断章 『とあるマスターの事後報告』
馬車の去った夜更け。とある少女と別れた私は、覗いてるのがバレバレな男に声をかける。
「……そんなに気になるなら君も出てくれば良かっただろうに」
「こういうのは苦手なんだよルールー。……良かったのか? ベルに嘘付いて」
観念したかのように姿を表したひ弱な男は、私が付いた嘘について少し眉をひそめながら問う。どこまでも、心配性な男だ。
「良いんだよ。あの戦闘が引き起こした結論がバンジャマン君の命がもって2週間、なんて知ったらベル君の足枷になる」
「……魔法使いを追っているんなら、いつかバレる事だぞ?」
「今は、知らなくていい事もあるんだよ。今は、ね?」
酒場への道のりに帰っていく中で、ベルという存在の正体にウォーレンは踏み入れる。
「……大分前から気付いていたろ? ベルが人間じゃない事」
「まぁ、ね? ベル君は最後まで私が気付いている事に気付かなかったようだけど」
「俺もおかしいと思った点はあったが、ルールーはもっと前から気付いていた……。何で気付いたんだ?」
問われる質問。だけど、理由は明白だ……。
「ベル君と始めて会った時だよ。左腕から強く出た血の匂いと、父親のお下がりを持ち込んだかのように寸法の合わない装備、それがあまりに不釣合いでね。誰かを殺して奪ったように見えたんだよ」
「それで俺を呼んだ……」
「ベル君は無警戒で食べていたけどね。出された料理」
目の前にいるウォーレンという男は料理を担当する人間じゃない。普通にあの料理を出すなら酒場の食事担当を呼びだすが、この男にしか出来ない事があってあの時に呼んだ。一応腐っても酒場では私の右腕を担っているウォーレンには、薬学の分野が本来の仕事――。
「ちゃんと、調整したんだろうね?」
「しっかりとしただろ? でも、ベルには効かなかった」
「あの時の顔は凄かったねぇ。目を見開いて幻でも見ているのかぐらい驚いてて、ベル君に気付かれないようにするの大変だったんだよ?」
あの料理にとある薬を盛っていた。それは意識を少し鈍らせ、嘘を付けなくする類の薬……盛りすぎれば意識を失うが、ベル君の身長や体格に合わせてウォーレンが量を調整している。なので本来は効くはずだったが、どういう訳か平然としていた事で私の興味が沸き始めた。
「うるせぇ! あれ結構自信作なんだよ! ……でも、それだけが理由じゃないだろ?」
「薬が効かない上に、見た目が華奢なベル君がバンジャマン君の一撃を止めた技もおかしい物だった」
「技? 俺には普通に有利な位置で止めたなぁぐらいしか分からなかったが」
「……あれは本来、あそこから腕を折るか、相手の踏み込みに合わせて心臓に打ち込むかの2つが出来る技だ。当然、どっちも対人に特化した殺し技……。それに、あの技は力の差が大きすぎると殴られた力を止め切れずに吹っ飛ばされる」
魔物を倒す冒険者になろうとした少女が覚えているのは、人を殺す事に特化した技。それは、背丈に合わない鎧と共に矛盾を生み出している。そこに薬の効かない体質と全く疑いを知らない青い瞳……あまりにちぐはぐで、あまりにおかしな存在。
「それで、ベルを気にし始めたのか」
「最初は何か特殊な体質でもあるのかなって思って、オーダーメイドの店をあえて選んだんだ。値段の差し引きは私が持ってね」
「あー、手とかしっかり計るからな。あのシャードでオーダーメイドは無理があるだろって思ってたけど、そういう事だったか」
「あそこは私の顔がかなり効いてねぇ……。というより、本来は私の紹介が無いと入れないぐらい高いお店なんだよ?」
おかしな存在だからこそ、疑う。私個人としては興味があるが、酒場としては今を壊されたらたまったもんじゃない。あの少女がもし酒場を壊しうる存在なら、私は容赦なく敵対して殺さなければならない。でも、あの疑いの無い態度と瞳がどうしても嘘と思えなかったから――。
「でも、連絡なんて出来ないのによくルールーの意図が店に伝わったな」
「地図や値段を教えた際に紙を書いただろう? あれは私のサインが隠されていて、あれで書いている事は一種の指示にも繋がるようになっているんだよ。私の息がかかった場所だけなんだけどね」
私のサインは裏でその差額や損害を全て酒場が持つから従ってくれという合図。それを見た上で聞かない奴らもいるが、私を裏切らない限りはしっかりと従ってくれる。通常とは違うもので、火で炙ると隠されたサインが浮かび上がる代物だ。
「あの紙ってそういう使い方をするのか……」
「あれ? 教えてなかったっけ?」
「聞いてねぇよ!」
軽い談笑と共に付く酒場への入り口。既に人はほとんどおらず、酒場もずっと開いているとはいえガラガラだ。
「さて、やる事やってから寝ようかな」
ウォーレンはウォーレンで別の事をやらせて、私は当事者の一人として一人の少女が起こした事柄を一つ一つ報告書に纏める。
