断章 『リナ=ハインド』
私が意識を取り戻すと、既に事は終わった後だった。
「リナお嬢様! お身体は大丈夫でしょうか!?」
私の隣で赤い瞳を曇らせ、心配そうにこちらを見つめる黒髪の女性。良く知るその人物は、服が汚れて身体から血の雫がたれ落ちている程ボロボロの状態で、それでも尚自分の事を気にせず私を看病してくれている。
「アリア……ごめんなさい……」
私の事を快く思ってくれない人達もいるのは分かっていた。でもまさか私を直接狙いに来るとは思わず、自らの認識の甘さに嫌気が刺す。
「リナお嬢様が悪いわけではございません。ロズモンド様が手を広げすぎたツケが、今来ただけでございます」
「でも……私の力不足は事実よ」
襲われたのは、手を回せなかった私の手腕が原因だ。お父様のツケとは言うが、お父様は多分これをこなしきれている。一番間近で見てきた私だから分かってしまう、お父様の人を見る目はとてつもない物だった。だからこそ人に慕われ、的確に人へバトンを渡せてしまう。そこに失敗は私の見ている限り一度も無かった、無いように見せているだけなのかもしれないが。
「リナお嬢様……」
「それよりも、私が倒れている間に何があったのか教えてちょうだい?」
覚醒していく頭に新しい情報を詰め込んでいく。少なくとも状況の把握と次の一手、今私が領主としてやるべき事はこれだから――。
「では、ご報告させていただきます。私達を襲いに来た一団はほとんど壊滅。原因は不明でございますが、情報を元に推測すると……爆発による焼死が主かと」
「爆発……その音はアリアも聞いたの?」
「はい。物凄い轟音が街中に響き、一時街は騒然としておりました」
爆発……それは突発的に起こせるものじゃない。火薬にしろ魔術にしろ魔法にしろ何かしらの準備がいるが、私達はあそこへ滅多に足を運ばない。つまり犯人が自爆した、そう考えるのが丸い判断だ。だけど、わざわざ自爆する為に子供達を攫う……? 私達を捕まえて爆破すれば済む話とは思うが、私達が生き残っている事は、わざわざ私達が逃げた後で爆破……? 何か別の要因があるのが妥当だ。
「……犯人は例の一団?」
「はい。襲いに来た人間の詳細は爆破の際に焼けてバラバラになってしまい、判別が出来ません。ですが、同時期に行方不明となった人達を見るに、おそらく『ホップ団』と思われます」
「そう……」
ホップ団……それは、私達の領主としての手腕に不平と不満を持った人達が組んで出来たもの。元から不平不満がある事は重々承知しているのだが、昔に起こした事件で飛躍的に人が増えてしまった。
その事件は私の準備不足が最悪の事態を引き起こしたもので、族の襲来によって『ナーシサス』と協定を組んだ小さな村『アマリリス』が大打撃を受けたというもの。まさか、私が手を組もうとしていた人物が裏切って襲撃を起こすとは当時の私は思っておらず、人を見る事に関しては長けていたお父様だったら防げていた事態だった。後にその人物を追放、首都『ハイドランジア』へ連行したが、人が多数亡くなった事実は変わらずに残り、その矛先が私へと向いてしまった形だ。
元々、私が手いっぱいで要望を回せなかった箇所に疑問を持っていた人達が、この事件で対立。現在のホップ団が出来上がった。
あの兵士も元々は『アマリリス』の出身で、最初はそんな事は関係無いと言ってくれていたのだが、元々裏切る予定だったのだろうか……お父様だったら――、
「リナお嬢様。失礼ながら、ロズモンド様だったら……そうお考えでは無いですか?」
「それは――……そうよ、お父様だったら最初からこんな事に――」
「ロズモンド様が人を見る目が確かなのは貴方はご存知のはず、その貴方が自分を信じなくてどうするのですか」
アリアは動けない私に対してお茶や資料を用意しつつ、卑下する私へ喝を加える。
お父様に託されて領主の座に着いた。血筋なんかじゃなく、親子なんかじゃなく、私に出来ると思われて。そうお父様が言ってくれたのは自分でも信じたいが、それでも治らない病を持った私なんかが領主なんて座は似合わない。
