第二章2話 『この国の日常』
熱が篭った国へ晴天の日差しが突き刺し、陽炎が立ちのぼる昼間頃。宿屋への手続きを終えた私は酒場を探しに大通りを見て回っていく。
「……それにしても、ちゃんと縫えたかな……」
馬車の中でやっていたのは防具の補修。素材と道具は貰ったので、長い旅路の中に色々と作っていた。裁縫はやっていたとはいえ、皮装備は始めてなのでまだまだ改善点が多い。そして、余った金属片を細く頑丈な糸で作った新しい装備も個人的には心もとなく感じる。
「……ここがこの国の酒場……」
大通りの端、少し寂れたような雰囲気を持つ場所。人があまり賑わっていないぐらい辺鄙な所で、緑の国とはあまりに違う、はっきりと言えば冒険者が異様に少ない。
「なんで……」
人の多さからすれば緑の国と変わらないはずなのに、ここまで酒場の――冒険者の数に差が出てしまうのか。だけど、その理由はすぐに分かってしまった。
「おい嬢ちゃん。あんた冒険者か?」
「えぇーっと、はいそうですけ――っ!」
2人組の男、目線は鋭く手には隠しているだろうが、刃物を持っている……そして、冒険者と答えた瞬間に放たれる腹部へ突き刺そうとするナイフ。殺気立った雰囲気と酒場の廃れ方を察した事でギリギリ止める事が出来たが、これは――。
「何を――」
「冒険者は死ね!」
もう1人の男も手に刃を持ち、ギリギリの押し問答をする間に振り下ろされた。だけど、この軌道は多分行ける。
「腕を入れて――こうっ!」
私と腹部へナイフを突き刺そうとした男の間に振り下ろされるナイフ。男の腕ごと切ろうとするこの軌道は、相手が避けようと腕を引っ込める事へと繋がる。誰だって腕を切られたくはない……。その緩みに対し、相手の腹部へ腕を入れて、肘を軽く腹部の中心へ突き立て身体ごと撃ち込む。
「ごぼっ」
水分を含んだ息が相手から漏れ出て、同時に吐き出す黄色っぽい吐瀉物。振り下ろされたナイフは踏み込みによって空を切り、肘を入れた男はうずくまる。
「てめぇ!何を――」
「遅いよ」
振り下ろしたナイフを切り返しされる前に、それよりも内側に足を入れる。そのまま相手の右肩を掴みながら肩を押し込むように力を入れ、切り返した相手の体重移動と合わせて地面に倒しこむように事を運ぶ。足は内側に入れたので相手はバランスを崩して顔から倒れ込み、跳ね返った顔をさらに地面へ叩きつけていく。
「あが――」
叩きつけた顔面からは鮮血が吹き、力が抜けるように応答が無くなった。お腹を抑えてうずくまっている男も、意識を残した状態で倒れている……。
「……何で襲ったの?」
男の瞳から感じる恐怖心。明らかに喧嘩を売る相手を間違えたような、簡単に倒された自分達が信じられないような、そんな目をしている。だけど、それでも口を割らずにこちらを睨む……。
「……ちゃんとこの人も連れていきなよ?」
これ以上この人物に詰め寄っても情報は出ない。そう判断したので、血を流して気絶しているもう1人の介抱を釘刺し、酒場から離れて大通りへ戻る。
「人がいないのはどういう事……?」
大通りへ道を戻れば首都らしい盛況で、さっきの事が夢かと思うほどに様変わりをしている。そして戻った所で元々の目的である『オーバン=マルチェンコ』へ目的を変えながら、今起きている事を整理していく。
酒場の静けさ、冒険者と聞いていきなり襲いかかった2人組、そして路地裏に潜む悪の巣窟。これらは多分、全部繋がっているのだろう。でなければ、私が襲われる事は無かった……。
私の事をベルではなく冒険者と聞いたあの二人は、私を狙ったものではなく冒険者を狙ったもの。ただ、可能性としてジェフをリーダーにした集団が偽装した可能性もあるが……人のいないこの場で、周りに対する嘘を吐かなくてもいいはずだ。
