第四章17話 『地図の持ち主』
城前の広場による戦闘後。2人の撤退によって、私でも驚くほどスルスル抜けられる城の中。まるで、警備がいないような中を突き進んでいく。
「警備員自体は存在するんだけど……」
それでも全くいないという事は無く、警戒態勢を敷いた鎧兵士が巡回を繰り返している。ただ、あの騒ぎを聞き付けている様子も無く……何というか、危機感が足りないような印象だ。
「普通、あんな大きな音なんて立てたら、大量の兵士が来るはずなんだけど……」
――考えられる可能性は3つ。
1つは、手が出せない状況……イネスが反転派の詳細を突き止めたせいで、撤退せざるを得ない説。ただこれは、多分違う。あの日記を抜きにしても、イネスが情報を握り潰し過ぎているからだ。それは、逆に言うと一度目を通している――つまり、反転派の詳細を分かっていないと破綻する。早い話、イネスにしろ教皇にしろ、私やレニーという存在に対して情報を渡さないのはおかしい。突き止めさせたいのなら、隠す必要が無いのだ。
2つ目は、私達への勧誘が出来ないと悟ったから、撤退した説。可能性としては高い部類だが、そうなると撤退を自由に出来る権限を持つ人間に限られてしまう。なんせ今はかなり警戒態勢で、侵入者もいる。なのに、それに手を付けずに撤退は怪しまれる要因になりうるのでは無いか。まぁ私が今持っている片腕の主は撤退しても違和感無いが、遠くにいた黒ドレスのお嬢様は襲ってこれるはずだった。有益な駒を退かせても、遜色無く立場を維持出来る私兵持ちの人物……総大司教か枢機卿辺りか。
3つ目は、そもそも別の目的が出来た説。これも、可能性として残されている。ただ、それが本当だとしたら……偶然が過ぎるな。
「まぁ、少なくともいくつかは……モーリスの家で分かる事だ」
人がまばらの警備は、容易に私の潜りこめる隙間となる。そうして尻すぼみのように、地図という可能性がある場所まで辿り着いた。
「……全く実感が沸かないけど」
「じゃろうな。おぬし、色々と派手過ぎじゃ」
そして、そこには私よりも少し小さな女の子が、顔と髪を隠した状態で待ち構えていた。
「――誰?」
「……『ルグミアン=メリー』じゃ。この場所を取り持つ――警備兵の1人じゃよ」
そう答えながらも、敵意がまるで無い。声も、その口調に似合わず……かなりの子供っぽさを感じた。髪はフードで守られ、顔は全てを覆う仮面の亜種のようなもので覆われている。
「守る気無いのね」
「あんな物見せられて、無理に決まっておろう?」
「……それでも守るのがこの国なんじゃないの?」
「まぁ、そうじゃろうなぁ……」
重い腰を上げつつ私へ近づいてくるも、それでも敵意という敵意を全く見せない目の前の相手。それが却って不気味に思え、咄嗟に身構えてしまう。この人物は……何が目的なんだ。
「ほれ、これを求めておったのじゃろう?」
手渡されたのは、筒状に丸められた1枚の紙。それを広げると、4分割された1つである、城の地図――目的の物だった。
「……貴方、一体何が目的なの?」
「――さっきも言ったじゃろう? あんな物を出すおぬし相手に、わらわは戦えぬ。戦闘能力の差じゃよ」
「それ、上に怒られないの?」
「バレなければ、大丈夫じゃよ」
言葉の端々とその外見が見合わない少女は、地図を渡した後に私へ背を向け、どこかへ歩きだす。
「待って、貴方は……一体何がしたいの?」
「戦闘能力の――」
「そうじゃない。その先を――貴方の答えを聞きたいの……教皇様?」
「……気付いておったのか」
言動は考察の要素では無いが、それでも何となく推測出来る。私の目的が地図なんて知っている人間は限られる。
レニーはここに来る事自体教えていない。
反転派の二人も城に用があると思っているだけで、地図が目的とは教えてもないし、多分知らない。知っていたら、ここで待ち構えているはずだ。あんな私にも一定の有利が出来る広間じゃなくて、通路があるこの城の内部で、挟み撃ちでもすれば良かったはずだ。なのに、片方は城の上部、もう片方は城の入り口で待機するのは、私の目的を知らない人が起こす行動。つまり、城が目的なのはわかるが、城の何が目的かは分かっていなかった。
私の目的はモーリスの家。それを明確に分かっていたのはレニーで、あの作戦会議でしか話していない。レニーのみが知りうる情報に、レニー以外に拾う事が出来る人物……残されたのはイネス=アンファングだ。
そうなると、私の目的を知りつつ、本人以外でも情報を集められるかつ、顔を隠さなければ動けない人物……一人しかいなくなる。
「……今はまだ、おぬしを信用出来ん。じゃから、こういう事で折り合いをつけておる」
「……分かった。ここで貴方と敵対しても、意味は無いから」
「じゃが、これだけは信用して欲しい。わらわも国を守りたい。わらわの民を、守りたいのじゃ」
去り際に放った言葉。酷く切実で、語尾も強くなっていたその一言は、とても嘘とは思えなかった。
「追うのは無粋……かな」
そうして去っていくその背中は、とても寂しげで、どこか自分を責めているような……壊れる事すら許してくれない、そんな気持ちが透けて見えるようだった。
「――行こう」
少し心配な姿に留めた足を、再度踏みしめて走る。この国の、あそこまで心を落とした教皇の真実を、確かめる為に。
警備は薄く、一般人ですら簡単にたどり着けてしまう程に雑。でも、そんな警備の理由は多分――
「教皇が裏で動いてる……のかな?」
新しい可能性、そして一番の可能性。教皇が動いた結果、警備が薄くなった可能性。ただ、反転派の二人が退いた理由にはならない。
「教皇が二人を退かせたのなら、地図を直接渡しに来るのは愚行も愚行。流石に無い」
明らかに戦闘を起こした相手へ、教皇本人が地図という、あの二人に教えていない情報を手渡し……無いな。
そう考えていると、地図で示された空白の地区へたどり着く。地図に個人宅の名前を記す馬鹿はいない。なら、逆に地図で空白だらけの地区が居住地区。後は――
「この中で大きな家が、少なくとも地位のある人間の個人宅」
役職による格差。それがあるならきっと、大司祭の家は大きいと逆説を張れる。まぁ、無ければ片っ端になるが。
「ここが、この地区で一番大きな家」
巨大な門。教皇の城よりも数段小さいが、それでも城と呼ばそうな豪華さ。そして、警備の数。どれを取っても豪邸と呼べるその家は、役職がある人間しか住めそうに無い。
「――よし、乗り込む」
確実に何かはある家――そこに一歩足を踏み入れた。




