第一章17話 『森の中』
森の中を駆け抜けつつ、襲ってくる魔物を一撃で屠っていく先頭のルールーさん。あまりに全てをしてしまうので、私はただついていくだけになっている。
「ベル君、ちゃんとついてこれてる?」
その上でここまで余裕に後ろを見て私の行方を確認できているのは、もうルールーさん一人でいいんじゃないかとすら錯覚させる程に強みを感じる。
「大丈夫、今はそれほど――っ!」
「あー……ちょっと厄介なのが出てきたねぇ」
唐突に弾ける気配と何かが腐ったような匂い。それは木に吊り下がっていた果実のような何かが弾け飛んだものだった。そして周囲まで及ぶ瘴気、その瘴気に触れた木は少しずつ腐食していっている。
「簡潔に言うとこれは魔物の罠なんだけど、この魔物が厄介なのは、こうやって腐らせているあれは本体じゃないって事」
「えーっと、つまり本体は――」
「別にいるって事さ!」
言葉と共に木に絡まっていた蔦へ大剣を振り抜く。すると切られた痛みなのか、蔦からは鮮血が飛び散り叫び声が森の中を駆け回る。叫び声の方向は私の右斜め後方。咄嗟に弓を構えるが、何処にいるかは分からない。
「ベル君! 連想ゲームだ!」
――連想ゲーム。正直何で連想ゲームが出たのかは分からないが、ルールーさんが伝えたい事の意味は分かる。
上に残る無数の果実、これは魔物は仕掛けた擬態の罠。そこに繋がっていた蔦を切ると血が吹き出した。だけどその蔦は土から伸びているので、辿る事は引っ張り上げない限り不可能。そんな事をする余裕もない。
叫び声を上げた事から土の中ではない事は確か。だけど、今見てる範囲には蔦が無い。……連想ゲームから見るに残る場所は――。
「そこっ!」
放つ場所は一つだけ枯れ始めていた木の中心。今までの形を想像すると、これは植物の魔物。腐らせる理由は地面に伸ばした根っこで人間を吸収する為。叫び声で土では無いとすると木、その中に寄生しているものか。
狙いは当たり、だがまだ魔物を殺すには至っていない。苦しい叫び声を上げながら地面から大量の蔦と根が私達を襲ってくる。死ぬ間際の抵抗だが、慣れない弓の再装填では時間が――、
「ベル君、伏せて」
ルールーさんはその異形の大剣にあるグリップのようなものを思いっきり握る。すると大剣が赤いもやと薄い緑のもやで包み始め、大剣が熱量を上げ始める。熱が大剣の周りを歪め、巻き込まれたら死ぬ事をヒシヒシと肌で感じたので、咄嗟に伏せる。
「吹っ飛べぇ!」
熱と風を纏った大剣を横へ薙ぎ払うように放つ。風は大剣の形をした斬撃を作り上げ、熱は周りの草木を焼きながらその風を後押しする。唸りをあげた熱風はそのまま私の穿った木は飛んでいき、木を両断しながら全てを焼いた。
「……え?」
未だに状況を把握できないでいる。あのモヤは魔力なのは分かるが、一撃で周囲の木を丸ごと両断しつつ炭に変えた。私を巻き込まないようにしてくれたのが却って私の場所だけ草が残る異質な光景を作り出す。
「やり過ぎちゃった」
「でしょうね! こんな周り消し炭にして、何をしたのルールーさん!」
「ただ切っただけだよ。魔力を纏わせてね」
大剣に突き刺さった2本の棒を引き抜きながら、軽々と言ってのけるルールーさん。だが、一振りで起こせる範囲を軽々と越えている惨状に目を疑う。あのモヤは魔力なら、ルールーさんは、
「また色々考えてるけど、私は魔術師じゃないよベル君」
「え……何で分かって――」
「仮にも酒場って立場でたくさんの人を見てきたんだ。何となくだけど、人の考えてそうな事ぐらいは分かるよ。君がやたらと魔術なんかの単語に興味を持っている事も」
私の思考が分かっていた事を言われてしまう。それなら、私の正体も全部初めからバレていた……? 最悪の可能性が過ぎってしまい、少し身体が震えてしまった。もう、あんな出来事は嫌だから。
「君が魔法使いという単語に引っかかっていたから――ってちょっと!? 泣く事はないじゃないか!」
知らない人から嫌われているのはまだ耐えられるけど見知った人に嫌われてしまう、そんなまだ想像でしかない事を考えてしまい目から一筋だけ、透明な血が流れてしまった。