準備を終えたアリアはいつもの様に横に座り、この事件の次を見る。その赤い瞳はどこか、もう何も失わせない決意を感じるような、そんな目だった。
「リナお嬢様。こちらが、今回の事件で被害にあったと思われる、行方不明となった人の資料でございます」
「ありがとう、アリア。でもどうしたの? 顔が硬いわよ?」
「いえ……この資料に全てが記されております。私には……」
酷く泣きそうな表情で資料を勧められる。アリアの様子がおかしいが深く追求せず資料を一つ一つ見ていく。
リーダー格で主犯の男は、あの兵士。最初は裏切るとは思えず、血だらけの彼を見て素直についていった結果、不意を突かれてしまった。その後、アリアが全て片付けてその場を収めたものの、兵士の姿は既になく消えた後に本当に子供が攫われた事を知った。
そして、予期していたかのようにここの館で二度目の襲撃。本物の子供達を人質に取られ、何も出来なかった。アリアも初めは抵抗していたが、子供の腕を切られ、抵抗を辞めた。資料には腕を傷つけられたその子供も『アマリリス』出身……自演だったか。そしてこの子供も現在は行方不明……。
だが、実際に攫われて戻ってきた子供も多数いるようで、その子供達が言うには『ベル先生に助けて貰った』らしい。あの子がいつの間にそんな戦闘技術を? そう疑問が浮かぶが、資料の最後のページに見たくない事実が浮かんでいた。
「『ベル=ウェンライト』……行方不明――」
唐突に現れた資料に目を疑う。ベルが……行方不明? 沢山の感情が湧き上がるが、それを遮るようにアリアが謝罪する。
「申し訳ございません。私が、私のせいでございます……」
「どういう事なの……? 場合によっては私は貴方を――」
「あの時、リナお嬢様が倒れた所で、後ろからベル様が現れたのです……」
アリアのせい、その言葉に恨みが込み上げるが、アリアが見た事実を聞いていく。
私が倒れた後、あの兵士にベルが不意打ちをぶつけた事。
倒れた私を運ぶ為に自ら殿として立ち塞がった事。
私に薬を飲ませた後に助けようと再度森へ行こうとしたら、あの轟音が鳴り響いた事。
そこから、ベルを全く見ていない事。
一通り聴き終え、爆破の理由は何となくではあるが、判明した。
これはベルを初めから狙った物だ。私達を殺す自爆が目的なら、私達がいる中で起こせばいい。逃げる事が目的なら洞窟全土に及ぶ爆破をせずに、局地的に起こして岩を崩せば済む。脅しに使うならあの威力はいらない。つまり、私達を狙っていない上で、見せしめの様に殺したい人物。ホップ団は私を敵と認識している以上、狙いは一人……ベル……。
同時に思ってしまった。あの時私が倒れなければこんな事にはならなかったのに、ベルを巻き込んだのは、私のせいだ。
「恨まれても構いません。私がもっと強くベルを引っ張っていけたらこんな事に……」
「顔を上げて、アリア。貴方は良くやったわ。そんな傷だらけでも、私を守ってくれたんでしょう? なら、貴方が気負う事じゃない」
――むしろ、私が全部の事柄を引き起こした原因だから、私が責任を負う事だ。領主としても親友としても、ベルがいなくなった事は全部私のせい。でも、この言葉は胸にしまう。こういう事を言うとアリアは責任感の強さでより心に傷を負ってしまうから。こういう傷を負うのは私の仕事だ。
「……少し、ベルの家に行きたいのだけれど。アリア、一緒に来てくれる?」
「分かりました。ベルお嬢様」
タイヤの付いた椅子に座り、その背中をアリアが押して街に赴く。街中に着くと、妙な視線が今日だけは多く感じた。
「――ん? あんたは……アリア?」
「貴方は……ウィリス様」
「って事は、あんたが『リナ=ハインド』?」
アリアの知り合いと思う男がひょっこりと顔を出し、話しかけてくる。妙な花飾りに、術式が描かれているであろうピアス。なるほど、この人は――。
「アリア、紹介してくださる?」
「はい。このお方は『ウィリス=フォークナー』。ベル様の友人で――」
