第一章2話 『理想と現実』
買い物カゴを片手に、目的地である少し奥まった場所にある一つの大きな建物へたどり着く。
「――はぁっ、ベル、お前、こんな所までそんな重い物もってなんとも無いのか」
「これくらい普通よ? って言いたいけど、私はちょっと力が強くて。そんなに筋肉もないのに」
昔からそうだった。筋肉はあまり付いていないと思っているのに、大男ですら持ち上げられなかった物を持ち上げたり、どれだけ走っても息切れしなかったりする。理由は結局分からずじまいで、私も特に気にしなくなった。
むしろこういう時に率先して人の役に立てるから、こういう便利な身体で生まれて良かったとも思っている。と言うよりかは寧ろ――、
「体力はあまり無いのねウィル」
「うっせぇ! こちとら後衛職だ!」
一応この道、リナ姉は無理だけどアリアさんは息を切らさずに走れるぐらいには普通の道なのだが。
「――お帰りなさいませ、ベル様」
門をくぐると、ちょうど庭の手入れをしていたアリアさんが出迎えてくれた。
「ただいま、アリアさん」
「私は使用人の一人でございます。呼び捨てでも宜しいと何度も――失礼、お客様をお連れとは思いませんでした」
アリアさんはお客様であるウィルの方へ身体を向け、ロングスカートの裾をつまみお辞儀をする。そのお辞儀一つで上品さがふわりと滲ませる様は、流石の一言だ。
「私は『アリアガット=マクドネル』。領主『リナ=ハインド』様の従者で、ここの使用人を纏めさせていただいております」
アリアさんの赤い瞳を向けられたウィルはひどく困惑し、どうすれば良いか分からないのか目が左右に泳いでいる。領主という反応や言葉遣いも合わせた上で、こういう場に全く慣れていないのは分かっていたが、まさかここまで狼狽えるとは……。
「あ、えーっと……こういう時はどうしたらいいんだベル……」
「ただの挨拶だから、普通に名乗れば良いのよ」
もう少し見ていたい気持ちもあったが、流石に少しかわいそうに思えてきたので助け舟を出す。おろおろとした様子にアリアさんも少し頬を緩ませ、雰囲気も少し柔らかくなる。
「えーっと、じゃあ。俺は『ウィリス=フォークナー』ウィルって呼んでくれ。探し人がいて――」
ウィルが事の顛末を説明している間、私は手に持っていたカゴの中身を調理台へ運び、食材を分かりやすい様に並べる。
この場所にリナ姉はまだ居ないが大方想像がつく。リナ姉は基本的に自分一人でこなそうとして、一人じゃ抱えきれなくなるまで何も言わないのだ。そのリナ姉が買い物一つとはいえ、私にバトンを渡した時点でなんとなく察しがついている。そしてこういう時のリナ姉は大概、できるだけ一人でこなそうと一日に詰め込み、フラフラになるまで仕事を消化する。
決して仕事が溜まるまでサボっている訳ではない。少し抜け出す事もあるが、基本リナ姉は真面目だ。それでも仕事が溜まる理由、それは前任であるリナの父親『ロズモンド=ハインド』の存在だ。
私は会った事はなく、噂話程度でしか耳にしてないが、前任である父親は、仕事が出来過ぎたが故にかなりの広さで手を回し、最終的には行方不明となり、予め行方不明になる事を想定していたかのような、出来過ぎた後継者への引き継ぎで娘であるリナ姉が領主となった。
その結果が今のリナ姉の仕事量である。
「少しぐらいアリアさんや私を頼っても良いのに……」
領主の現状に対して少しぼやきを入れながら食材を使いやすい様に並べ、調理台から戻ってくると、顛末を説明し終えたはずのウィルの姿は無く、アリアさんが庭の手入れを再開していた。
消えたウィルの姿を確認しようと周囲を見渡すが、姿はおろか花の匂い一つも無い。
私に気付いたアリアさんは、艶めかしい黒の長髪をなびかせながらこちらにかけ寄り、凛とした声色で話しかける。
「お待ちしておりましたベル様。ウィル様からお話の方を大方伺いました。話を聞く限りなのですが、ベル様の方にもウィル様を連れてきた目的があるはず。なのでそちらを先にお伺いしようかとこちらの方で待っておりました」
人を良く見ているアリアさんは私の目的にすぐ気付いていたようだ。
「……リナ姉の病気を治せるかもしれない。『魔術師』という私達の知らない知識で、もしかしたら……」