「……まずはカルラ=グラシア」
生まれは『アイリス』出身の13歳。詳細までは不明だが、街からは嫌われている存在だったようだ……。12歳の時から行方不明になり、現在に至る。
「まぁ、こんなものかな。というより、『アイリス』が酒場に協力をしてくれないんだよねぇ……」
あそこは元々辺境の街だ。酒場も無く情報が閉ざされている為に、度々あそこから賊が沸くんじゃないかと疑われているが、それでも態度を崩さない。私個人の考えとしては、何かを隠しているような感覚だ。
「……どうにもここと繋がっている気がするんだけど、確証は無いねぇ」
手に持つ一つの経歴書。名前を『シグ』ただそれだけしか語られない名。出身は別の国だが、ここの国へ流れ着いて、『アイリス』で暮らしていた。1年前に旅に出たらしく、目撃情報と共に行方不明。カルラが『アイリス』から出た年と合致している。
経歴から魔法使いで、酒場にも始めは協力して酒場からの依頼をこなせる信頼のある人物だった。私も会った事はあるが、無精髭を生やしたボサボサの黒髪で、目の色は青い。まるで、歳を取ったウォーレンのような見た目だった。詳しくは父親の方が知っているのだが、最後に見たのは同じく1年前。だけど、ここで最終的に酒場を――裏切った。
「『シグ』と呼ばれたこの人の情報も不自然に消されて……何かが起こった事は明白なんだけど、とっかかりが無い以上調べるのは難しい……」
だから、これ以上の詮索は無理――。
「……さて、次は――」
ジェフ崇拝派の存在。ジェフというリーダーを中心に広がりを見せている集団……。と言っても、大半は拷問で精神を壊した上で崇拝させている非人道的な狂った存在だ。
「ジェフという名前だけが1人歩きして、誰も姿を見せていないのもかなり変なんだよねぇ」
ここまで情報があるのに、ジェフの顔が分かっていない――というより、目撃情報の顔が全部バラバラなのだ。ジェフの性別から年齢、身長から髪型まで全部が違う。影武者を立てるにしても人数が多すぎて頭を抱えそうになる。だからこそ、ジェフの尻尾が掴めない現状が作られる。
「――ジェフの目的は分かるんだけど……。ベル君は中々に交流があって少し驚いた」
ジェフはとある人物の情報の為に動いている。それは『マルク=パルヴィス』この魔法使いの情報だ。だが、動きから察するに人物像を欲しているというより、今マルクが何処にいるかの情報に全てを捧げているイメージだ。
「それが理由で襲われた……。まぁ、マルクの事をベル君に伝えたら、それこそ徹底的に狙われそうだし……」
多分ベル君は、マルクの今を知っている。狙われた以上はそういう事だろう。
「さて……最後は――」
『バンジャマン=ヘイライン』の今後。と言っても、明日隠し場所を見ない事には分からないが、
「それでも、あの症状は」
最初は体温の上昇から始まり、記憶の欠落と気分の高揚が症状になるが……バンジャマン君に触ってないので体温は分からない。だけど、記憶の欠落は確かにあった。
それは、私への喧嘩。そもそも私への喧嘩は酒場への殴りこみと同義でご法度に近く、私が裏で内緒にしているだけで酒場の人間に手を出すと捕まる類のものだ。だから、その法を知っている人は喧嘩を挑まないのだ……。でも、バンジャマンは挑んできた。
「そして、ベル君を見た際の興奮」
バンジャマン君は仮にも横暴で他の冒険者から苦情が来るような人間だが、あそこまで露骨に態度が過ぎた人ではない。酒場に入ってきてからの行動も少しおかしかった。依頼を取る事もしなければいきなり受付に怒鳴り込んだのも、冒険者からしたら新人か何かと間違えるぐらい初歩的な事。最初は調子に乗ったぐらいかな、とは思ったが……今になれば症状と重なる。
「そして、突然バンジャマンは消えた」
依頼もこなさずにあの森で1人……魔術の練習とは聞こえは良いが、依頼を受けないのは流石におかしすぎる。これも、記憶の欠落が起こす症状の一つだ。自分の記憶に穴が開いていき、最終的には自分が一番心に残っている場所へ足を運ぶ。
「……全て、当てはまっている……」
それは、私達では治せない事を意味する。
「――全く、ベル君にはこんな真実、伝えられないな」
報告書を取り纏め、酒場を後にして宿屋へ向かう。そろそろ睡眠をとらないと眠気が強くなっていく。
「塗りつぶしの確認を明日行わないと……」
眠る前に思うのは報告書の塗りつぶし。あれは大衆にも関わる事件なので、酒場の人間であれば覗ける情報に変わっていく。だからこそ、出してはいけない情報は、塗りつぶす。じゃないと、全員が混乱する自体にも繋がってしまうから。
そして眠る直前に思い出す報告書の最後、『バンジャマン=ヘイライン:■■化によって死亡』を――