「魔術師、そう言いたいのね」
「ええ、仰る通りでございます」
魔術師。魔法使いの弟子たる存在で、体内ではなく大気の魔力を扱う者たちの総称。だけど、あの耳飾りは――。
「それで、ウィリスさんはご用事があるのかしら?」
「あぁ、いや。昨日の音で色々聞いて回ってるんだ。だけど、ベルの奴、こういう時は真っ先に首突っ込みそうだが、何かあったのか?」
「……その音の件で渦中となって、現在は行方不明。今はベルの家に行く所よ」
「はぁ!? ベルが行方不明!?」
行方不明という事件に動揺を隠さないでいるウィリス。この人がもし魔術師でこの街に馴染んでいるなら、色々と情報も聞ける。私達ではこの街だと顔が通り過ぎて、隠される真実も出てきてしまうし。
「ウィリスさん。あの夜、私とアリアはあの館から動けずにこの街の様子を知らないの、何か教えてくれるかしら?」
「さん付けはいらない。あの夜は……酷い騒ぎが起きていたな。『化け物だ!』とか『殺される!』とか、何やら物騒な言葉まで出てきていた。まぁ、人が群れすぎて何が起こったかまでは知らないんだがな」
化け物……。そんな人はこの街には存在していない。私が倒れていた間の時間、爆音が起こった時に何かしらがあったのか。
それに、殺される……。情報が少ないな。
「それで、ウィリス。貴方も一緒に来る?」
「俺も情報が欲しい。それと等価交換でどうだ?」
「良いわよ。商談成立ね」
お互いに利点がある情報交換。と言っても、彼が何を聞くかは知らないんだけど。
軽く談笑も交えながら、ベルの家の周辺まで進むと、段々ウィリスの顔が険しくなっていく。それに相まって、私達を見る視線が強まる。この妙な視線は罪人……スラム街に似ている。警戒心はあるが何かしら悪い事を行ってしまったから、私が視線を向けると逃げる。領主ではあるが、この場所の治安を悪くした覚えは無いのだが。
「……何か思い当たる節が見つかった顔してるわね、ウィリス」
「……本当にこの辺りにベルの家があるのか……?」
「えぇ、それがどうかした?」
「この辺りなんだよ。騒ぎの中心」
なるほど、視線を浴びる理由に合点がいった。騒ぎの中に化け物と罵りの言葉がある以上、良い事への騒ぎではない事は確か。何か起こしてしまった事による罪悪感、そこに裁ける立場の私達が来た。その結果がこの視線か……。
普段は整備されているはずが、石ころも転がっており、黒く変色した血も残されている。
「……化け物に石でも投げたのかしら」
化け物のという言葉に皮肉めいた言い方でウィリスが反応する。
「人の心はいつだって汚い部分もあるものだ」
「それは体感しているから言えるセリフね」
「――リナ、あんたはとっくに気付いてるだろ」
ウィリスの正体は耳飾りから気付いているが、これはむやみに暴いて良いものでは無い。それに――、
「私が聞いても良い話なのでしょうか?」
私とウィリスの会話について来れていないアリア。こういった情報は、流すと混乱が生まれるから極力一人でこなしていた。だから、アリアが知らないのは無理がない。
「気にしなくて良いわよアリア」
その言い方に少し不服そうな表情を浮かべるアリア。だけど、持っているだけで危ない情報はある。危なすぎて存在自体を蔑ろにした方が良いのだが。
「かしこまりましたリナお嬢様」
そうこうしている内にベルの家、その扉の前までたどり着いた。
「ひどい有様ね……」
そこらじゅうに、返り血なのか黒色に変色を始めた血が付いている。そこに、この家の大家である人物が話しかけてきた。
「領主様! 聞いてくださいよ! あのベルって子、人攫いの犯人なんですって!」
唐突な言い方に言葉を失う。人攫いの犯人はあの兵士……なのに何故ベルが……。
「どうしてベルが犯人と?」
「どうしても何も、あの子の腕よ! 人とは程遠い化け物の腕をしていたのよ、しかも血だらけで! 絶対に人を殺しているんだわ!」
ベルが生きている? それでいて、化け物? 唐突に新しい情報が大量に入り、頭が混乱する。