「私が過ぎた事を言ったのなら謝るから! ごめんね、ベル君!」
私の涙に物凄く慌てるルールーさん。その慌てている様がいつも余裕そうに見えていたいつものルールーさんとはまるで違って少し可笑しく感じてしまう。
「違うの。私のせいだから、気にしないで」
「気にするよ! 君は何というか抱え込みすぎだ!」
思えば、一人で戦闘の腕を上げようとしたのも、化け物だと罵られた時に誰も頼れなかった事も、色々と一人で持ちすぎたのかもしれない。一人で抱え込むリナ姉に手を貸したい、それが最初の目的だったのに、今ではリナ姉と同じになってしまっていた。それよりも、まだ採取が――。
「ルールーさん。私の事よりも『月食草』が――」
「もう着いてるよ。最短って言ったでしょ?」
炭となった所を気にしすぎて気付かなかったが、後ろに目をやると木の生えていない草原のちょっとした広場があり、所々が黒く染まった草原は月の光を引き立たせる。
「ここが……」
「採取が終わるまで時間がかかるから、少しばかり話をしながらでもいいかな?」
草原の黒を引き抜いて採取をしている横に、採取を手伝いながらルールーさんはこちらを真剣に見つめてくる。どうやら話を戻されてしまったようだ……。
「……どうして魔法使いや魔術師に執着するか、だよね?」
「前々から気になっていたんだけど、どうもカルラとの絡みに関係がありそうだよね? ベル君」
その質問に黙ってしまう。どこまで言っていいのか、どうすれば信用するのか、もし信用されなければ私はどうすれば良いのか。考え込みすぎて唇から滲む鉄の味。
「まーた考え込んでる。言える所まで、それで良いのに」
「――えっ?」
「どうせベル君には何か秘密がある事は分かってるんだ。私にも言えてないって事は誰にも言えない何か良くないタイプの秘密。でもその上でベル君とこうやって居るんだ、それくらいは私を信用してほしいかな」
そういって私の頬をつまみ、考え込んで血が出るほど噛んでいた下唇ごと強制的に笑顔の方向へ向ける。
「……私には記憶がない期間があるんです。子供の頃の記憶、そして親の記憶……それが無くて」
「それで、両親が魔法使いか魔術師かであるまで辿り付いた……そんな所かな?」
あっさりと言い当てられるが、私がルールーさんの立場でも分かっていた事だ。
「だから、両親の手掛かりになるかもしれない魔法使いか魔術師の情報が欲しくて……」
「そこまでが言える理由ね。分かった、教えられる限りは教えるよ」
そしてまたあっさりと飲み込んでくれる。どうして、
「どうしてそこまで信用してくれるの?」
「単純に私が後悔をしたくないから、かな? 突き飛ばそうと思えばいつでも突き飛ばせる。でもそれで、突き飛ばした相手が何かに巻き込まれて死んだら、私は過去を悔んでしまう。先代である父親から『過去を改まる事はしても後悔はするな』って言われたとしても、ね。だから手を貸すんだ。たとえ私に害が及んだとしても、手を貸さない後悔は絶対にしたくないから」
いつになく真剣な表情で語っていたルールーさん。まるで、昔にそんな事が起こってしまったような、そしてそんな自分を責めているような、そんな表情で。
「と言っても、ベル君は害を極力周りに出さないように立ち回るタイプだろうし、私は安心だけどね――っと、これくらいで十分かな」
気付いたら採取用の籠にこんもりと詰め込んだ状態まで採取していた。これくらいあれば大丈夫だろうし、そろそろ月が落ちて日が登る。
「もうこの森に用は無いし帰ろうか?」
「いや……少しばかり用が出来てしまった。手伝ってくれるかい? ベル君」
ルールーさんが警戒する目線の先に私も目をやると、そこには巨大な木の魔物がこちらへ向かって走り出していた。
「あんなでかい魔物なのに気配が――」
「まぁ……だろうね。それよりも、来るよ」
私達へ向かってくる木の魔物は雄叫びに似た声を上げ、木には似合わない大量の赤色を身体に貼り付けながら、木を伸ばしてくる。
「あれを倒してから、酒場へ戻ろう」
飛んでくる木を切り払い、こちらも戦闘体勢へ就いた。




