」
「お前が先にシャードを盗ったのが悪いんだろうが!」
「盗る訳ないでしょ! 被害妄想で攻撃して恥ずかしくないの?」
……どうやら、シャードを盗んだ盗んでないの押し問答がこうなったみたいだ。でも、素手相手に6人は見過ごせない。一応盗ってないとは言ってるし。……あの女の人が6人の攻撃をいとも容易く避けていくのは怪しいが。
「止めなさいっ!」
そのセリフを言うと同時に振り向いた男へ奇襲の蹴り。振り向いた顎を狙った一撃は思惑通りに当たり、肩ごと蹴り抜かれた男はそのまま倒れる。
「なんだこいつ!」
「誰だか知らないけど、助けてくれるの?」
「助けるんじゃない。見過ごせないだけ」
とりあえず数を減らす。幸いにもまだ少しの油断が相手には残っている。数の優位と所詮不意打ちと考えていそうだ。なので一番近い敵へあえて顔を背け、相手の攻撃を誘う。
「ちょ、あんた――」
予想通り顔を背けて後ろを向けた途端に、潜めているつもりの男が武器を私の頭へ振ってくる。武器の形は典型的な斧、威力が高そうな分直前で攻撃を曲げるような事は武器の重みで出来ない。というよりこの時点で――、
「これで、詰み」
相手の攻撃に合わせて後ろに飛ぶ。攻撃の支点とタイミングさえ合わせれば、零距離に持っていけてしまう。そのまま振り降ろされる腕を掴み、体重移動も利用して――
「投げるっ!」
本来ならここから少し体重を前に持っていき、相手の胸元を掴んで相手の体重ごと頭から地面に叩き落とす技。だけど、今これを出しても意味はない。
「なんだこの女……つえぇ」
「まだ、やる? やるなら容赦しないけど」
さっきまでのイライラをぶつけるような言葉と瞳で脅し、男達は蜘蛛の子を散らすように逃げていく。
「……私一人でも倒せたから、礼は言わないよ」
「礼が欲しくて助けたわけじゃない」
男達が消えた後、襲われていた女の方へ視線を運ぶ。見た目は冒険者っぽいのだが、どうにも色々と露出しているその姿は、女の部分を武器にしたような扇情的なものだ。
「じゃあ、あんたは何が理由で助けたの?」
「……声が聞こえたから、それだけだよ」
その一言で目の前の女は途端に笑いだす。でも、
「あんた、とんだお人好しだね。ここは、悪人が悪人を騙すような所だよ? そんな所で、声が聞こえたから助けたなんて、本当騙しやすいんだね」
唐突に上からの衝撃。どうやら何かで後頭部を思いっきり殴られたようだ……。
「――……」
殴られた威力をそのままに倒れ込む。そして、その中で思いつく一つの作戦。このまま倒れこんで連れて行かれたら、この街の裏側を知れるのでは? という無茶上等の作戦。オーバンからの情報が断たれた以上、ここで何かを掴む為に無茶ぐらいはしないと。
「おいズィル! こいつをどうするんだ!」
「とりあえず運ぶよ」
機械の身体はこの攻撃でも意識を手放さない。その上で、運ばれていく。この『ズィル』と呼ばれた女の赴くままに――




