第四章19話 『種明かし』
飛び越えていく屋根の上……寝静まったはずの街が、騒がしく音を立てる。その矛先は船――攻撃されないよう港から離した、レニーの砂船へ向けられていた。
「異教徒は殺せー!」
城内の騒ぎをまるで無視して、逆の位置にある外へ向け矢や石が投げられる。私がいない間に何があったのか……。
船はひたすらに旋回を続け、止まらないが私を待つように動いている。……問題はどうやって乗るかだが、合図さえ出来れば、可能性はある。
「後は、バレないように――」
幸いにも船に注目が向き、道の隅を走っても私へ注意を向ける人はいない。なので、砂の海近くまでは寄れる。後は――
「……届くかな」
手頃な道を助走として、飛ぶまでの距離を想定。後は、あの船が回っているタイミングに合わせて――
「飛ぶっ!」
加速して浮き上がる身体。飛んだ事で全員の注目を集めるが、もう間に合わない。勢いよく踏み抜いた地面は軽く割れ、舞い上がる砂は近くにいた信者の目を霞める。
「な――」
私が飛ぶ姿に何も出来ず驚いている信者達を横目に、船へと身体は近づいていく。レニー達も気付いたのか、艦首を外へ向けて脱出の準備を始めている。だが、
「――そう、簡単じゃないよね」
背中から忍びよる膨大な魔力。しかも、反応は2つ。明確な殺意と私へ向けられた魔力量は、捌ききらなければ船ごと私達は死ぬぐらいには多い。更に片側は、
「魔法使い――っ!」
左側から飛んでくる青色の魔法陣は、指向性として読みやすい。だが、右側から飛んでくる茶色の魔力は、魔法陣を作らずに突然飛んでくる牙と化している。
水と土が襲う空中戦の中、勢い付いた身体は船まで飛ぶのに時間は掛からない。だが、このままだと全滅は免れない……せめて片側さえ何とか出来れば――
「ベル! 合わせろ!」
船から放たれる大声と共に、勢い良く射出される槍のような物。これは、穂先に返しが付いたジャンの槍に良く似ている……。
「――感傷に浸ってる時間は無い」
咄嗟にレニーの構えた先へ穂先を向ける。狙う位置は――魔法使い。魔術師の方が狙いやすい地点にいるが、合わせる以上そんな事言っていられない。
放たれた銃声と共に、右腕に力を込める。当たるとは思っていないが、あの――大教会から狙っている魔法使いの地面を抉り取れれば、時間稼ぎには繋がるから。
「――飛べ」
体重移動が出来ないからこそ、1つ1つの動作を全て繋げていく。足から腰へ、腰から右腕へ、力を繋げて――放つ。手から離れた槍は、爆発のような衝撃と共に円形の空気を貫いていく。
反動で身体は船まで吹き飛び、全力を込めた一撃によって着地点のズレた私の身体は、船の縁をギリギリを滑りながら艦首で止まった。
「――っぶない」
「ベルの着地確認! お前ら、全速力だ!」
「「「アイアイサー!」」」
私という忘れ物を拾った船は、帆を全力で広げて加速していく。だが、まだ魔術による追撃が続いている。
「レニー! 右側の奴は!?」
「あっちは消息不明! お前の槍で屋根ごと抉れてる!」
「左側は!?」
「そっちはまだ大丈夫だ! なんせ船だ、水なんて想定済みだ!」
迫る水の魔術を、船首は掻き分けて進む。そう言えば、これ船だった……。
魔術という隠し球を処理した船は、グングンと速度を上げて砂の壁へ突っ込み、街の外へ出港していく。ここまで来れば、たとえ船で追いかけられても目視が出来る。そしてこの船は唯一の帆船……この風を乗り切れる優秀な船員も常備されているから、もう――
「流石にもう大丈夫だろう」
「……何か、悪寒がする」
本来なら安心しきっていいと思える状況。それでも身体は嫌な予感で埋め尽くされ、寒くも無いのに肌が逆立つ。このままだと全滅するような、最大級の引っ掛かりが取れない。
「ベル、流石にそれは心配性が過ぎないか? ここまで届く攻撃なんて、とんでもない威力の大砲とかでも持ってくるのか?」
「――あっ!」
レニーに言われて気付く、とある物。それは――ハリボテと称した街の様子だ。
「レニー! 地図見せて!」
「別に構わないが、いきなりどうした?」
思えば、最初からおかしかった。砂の壁はどうしてずっと円形を保てていたか。風によって舞い上がる微小の砂が、覆い被さって出来たのなら、円形になる事がおかしい。それはつまり――
「レニー! 新品だったのは大教会までの通り道で合ってるよね?」
「だから、いきなりどうしたんだよ!?」
慌てて地図を見直して、線を描いていく。それは、俗に言う魔法陣。大通りを中心に伸びたそれは、確実に術式を刻んだものだった。
「説明は後! 全力で左に舵切って!」
「――取り舵いっぱい!」
急速に曲げた船は、砂の海を滑るように左側へ曲がっていく。その直後――
「来るよ!」
化け物のような唸りを上げた風が、全てを巻き込む弾となって砂の海を抉っていく。これは、首都全域で練り上げた魔術の砲台。国民の祈りと言う魔力を吸い上げて放つ、この国唯一かつ最強の防衛機構だ。
「――ギリギリっ!」
船尾を僅かに削り取った牙は、砂を大きく揺らしながらも直線に抉っていき、とある地点で霧散していく。船も大きく揺らいだが、ギリギリの所で回避出来たおかげで、まだ走れる。
「なんだあれは!?」
「これで終わると思わないから、絶対回避ね!」
「言われなくても、分かってる! あんなの食らった日には、船が木っ端微塵だ!」
一撃を見た事で危機感が伝わった船は、最大限狙いを定めないよう蛇行しつつ、首都を離れていく。そして、とある方角からは魔力反応が無くなった。
「――もう、蛇行は大丈夫」
「……今回はベルに従おう。お前ら、このまま真っ直ぐだ!」
「「「アイアイサー!」」」
事実、その後はあの追撃も無く……容易に船は離れていけたが、レニーは不思議そうな顔をして詰め寄る。
「どうして大丈夫だと、分かった?」
「……私の槍で大教会を壊したから」
「大教会とあの風の関係は?」
「多分、首都全域を魔法陣にした魔術で、大教会が溜めた魔力と術式に方向を付ける――一種の大砲になってた」
あのハリボテな印象を受けた新品の建造物は、見せかけの為じゃない。魔術を渡す際の風で建物が壊れやすいから、それを直していったらハリボテになっていた。実際に大教会を登った際も、上への傷が無かった。あれも、主砲である煙突に近い、上から壊れていくから……。
「あんなの、知らなかったぞ……」
「多分だけど、本来は『レヴィアタン』用じゃない?」
「あの魔物が首都を襲った記憶ないんだが」
あの砲の目的は分からないが、とりあえず危険な事は分かった。それよりも――
「ねぇ、何か言う事はないの?」
「おかえり、とかか?」
「……まぁ察しは付くんだけど」
「何がだ?」
「聞いているんでしょ? ――イネス=アンファング!」
大きく呼びかける右腕の名前。私の出した結論が正しければ、この場所に……船に乗っているはず。
「何を言ってるのかさっぱり――」
「もう良いわ、レニー」
とぼけるレニーだが、私の声に観念したのか――青髪の女性が船内から姿を現した。