「なるほど。そういう事でしたか……。ですが、私個人の感想と致しましては、その知識で救う事はほとんど無理かと存じ上げます」
肯定されると思っていた人物に否定され、思わず辟易する。『魔術師』の知識で、もしかしたら治せるかもしれないのに。否定された事に心が揺れて言葉が詰まる私に、続けてアリアさんは詰めてくる。
「確かに私も『魔術師』たる存在は始めて拝見しましたが、ウィル様以外の『魔術師』も当然存在しております。その御方にリナお嬢様の御病気をお見せしている可能性は考えているのでしょうか?」
――完全に頭から抜けていた。リナ姉がギリギリでこなしている仕事量をこともなげにやっていた父親。そんな有能な人が『魔術師』の可能性を捨てるだろうか。
「それは……」
まだ見ぬ存在に心が浮かれていたからこそ、至極当然な正論にそれ以上の言葉が何も浮かばない。
アリアさんの声色が一つ一つが強く、正論が故に静かな憤りを放っているようだった。
「ベル様のリナお嬢様を救いたい気持ちはありがたい心意気ですし、リナお嬢様も感謝しております。ですが、どんな時でも心は冷静に。浮かれた心ほど盲目なのですよ」
アリアさんの冷静な一言が私の心を串刺しにする。一度冷静になれば簡単に分かる事だったのに。『魔術師』は一人じゃない。そんな当たり前の事すら忘れてしまったぐらい私は何も見えていなかった。
「最後に、一使用人である私が差し出がましい事を言って申し訳ございませんでした」
こう告げるとアリアさんは何事もなかったかのように、調理台がある部屋に歩いて行く。一瞬のブレもなく凛として歩く様に、この時だけは少し怖さを感じるぐらい冷たく感じた。
「話は終わったか?」
建物の門を再度くぐると、外でウィルが腕を組みながら待っていた。だが、悲しげな雰囲気と申し訳なさそうな表情で、なんとなく聞かれていた事が窺えた。
「……聞いてた……よね……」
「あ、あぁ……全部聞いてた。と言うより、前もって全部アリアって人に聞かされていたんだけどな」
アリアさんに何か聞かされていた事実を述べると、何か言い淀んでいたウィルが組んでいた腕を降ろしながら渋い顔をしてウィルは続ける。
「単刀直入に言うと、リナは『魔術師』――いや、『魔法使い』に一度見せているはずだ」
『魔法使い』、聞いた事が無い単語を出され、私の頭は混迷する。『魔法使い』とは何者で、どういう存在なのか。そしてアリアさんは『魔術師』を見ていないと言っていたのに、どうしてこの事を隠していたのか。気の焦りを落ち着かせながら、ウィルにいくつかの質問を投げかける。
「『魔法使い』って何? 『魔術師』とは何が違うの?」
「『魔法使い』は魔法という物をを魔術に落とし込んで、本や弟子として魔術を教えた存在。つまりは俺らの師匠だな」
――『魔術師』達の師匠、その存在に何もときめかなかった。『魔法使い』に見せてもリナ姉の病気は治ってないからだ。私はただ、リナ姉の病気を治したかっただけ。
それよりも気になるのはアリアさんが『魔法使い』を知っていた事で、もし知っていたら、あの場で『魔術師』を見た事が無いと嘘を付いた理由が知りたかった。もしかしたら私はまた、置いていかれるかもしれない、そう頭をよぎってしまう、だから――
「アリアさんは、『魔法使い』の存在を知っていたの……?」
「いや、絶対に知らない。それは断言できる」
私の疑心を一刀両断したウィルは、来た道を引き返す様に足を進めながら、その理由を述べる。
「何でかって言うと、まずアリアは俺に対して反応を起こさなかった事だ」
「反応?」
そう答える私に対して唐突に、ウィルは首に掛けていた植物の蔦をモチーフにした花のネックレスを外して、私に見せるように突きつける。するとその飾りが光りだし、花を付けた一つの杖に変化していく――。
「――っと、これが『魔術師』の証である、『魔術道具』だ。これは、俺みたいにネックレスや腕に巻くブレスレットとか、何かしらの形で『魔術師』は大抵の場合、持っているんだよ」
杖を軽く振り回しつつ、杖を確認していくウィル。杖の点検も兼ねているように、1つ1つ確認していきながら、話を続ける。
だけど、心に少し引っかかる部分があった。確か私はウィルの魔術を見る際に――。一抹の不安が過ったが、話を止めずに続けさせる。