「嫌ねぇ全く。化け物と一緒の部屋に居ただなんて……いつ食い殺されていたかわかったもんじゃ――」
「俺には集団で石を投げて罵っていたあんたらの方が化け物に見えるけどな」
大家の言葉を遮り、周りへ聞こえるように大声で噛みつくウィリス。
「あんた、何様よ!」
「何様? ただの一般人様だよ。それよりもお前に聞きたい。お前らが石を投げた際にその化け物は何かしたか?」
「それは、血だらけの化け物よ? 殺されるかも――」
「じゃあリナ。あんたに聞くが、この騒動で実際に死人が出たか?」
ウィリスはまるで、大衆を相手取るように大きくジェスチャーをしながら、私へバトンを渡す。これは……乗るか。
「アリア、報告を」
「0人でごさいます」
「……だってよ?」
正論を返された大家は顔を真っ赤に染め上げながら、ダミ声混じりに叫ぶ。
「何よ! 私は被害者なのよ! 目の前で私は殺されそうに――」
「でも生きてるじゃねぇか!」
そしてそのダミ声を消す更なる大声で、ウィリスは喋り続ける。
「お前が化け物だった時、目の前にいる人間を逃すと思うか!? 違うよな? お前らが化け物だった時、石を投げられた際に報復せず帰るか!? 違うよな?」
その迫真過ぎる剣幕と声に、黙らざるをえない。いつの間にか周りに人だかりも出来た。
「お前らが化け物だって言った少女は、石を投げられても、汚い言葉で罵られても、何もせずに耐えていたじゃねぇか! それに対してお前らは人殺しと決めつけて未だに悪者扱いをしている。本当の悪人は、本当の化け物はどっちか分かるだろ!」
本気で気持ちを乗せるウィリス。自分の境遇に似ているベルを見たからこそでる言葉だろう。大家は黙り込んで何も言わずに去っていく。それを皮切りに周りの人だかりも解消される。
「悪りぃ、ちょっとやり過ぎちまった」
「私も同じ気持ちだから、大丈夫よ」
「はい。私も、ベル様は私達の大事な存在ですから、そうやって仰ってくれる人がいるだけで、救われます」
さっきまであった事すら忘れ、元通りになる街。そんな中でベルがの家の扉を開ける。
そこには、大量の血と抉れた壁が存在していた。そして血の足跡を見ると、開けずじまいの荷物まで辿られている。中身を漁った跡と共に。
「ベル様は、ここで何を……」
「父親探し、かもしれないわね」
血は繋がってないが、妹のように可愛がっているからこそ、分かってしまう行動。
普段開けないこの荷物は、両親の物を持ってきていたと、過去に聞いている。それを漁った上に化け物という確証。それが合わさると、一つの答えにたどり着く。化け物だと自覚して、両親の事を探しに来ていたベルは満足な情報を得られず、つい壁に当たってしまった辺りか。
「……他にも情報が無いか探すか」
「アリア、ウィリスと一緒に探してあげて」
「かしこまりました。リナお嬢様」
他に情報がないかを探す二人を尻目に、タイヤの付いた椅子を降りて、私は秘密の部屋へ逃げ込むように入る。
あの子は気配りが良く出来て、こういう時は迷惑がかかるから絶対頼ってこない。知っている、知っているのにどうしても言葉が漏れ出てしまう。
「……何でこういう時は頼らないのよベル……っ!」
一人で背負わせてしまった事に思わず涙が溢れでる。本当は、ベルが人じゃない事は分かっていた。それでも、ベルはベルだから。どんな事でも受け入れるって決めていたのに、どうして。
みんなの前で泣かないよう気を張って頑張っていたのに、ベルの現実を見て我慢ができなくなった。こんな姿は絶対に見せられない。だけど、まだ動けない身体に無茶を入れた上で泣く行為をした事で、
「――っ!」
私の身体は悲鳴を上げていた。
倒れて薄まっていく意識。
「リナ様! ――ナ様!」
私の身体を運ぼうとするメイドに体を預け、意識は深く心の中に沈んでいく。意識が自らの身体を手放す前に、出たものは心の中に埋め込んだ謝罪。
「ごめん……なさい……」
――全て、わたしのせいだ。




