第一章10話 『自動人形』
月明かりに照らされた鋼鉄の腕が赤黒く反射し、私の嘘と矛盾を白日の元へ晒していく。
「え……? 嘘……だよね……?」
私の中から人とは思えない物が現れ、目を疑う。冷静に考えれば考えるほど私が化け物という後付けが頭を襲い、私の根本が歪む。
謎の怪力、切れない体力、親との記憶、思えばおかしい点はあった。それを見て見ぬ振りをして考えないようにもしていたが、これなら全部の辻褄が合う、いや合ってしまうが正しいか。
「……こんなものっ! こんなものっ! こんな、こんな……」
何度も拳を地面に撃ちつけるが、壊れてヒビが入るのは地面。赤色に染まる地面の中でも壊れない腕は私の心を壊していく。
過去の思い出も、私の性格も、私の身体も、全部が作り物で嘘の塊。
リナ姉との思い出も嘘なのか。
私の心も嘘なのか。
私は、私は――、
「私は一体何なの……ねぇ、誰か教えてよ……」
助けなんて誰もいない。そんな事は分かっているが、誰かに頼らないと私が私でいられなくなる。心まで、化け物になってしまう気がするから。だから、お願いだから、誰か、
――誰か、誰か私を人って言って。
心の中で呪文のように唱えるが人は来ず、寄ってきたのは小さな鳥。大きな物音で飛んできたみたいだった。
そして壊れた私を慰めてくれるかのように声をあげ始める。それは、森が一緒に泣いてくれる様に鳴き声がどんどん広がっていき、ほんの少しだけ落ち着きを与えてくれた。
鳥はマルクの持っていた物に似ており、これを元に作られた物だと分かるが――。
『――理だな。魔術道具が全く反応していない』
『――魔力を動力に変えて遠隔で――』
『――魔法使いは人間を作ろうとしたのだ』
『――作れなかったのだよ、人間……人間と同じ感情や意志を持つ機械』
「自動……人形……」
気持ちが少し落ち着いた事で、頭の中にあった疑問点が線を結び始める。もし自動人形がマリオネットのように魔力を動力に変えているなら、あの時ウィルが私に対して難しい顔をしていたのが何となく分かってしまう。多分、人間には魔力が大なり小なり保持されている。誰一人例外は無く……。
あの時ウィルが杖を綿密に点検していたのも、本来見えるはずの魔力が全くないのを私のせいなのか知るため。そして、最終的にウィルは言い淀んで話を変えた。私が人間じゃない事を隠す様に。
でも、自動人形はマルクの言い方だと作れない物だったはず。私は本当に自動人形なのかすら確証は取れない。もし仮に私が自動人形でも、製作者が分からない。自分の家に何かしら残っているだろうか――。
「お姉ちゃん……だよね……?」
不意に聞こえた声に振り向くと、そこには子供が警戒する様に遠くから見つめていた。紙芝居の時にいた子供で、この街の子供だ。
「こんな夜にどうしたの? ――っ!」
子供を保護しようとするが、子供の目はひどく怯えて、私の一歩に後ずさる。追いかけようと手を伸ばそうとした私の手で、その原因も分かってしまった。
真っ赤に染まった手。人間の皮は治り始めているが、それでも所々に見える鈍い光。それは怯えるには十分な理由だった。
「あ、これは違うの。怖がらなくていいよ」
「お姉ちゃんは、人間なんだよね?」
明らかに怖がりながら、木を盾にして問われる質問。その答えは私にも分からず、少し黙ってしまった。
「お、お姉ちゃんは人間だよ?」
そう言いながら怖がらせない様にしゃがんで近づくが、一旦生まれた恐怖は中々取れてくれない。
「嘘じゃない?」
「嘘じゃないよ。お姉ちゃんが化け物だったら、君はもう襲われているよ?」
「お、お姉ちゃんは僕を襲おうとしたの?」
選択肢を間違えた。恐怖心がまだ取れてないのに変な事を問いかけたら、更に憶測を呼んでややこしい事になるのに。
「襲うなんてしない!」
「ひっ! 嫌だ! 来ないで!」
一度冷静さを失ってしまったのが、更に悪手を呼び起こしてしまう。強く言うつもりも、立ち上がるつもりも無かったのに、人じゃない事を指摘されて冷静になれなかった。