「形も様々だが機能も様々で、俺の場合は杖として使えるような機能を持っている。だけど1個は確実に持っていないといけない機能が存在するんだ。それが『魔力探知』。俺ら『魔術師』は魔力が視えない。だからこういう物で周囲の魔力を計るんだ。ここまでで何か質問はあるか? 無いなら続けるが」
点検が終わったのか杖にしていたそれを、元の花のネックレスへ戻して首に再度かけ直す。そして付け終わった所でウィルからの質問タイムが行われた。
多分、私が引っかかった所が顔に出ていたのだろうか。
「『魔力探知』を持たなくてもいい『魔術師』も存在するの?」
「あー……たまに存在する。だけど、それは似ているだけで根底は違うものだ。魔力が視えるからと言って魔術が使えるわけでは無い。例えば、剣を作る鍛冶師が全員、剣術の達人とは言えないだろ?」
その説明である程度理解でき、そして同時に自分の眼が異常じゃない事に安堵感を覚えた。
同時に、大抵の『魔術師』が道具で補っている物を私は視えている。その事に嬉しさを感じながら、ウィルの話を続けて聞く。
「そして魔力が視えるのは生まれ持った才能で、鍛えたら覚えられるものではない。……ってもしかしてその質問をするって事は、ベル、お前は視えるのか?」
「多分、視えると思う。ウィルが魔術を使った時に緑の線が、何か紋様を作っているようなものが視えたよ」
私は見た物をそのまま伝える。あの線で作った紋様みたいな物はよく分からないが、何となく想像もつく。
魔術は魔力に術式を与えて魔力を変換させる行為。それなら、あの紋は術式に値するものだろう。
私の話を聞いたウィルは少し納得したように答えた。
「それは確実に視えてるな。その感覚を研ぎ澄ませればもっと鮮明に視えるはずなんだけど、まぁこの部分は本で見ただけだから、実際に鮮明に見えるかは分からないんだけどな」
鍛えたらもっと視えるはず。その言葉に『魔術師』の可能性を感じ、直球な質問を投げつける。
「なら、私は『魔術師』になれる?」
「無理だな。『魔術道具』が全く反応していない。この道具は、周囲の魔力を測るのはさっき言っただろ? それは人にも言えて、言ってしまえば人の魔力も測れるんだ。それが君には一切反応しない。つまり――」
「私に魔力は一切無い。そういう事ね」
『魔術師』からのある種、死刑宣告のような解説に、気分が落ちる。少し前の嬉しさを持った私を殴りたいぐらいだ。
そう思いながらウィルの方を向くと、ウィルは喋っている事と顔が合わないような難しい顔をして、眉間にシワを寄せる。門の前では申し訳なさそうな顔だったのに、何か引っかかる事がでもあったのだろうか。
「――どうしたの? すごい難しい顔をしてるけど」
「あー……いや、考えすぎだろうから、大丈夫。それよりも、話が大分脱線してるな」
そう言っていつもの顔に戻り、アリアさんが知らないであろう理由を続ける。
「話を戻そう。えーっと、『魔術道具』は、俺ら『魔術師』の必需品。そこまでは教えた。逆に言えば、これが無いと俺は魔力を感知出来ず、魔力を集める事が出来なくなる」
そう言いながらウィルは自身の首飾りを指差し、念じるように力を込めた。すると、花の中心が少し光り、それに合わせてウィルの指先に緑色が集まる。光った事を見せるとすぐに力を抜き、またそれに合わせて光は無くなり、緑色も霧散した。
そしてウィルは続ける。
「今見たように、魔力を探知して集める時に『魔術道具』は光るんだ。どの道具も例外なく、な。だから『魔術師』は極力、この光を隠す。盗られたら終わり、だからな」
確かに、私に魔術を見せた時は光なんて見えなかった。見えなかったけど、この話とアリアさんへの疑いが全く繋がらない。
どういう事だ? 光を隠すって事は奪われる危険性を無くす手段だろうけど、アリアさんはそもそも『魔術道具』を奪うなんて真似は絶対にしない。なのに奪われる危険性を話すなんて、それこそウィルが攻撃でもしないと――まさか、
「もしかして、なんだけど。アリアさんに喧嘩を売った?」
「あぁ。思いっきり敵意を向けたよ」
――あぁ、やっぱり。だからアリアさんの言葉にトゲがあったのか。それよりも――
「あんた馬鹿じゃないの!?」
――至極当然な私の怒り声が、周囲の草木を揺らした。