過去に襲われた時には、私が新人でルールーさんのお気に入りなのが気に入らない、という体で襲ってきた。でも今回は、冒険者と聞いていきなり襲ってきた。私はこの国に詳しくない以上、酒場の冒険者を装って襲ったほうが都合が良い……なのに、それをしなかったからには別の目的が妥当。
そして、酒場の静けさ……というより、全く人がいなかった。あの馬車の主が言うにはあそこが酒場なのだが、マスターと思わしき人も、受付も何もいなかった……。まるで、初めから空き地で私を誘導するような……考えられる可能性は、あの馬車の主が裏切った。
なら、何であそこまで親身に色々教えてくれたのだろうか……。これは私がこの国の事情を知らないから考えるだけ無駄だ。それよりも……。
「……ここを通るの……?」
ルールーさんから教えられた道の通りなら、この道を真っ直ぐ進むのだが……。眼前に広がる景色は完全に路地裏と称される場所で、隠れているつもりの人達は、一歩踏み入れたら容赦はしないような威嚇する動物の瞳をしている。
「でも、ここを通らなきゃ」
この街を知らないのが、ここまで枷になるとは……。だけど『オーバン=マルチェンコ』という人物に会わなければ始まらない。全員張り倒すつもりでここを通らなきゃ――。
「君は何をしているんだ?」
「え――」
『オブシディア』に来る前からジェフという存在に絡まれていた事もあって、いきなり襲われる事態には細心の注意を払っていた。さっきの2人組も、視界に入る前から何となくそこにいる気配で心構えが出来ていた。なのに、この人物からは何も音がしなかった。
「――誰っ!」
「ちょ、待て」
未熟とはいえ、少しは分かっていた……。それを悠々と上回ってこちらへ近づいてきたこの男へ最大限の警戒を起こした。相手は確実に格上――。眼帯をした対面の男は髪が無く、変わりに頭から目にかけて不思議な紋様が描かれている。
「ちょっと待て! 何か勘違いをしていないか?」
私が構えた相手はその筋肉とガタイの良い体格とは裏腹に、敵意がない事を示している。
「どういう事? 音を立てずに私へ近づいたのに」
「あ、それは……職業的に仕方なくてだな」
ジェフで騙され、この街でも騙されたのに無警戒で近づくほど馬鹿じゃない。不用意に近づく相手へ一撃を狙おうと、一気に距離を詰める。狙いは喉元――。
「うおっ!」
だがその男はなれた手つきでその攻撃を右手で止め、余った左腕1本で私の胸元を掴み、そのまま持ち上げる。
「な――」
「もういいだろ?」
このまま抵抗も可能だが、私の体重を持ち上げてなお平然とする男へ抵抗する力を無くす。どっちにするにしても、私の攻撃を片手で止められた時点で私に勝ち目はあまり無い。なんせ――、
「何で、私の攻撃を止められるの……」
「あー、確かに威力は強かったぞ。右の手が痛いし」
そうやって胸倉を掴んでいた左手を降ろして、私の足が付いたところで離した。一応敵意は無いそうだ……。
「それで? 何で俺に喧嘩を挑んだ?」
「だって! あなた足音も無く――」
「それはごめん……。でも、そこから殴りに来るのはダメだろ」
冷静になった頭に当然の正論が刺さる。騙されすぎた事で疑心暗鬼になった所に足音の無い男……敵意を向けるには早計過ぎたようだ。
「……ごめんなさい」
「こっちにも落ち度があるし、お互い様で良いけど……。君は何でここに?」
「……『オーバン=マルチェンコ』って人を探していて」
その名前を聞いて、目を丸くする男。そして、驚きと動揺を隠せないまま男は告げる――。
「えーっと、その……俺が『オーバン=マルチェンコ』だ」
「――え?」
この人がオーバン……。それと同時に私の求めていた人物へ、私は殴りかかっていた事実にかなり肝を冷やした