子供はもう恐怖で逃げてしまっている。これを追っても更に怖がらせるだけになり、私の身体も治ってない中誤解が進んでしまう。それだけはダメだ。
私は一人別の道から何とか自分の家に戻ろうと動く。皮はどんどん再生され、今はもう血だらけの人間までには戻っている。
服の血はどうしようも無いが、極力見られずに動かなければ、この状態で人に会ったら大変だ……。
運が良いのか悪いのか誰にも会わずに家まで戻れた。別の道を走っていったので、館で待っているリナ姉達には会えてない。早めに顔を出さないと、あの轟音を聞いて心配している事だろう。その前に――、
「ここに……引っ越す前の荷物があったはず……」
それはここに来る前の記憶がある場所。全部嘘なのかもしれないが、見なければ何も変わらない。
引っ越した後はリナ姉達に会って色々とやる様になり、まだ一部の荷物を開けず仕舞いになっている。中身自体は軽く確認はしているが、パッと見ただけで詳しく出したりはしていない。
一つ一つ中身を開けて確かめるが、当たり障りのない物ばかりで、写真一つ見つからない。
「どうして!」
色々と起こったしまった中で、不安定な感情がつい強く出てしまい、壁を殴ってしまう。しかも、化け物と自覚してしまったのもあって、通常では有り得ない怪力で壁を壊してしまっている。前までは人間であるというある種のストッパーが掛かっていたが、今は人間じゃない事実を知ってしまい枷がなくなった。痛みも今は無いと言うよりかは、元々痛みは無かったのだろう。傷が出来たから痛いと感じるのではなく、血を見て痛いと思ってしまうものか。
事実、過去に魔物が襲ってきた原因の傷は魔物が臭いを辿れるぐらいには出血していた。これを擦り傷と呼ぶには無理がある。
「どうしたの、ベル。大きな音が――きゃああああああ!」
家の管理人が大声を上げて飛び出していく。色々と集中して気付かなかった上に、これでは誤解が進んでしまう。不味い、嫌われたくないのに。
必死で管理人を追いかけ誤解を解こうとするが、壁を殴って血だらけの手は皮膚が捲れ、私が人間ではないと否定する。
「来ないで……来ないでぇ……」
「違うんです! これには訳が――」
「来ないで! 私を殺さないで……」
管理人は逃げながら必死に私を拒絶する。それを追って止めようとするも、遂には外へ出てしまい、周囲の人がこちらへ視線を向けてきた。
「怪物だああああああああ」
一人の野次馬が大声を上げた事で、周りに人が集まって来る。それぞれが憎悪や怒りの感情を持ちながら。
「何あの血まみれの腕……人殺し?」
「きっと子供攫いも全部お前が仕込んだ事だろう!」
「お前なんて、人間じゃない!」
「人殺しの化け物だ! 消えろ!」
野次がエスカレートし、石が飛んでくる。周りを見たら見知った顔もいるが、周りに乗じて石を投げていた。怒りの表情を現しながら。
こんな事一つで、ここまで嫌われるのか――。
今まで仲が良かった住人が、実は怪物だと分かれば流石に嫌われるか。私が今、私を嫌っているんだ、当たり前なのだろう。
でも、心のどこかで受け入れてくれるかもしれない、そう甘い思いを持っていたのも事実だ。そしてそれにしか縋れず、壊れかけた心に追い討ちをかけられた私がいるのも事実だ。
「……ごめんね」
そう一言残して外へ向かう。こんな化け物、誰も受け入れてくれないが、私が受け入れてないから当然か。そう私自身で傷をつけながら。
「……これから、どうしようか……」
一人で街の外まで出ていき、一人で何も無い空の下で闇の中を進み続ける。どうしようもなく虚空を見つめて目的も無く、その場から逃げるように。
「お嬢ちゃん……こんな夜道に一人は危険だぜぇ?」
林道の道を逸れて森の中へ身を投じると、ニヤニヤ顔の男がナイフをチラつかせながら、いかにも襲おうと近づいて来る。
「……今は機嫌が悪いの。後にして」
「――その髪をグシャグシャにしたら――」
どうやら話を全く聞いてない。不気味さは全くなく、素人丸出しの動きと鼻息が荒い感じは、純粋な気持ち悪さしか残っておらず、こんな奴に絡まれる事すらに強い苛立ちを感じてしまう。
「ハァ……もう面倒くさい」
ニヤニヤ顔の男へ拳を振り抜くと、案の定身体ごと吹き飛んだ。思った以上の強さに男は立ち上がれず、尻込みのまま、
「――来るなっ! 来るな!」
そう懇願する。売られた喧嘩を買っただけなのに、口から出そうな言葉を飲み込みながら、追い詰める。あくまでと私以外の被害者を出さない建前で、私のどうしようもない怒りをぶつける本心を隠して。
「大人しくしなさい」
「神様助けて! この女に食われてしまう」
「食う訳ないでしょ」
「嘘だ! この怪物め! お前が化け物だから、『ナーシサス』はボロボロになっていった! お前があの領主をたぶらかしたんだ!」
根の葉もない噂でしかないが、『ナーシサス』はちょっとずつ衰えているのは事実なだけに、どうしようも無い怒りが、私の登場で全て私へ向いた。実際は仕事量が更に増えて、末端まで手が回せないだけなのだが。
「違うに決まってるでしょ!」
「嘘だね。せっかくあの馬鹿を使ってお前を殺したと思ったのに、お前が化け物だった。全部お前が悪い!」
あの馬鹿……兵士の自爆はコイツのせいか。子供を攫ったのも、私が街を追放されたのも全部、コイツのせいなのか。こんな、素人丸出しの奴に壊されたのか。
頭で理解した瞬間に、ギリギリまで支えていた心の何かが壊れた音がした。
「お前が全部――」
「黙れ」
相手の持っていたナイフを手首ごと外し、首に目掛けて一撃を放つ。イメージはあの兵士の抜刀術、もう人を殺さない甘えは捨てた。取れた首は森の中へ消え、残された身体からは血を吹き出して転倒する。
――あぁ、人は簡単に死ぬんだな。
最悪な感想を必死で頭からかき消していく。殺人に身を寄せ過ぎたら本当の化け物へと堕ちてしまう。それじゃあ魔物と変わらないし、そうなってしまったらもうリナ姉達にもう二度と合わせる顔が無くなる。
だけど、この人物は人を攫って私を殺そうとした悪い人。何を持って悪い人なのかは私でも分からないけど、このまま生かしたらリナ姉に危害が及ぶ。それは絶対に許せないから、私が殺し、私が背負う……そう決めた。
装備の一部を外し、私の防具へとする。流石に素手の丸腰で旅は無理だ。後ですぐに買い直すとして、それまではこれを付けておく。殺した人間の防具を奪うのはもうほとんど追い剥ぎで物凄く気が引けるが、背に腹は変えられない。
そして、着替え終わった後に長くなった私の髪へ、ナイフを滑らせる。
これは過去への決別、今リナ姉に会っても余計な物を背負わせるだけ、だから私一人で製作者へ会いに行く。こんな思いをしたのだから、作られた訳が大層な理由が無ければ絶対に許さない。そう切り取った髪に込めて風に飛ばす。その姿は何処までも自由で、私とはかけ離れているように感じた。
揺らいで壊れた気持ちを作り直して、目標を決める。
製作者へ一番近くて怪しい人物は私の父親。本当ならマルクに会えば良いのだが、『ナーシサス』へはもう足を踏み入れられない。そして、自動人形までは気付いてないとは思うが、父親が私に何らしら記憶を思い出させない処置をした事には気付いている。その上で何も言わない理由は、話せない範囲に属するか個人的な何かがあるかだが、どちらにしても無駄足になる可能性が高いと言える。なら――。
「首都『ハイドランジア』へ行くか」
何をするにしても避けられない情報を探すには一番人が多い首都だろう。そう心で目標を定め林道へ戻ると、一台の馬車が横切り、私を見て止まる。
「あんた、『冒険者』かい?」
唐突に聞かれた冒険者かどうか。だけど私は冒険者登録をまだしていない。でもここから首都へ徒歩じゃ2週間以上はかかる。ならいっそ嘘をつくか……。
「うん。この馬車は何処へ?」
「首都『ハイドランジア』だよ。荷物の防衛役が雇えなくてよぉ、報酬は渡す。乗るかい?」
目指すべき場所へ向かう馬車。これに乗らない手はない。
「わかった。乗ろう」
「そうこなくっちゃなぁ!お客さん!」
馬車の荷台に乗った私を乗せて首都『ハイドランジア』へ向かう。今は月が落ちて、世界が明るさを取り戻し始めた頃。私の作られた理由を知る、私の物語だ。




